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第66話:塔の魔術師

 反ミュカレー派の魔術師達は簡単にこちら側に下った。

 それはもうあっさりしたもので、ベルウッド領主代理が驚くくらいの早さだった。これはむしろ、今後の裏切りを気にしなければいけないだろう。きっと、別勢力から良い誘いがあれば容易にまた裏切る。


 しかし、彼らの持つ情報と伝手は重要だ。貴族風に言うと「利用価値がある」というやつになる。

 ベルウッド領主代理はライトと協力して、必要な情報を取り出し、一計を案じた。

 『沈黙の塔』の魔術師をおびき寄せ、捕まえる大作戦だ。


 この権力闘争が成り立っているのは『沈黙の塔』が動いているからだ。ならば、それを元から断てば終わりにできる。こちらの優位な形に。


 まず、反ミュカレー派の魔術師を一人だけ逃がし、情報を流すという芝居をさせた。

 魔術師達はミュカレーから離れた別荘に捕らえられている。

 という嘘の情報を流してもらったのだ。


 現在、その別荘には私が一人で待ち構えている。

 とても良い場所だ。ミュカレーから馬車で半日。小さな湖のほとりにある、白い壁が特徴の小さなお屋敷だ。

 

 なんでも、ベルウッド領主代理がミュカレーにやってきてすぐに買った物件だという。新しい仕事で知己を得た人や、もともとの友人と休日を過ごせればと考えて用意したそうだ。

 残念ながら、その目論見は全て外れたとのこと。彼の手腕でミュカレーは成長し、魔術師が頑張りすぎて貴族が近寄らなくなった。その上、領主代理の仕事も忙しくなり、療養で訪れることすら出来ない。


「色々買って整えたんだけれどね。一度も使えないまま管理だけしているんだよ……」


 と物凄く寂しそうに教えてくれた。

 一度も使われなくとも建物は周辺住民にお金を払って維持しているので、とても綺麗だ。調度類も無駄に豪華に飾り立てることなく、落ち着いた空間にすることを念頭に置いて配置されている。

 二階の窓から見える湖の景色も美しく、水鳥が飛び立つ姿を見ているだけで心が癒やされるようだ。もうすぐ夜だ。今日も穏やかな一日だった。


 そんな癒しの空間を、私は破壊するわけだが。


 『沈黙の塔』の魔術師と戦闘になれば、それは免れない。ちゃんと許可もとってある。ベルウッド氏は「そうだね。いっそ仕事の役に立って壊れるならスッキリするよ……」と、どこか遠い目で言っていた。私では到達できない精神的な境地に至っているのだろう。


 一番の問題は、『沈黙の塔』の魔術師がこちらの用意した罠にしっかりかかってくれるかだ。これについて私は自信がないのだが、ベルウッド氏が「手駒が全ていなくなったのだから、確認のために来るよ」と確信した物言いをしていた。


 こういう人の動きには疎いので、彼の言葉を信じて待つこと二日間。各所に魔術的な仕掛けを施して来訪を感知できるようにしているが、まるで反応がない。

 周辺の人にお金を払って食事をとったり、広い屋敷でのんびり過ごすうちに、すっかりここが気に入ってしまった。危険でなければイロナさんと一緒に来て休暇を楽しみたいところだ。


 ひとしきり、この辺りをイロナさんと観光する空想をした後、お茶でもいれようかと思った瞬間だった。

 周辺に張った魔力感知の結界が解除された。


「……来たね」


 だらだら過ごして乱れていたローブを整えて階下に向かう。戦うなら入ってすぐのロビーがいい。あそこはかなり広く作られている。

 結界が解除されたのも想定内だ。むしろ、解除される前提でしかけた。向こうはそれなりの隠蔽を組み合わせた結界を即座に解除するだけの実力がある。王都から来た魔術師達の技量では不可能だ。間違いなく『沈黙の塔』の者だろう。


 二階からの階段を降りてホールに向かう。私の歩みに答えるように、屋敷のドアが開かれ、一人の魔術師が入ってきた。

 明かりの魔術に照らされたホールに現れたのは、男性の魔術師だ。灰色の髪に、鋭い目つき。貴族のような服装をしている。


「はじめまし……」

「燃えよ!」


 挨拶を終える前に、いきなり火炎の魔術が飛んできた。

 危ないな、下手にやったら爆発して屋敷が吹き飛ぶやつだ。私は即座に魔術の構成を把握し、解除。魔術自体をなかったことにする。


「ふぅ……」

「なるほど。これが魔術師マナールか……」

「まずは挨拶すべきだと思うんだけれどね」


 不満を述べると鋭い目つきでこちらを睨みつけてきた。敵意を隠しもしない。既に攻撃されているけど。


「多くは語らぬ。貴様のような魔術師は、時間と言葉を与えるほど想像もつかないことを引き起こすからな」

「懸命な判断だと思うよ。でも一応聞いておく。和解の道はないかな? ミュカレーから手を引いて現状維持してほしいんだけれど」

「それができない相談だから、見え透いた策に乗っている。貴様がいなければ、我々がこの町に入る流れは容易に作れるのだからな!」


 つまり、私はしっかり彼の仕事を邪魔できているわけだ。そして、私さえいなければ、ベルウッド氏を失脚させ、都合のいい領主を立てて、大手を振って『塔』の勢力を居座らせることが出来る。そんなところだろう。


