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第62話:幕開け

 ナイレ嬢と共にミュカレーに戻ってすぐ、ベルウッド氏の執務室に通された。

 当然だ。無事に暗殺を防いだ上で主犯を捕まえたのだから。何より見事に陰謀に巻き込まれてしまったのだから。


「マナール殿。今回は本当にご苦労だった。いや、ありがとうと言うべきか、すまないと言うべきか……」


 紅茶の入ったカップにスプーンを入れて、ひたすらかき混ぜながらベルウッド氏が言った。大量の砂糖を入れていたので健康面が心配だ。


「いえ、覚悟の上だから気にすることはないかと。それよりこれからどうします?」


 今回の依頼を受けたのは全て覚悟の上だ。ミュカレーはベルウッド領主代理の下で安定して統治されている。私の平和のため、最善と思える選択をしただけだ。仮に断ってベルウッド氏が失脚でもしたら、きっと厄介事が増えるし、自然と巻き込まれる気がする。災の芽は前もって刈り取っておきたかっただけだ。


「そうだねぇ。明確にこちらに害意を見せてきたわけだから、しっかり反撃しなきゃいけないねぇ」

「では、こちらから出向いて鏖殺すると? 気が進みませんが、必要ならやりますが……」

「いやいや! 皆殺しはまずいよ! 死者は少ないほうがいい。取り返しのつかない禍根が残っちゃうからね」

「ご自身とナイレ嬢は命を狙われていましたが?」

「うん。だから報いは受けてもらうよ」


 はっきり言い切るその眼光は、見たこともないくらい冷え切った鋭さだった。伊達にミュカレーで領主代理をやっているわけではないのだ、この男は。


「僕はね。ミュカレーの領主代理という仕事はそんなに好きじゃないんだ。魔術師は制御不能だし、ヴェオース大樹境はとんでもない問題を孕んでいる。気が休まる時はない」

「そうでしょうね。お察しします」

「でもね。王都の連中は嫌いなんだよ。なんだか、会うたびにネチネチネチネチ言ってくるし。余計なことをしてくるし。面倒な社交ばかりでね。正直、この町に来ることになった時、ちょっと嬉しかったんだ」


 これは意外だ。ベルウッド氏はミュカレー領主代理で大変苦労しているというのに。王都の貴族社会というのはどれだけ面倒なのだろう。


「では、どうしますか? ベルウッド領主代理」

「ここは私の安寧の地……いや、安寧ではないけど、頑張って治めてきた町だ。儲かりそうだからって、急に手出ししてきた連中の好きにはさせない。……そこでだ、マナール殿」


 椅子から立ち上がり、真っ直ぐに私を見たベルウッド氏は、深く頭を下げた。


「僕に協力して欲しい。全て上手く収めるには、貴方の協力が必要だ。報酬もできるかぎりは用意する」

「顔を上げてください。私は既にその気ですよ」


 頭の下げ時をわかっている人だな。ちゃんと報酬について言及するところも好感が持てる。


「ありがとう。望みはなんだね?」

「んー、強いて言えば、今は家のリフォームを検討していますが」

「家かぁ。そうだな、近くの湖にちょっとした別荘があるよ。落ち着ける良い場所なんだけれど、行けなくてね。そこで良ければ差し上げるが」

「それは遠慮しておきましょう。管理が大変そうだ。それに、私はこの町で暮らしたいので」

 

 いきなり湖畔の別荘は話が進みすぎだ。別荘を持つなんてのは、家を立ててそれなりの安定収入を得た上で検討すべきだ。まだ早い。


「そうか。では、報酬は金銭だね。安心してくれ。それなりに蓄財はしているよ。ミュカレーの領主代理だからね」

「期待しておきます。それで、どうします?」


 話が戻ってしまった。抵抗勢力を鏖殺するわけでないなら、どんな手で行くのだろうか。


「うむ。まず、今回の騒動、本家は静観しているよ。私と向こう、双方の手腕を見定めるようだ。気に入らないが、相手が本家でないなら少しは気楽だ。それに、見当もつく」

「勝ち目のある戦いというわけですね」


 ベルウッド氏は頷く、椅子に腰掛け、机の上をトントンと叩き始めた。


「王都の魔術師と付き合いの深い一族がある。恐らくそこだろう。『ミュカレーの難題』に釣られたようだね」

「なんだかすみません……」

「いや、遅かれ早かれ起きたことだよ。まず、マナール殿が捕らえた魔術師を味方に引き込む」

「出来ますか? そんなことが」

「できるとも。彼は情勢を見てナイレ君の一族から鞍替えしたような男だからね。こちらの優位を示して取引すればすぐに傾く。その際、同行を頼めるかな?」

「戦力差を見せつけるわけですね。ミュカレーに来ているのは彼一人だとは思えませんが」


 あの遺跡の準備からして、相応の人手がいるはずだ。彼以外にも相当数がミュカレー内にいると見ていいだろう。


「そこも含めて炙り出して利用しよう。ここまで大胆な行動に出た理由を知りたいんだ。ちょうど、メフィニス殿から情報網を引き継いでいるところだし、使わせて貰うよ」

「それですが、ナイレ嬢にも手伝って貰っては?」

「ナイレ君かい?」

「彼女、古文書を自力で解読して、まとめることの出来る才女ですよ。きっと力になります。特に今回は」


 なにせ、自分の命がかかっているんだから、必死になってくれるだろう。うまくすればベルウッド氏の負担も減らすことが出来る。


「ふむ……よし、聞いてみよう。実は、何か手伝えないか聞かれたばかりなのでね」

「あのご老人も色々知っていそうですから、お忘れなく」

「それはもう済ませたよ。早速、僕は動くとしよう」

「私もメフィニスとアルクド氏に協力をお願いしておきます。連絡は?」

「魔術師組合で最近、通信できる魔術機が入った。あれを一つ、マナール殿の工房に置かせてくれ」


 あの師弟、上手くやっているようだな。通信技術は大変未来のある品だ。こうして今も、私の力になってくれる。


「では、くれぐれもお気をつけて。ベルウッド領主代理」

「わかった。マナール殿もな」


 こうして、ミュカレー領主代理の座をかけた攻防戦が、静かに幕を開けた。


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