「悪いが消えて貰う。焼け跡にするにはちょうど良い場所だ!」


 言うなり男の衣服が魔力の輝きを帯びた。周辺に光の槍が形成されていく。数は六。ご丁寧に全属性を揃えている。恐らく、私の魔術分解を阻害するため、複数属性の複雑な魔術を用意したのだろう。

 呪文を唱えた様子もないから、魔術具によるものか。


「射出!」


 人間の背丈ほどもある六色の光槍が私目掛けて殺到する。

 同時に六つ。それも別種の魔術を解析して分解するのは流石に無理だ。


「危ないな」


 なので、魔術で障壁を張って防御した。爆発すると嫌なので、魔力の流れを表面に作って攻撃がそれるように工夫もしておく。

 六種の魔術による光の槍が全てそれて壁に激突していく。

 爆発はしなかったけど、壁を貫通してどこかへ行ってしまった。一応、湖側に受け流したけれど、何も巻き込んでなきゃいいけど。


「器用な真似をするな……。やはり、こちらを使うべきか」


 私の防御に驚くことなく、次なる攻撃に移った。最初から、魔術が通じない前提で備えている。格上相手も含めて、戦うことに慣れているな。

 男が取り出したのは細身のサーベルだ。全体に魔力が走っている。魔剣だね。


「私のような魔術師は近接戦闘は不得手と見たかな?」

「その通り。古いスタイルの強大な魔術師。脅威だが、対処法は古いゆえに確立されているっ」


 言うなり物凄い勢いで踏み出してきた。風の魔術で加速しているか? こういうのは直線的な動きになりがちなのだが、器用にも魔術を連続で使い、円を描くような動きで、私との距離を詰めてくる。


「手練れだな……」

「光栄な評価だね!」


 何とか動きに合わせて正面に見据えたその瞬間に、飛び込んできた。

 サーベルによる鋭い突き。魔力を帯びた一撃を、障壁で受け止める。


「捉えた! 覚悟しろ! じわじわと削ってくれる!」


 勝ち誇った顔と共に、魔剣の斬撃が次々と叩き込まれる。その度に障壁が削られ、それを修復する作業を強いられる。

 通常、こうなったら勝ち目はない。接近戦に不得手な魔術師がこの距離に追い詰められれば、詰みだ。魔力が切れて、障壁がなくなった時が終わりとなる。実際、私も体術を修めていないわけではないが、向こうの方が手練れである。


 だが、根本的な所で違いがある。状況に対する認識である。

 私としては制圧しやすくなっただけだ。


「ていっ」

「ぶぎょっ」


 魔力を増量して強化した障壁を、そのまま叩きつけた。それも勢いよく。

 いきなり壁が高速で突っ込んできたようなものだ。いかに手練れであろうと、避けることはできない。普通に吹き飛んで、床に転がった。


「ぐっ……」

「捕らえよ」


 私の言葉に反応して、天井からマジックロープが生み出され、男をグルグル巻きにした。

 反応する間もないくらいの高速でぶつけたから鼻血を出して呻いているが、容赦なく拘束させて貰った。


「何日もいたんだ。屋敷に仕掛けの一つもしているよ」


 男の全身から軽い音と共に、魔力が吹き出た。色んなところに仕込んだ護符が壊れたんだろう。こちらを睨みながら何かしようとしているけど、私の魔術はそう簡単に解けるものじゃない。


「さて、どうしようかな……」


 いきなり捕まえずにある程度戦ったのは、彼に納得して貰うためだ。きちんと戦って敗北したなら、それなりに話し合ってくれると思う。どれだけ文明が発展しても、暴力がなければ話し合いができないなんて悲しいね。


「よし。このままミュカレーに運んでベルウッド氏と交渉してもらうよ。魔術は封じるから、そのつもりで。何なら一生そのままにしてもいい」

「…………」


 うん。黙ったね。これで円滑な交渉が期待できそうだ。

 後は移動だ。馬車の手配をしないと。夜に差し掛かっているのが困ったな……。


 後の対応のほうが面倒だな、と思ったときだった。


「まさか……来ていたのか……」


 男が。そんな言葉を発していた。誰もいないはずのロビーを見ながら。

 視線の先を追うと、そこに人がいた。

 私に気づかれずに、いつの間にか、ロビーの中央に女性が一人、佇んでいる。


「…………」


 その姿を見て、絶句した。この時代に目覚めてから、最大の驚きだった。


 女性は、銀色の髪に、狼のような耳を頭から生やしていた。

 髪色と同じく銀色の瞳には私が映り込んでいる。

 一瞬、牙のような尖った犬歯を見せながら、口が動く。


「見つけましたよ。先生ぇ……」


 かつての弟子が、眼の前にいた。

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