第47話:実験1
メフィニスから呼び出しを受けた。場所はミュカレーから馬車で半日行った先にある農村だ。不思議なことに呼び出されたのは私だけでは無く、アルクド氏とイロナさんもだった。
詳しく事情を聞きたい気持ちはあったが、工房に本人はおらず、かといって無視するわけにもいかないので私達は現地に向かった。
「村と聞いて寂しい農村を想像してたけれど、全然違うね」
「ですな。中心部は町に近いといってもいいですな」
私達が降り立ったのは村といいつつも、周囲を壁に囲われたしっかりした町並みを持つ農村だった。壁の外には畑が広がり、その周辺に点在する農家は昔ながらの景色を作っているけど、馬車が到着した所はしっかりとした石畳のある立派なところだ。
「気に入って頂けたようで何よりです。ここはわたしが力を入れて支援している村ですから」
「そんなことまでしているのかい?」
「実験をするのに広い土地があるのに越したことはありませんから。それに、快適に過ごせる方が良いでしょう?」
町を外れ、農地の中を歩きながら話を進める。時刻は夕方。暗くなり始めたこともあり、同行しているイロナさんは杖の先に光を灯した。
メフィニスの目的地はもう少し先にあるらしい。
「同感だね。せっかくあるのだから、文明は享受したい。しかし、あの依頼がメフィニスからのものだったとは」
「時たま、組合には依頼を出しておりますの。特に今はマナール様のためにもあそこには頑張って貰いたいですから」
にっこりと笑いながら、金髪のエルフが言う。
先日、路地で絡まれた際の依頼は、メフィニスの出したものだった。さっき会った時、見覚えのある魔術具があって驚いた。なんでも、今日の実験に必要だとか。
「依頼そのものは簡単だったけれど、道に迷って難儀したよ。しかも、変なのに絡まれてね」
「まあ! あの辺りは治安も良くなっているはずなのですけれど。……大丈夫でしたか? 相手は」
「怪我はさせていないよ。結果的には」
「ミュカレー東のあの辺りも大分治安がよくなりましたのう。絡まれるのが一回だけとは」
あの日、帰ってからアルクド氏に聞いたら、あの一画は昔は治安が悪くて有名だったらしい。なんでも、魔術師が実験をするため、あえてそうしていたとか。アルクド氏はそれがわかっていて、私を一人で行かせたわけだが、特に心配していなかったとのことだ。
「なんでも、外から来た魔術師が活躍したそうです。『闇の魔術師』を自称しているようなのですが」
「闇? 闇の属性が得意な人ってことですか?」
イロナさんの問いかけに、メフィニスは笑みを浮かべる。
「違うみたいですわ。ミュカレーに来るまで組合に認定されてなかったから、『闇の魔術師』と名乗っていたとか」
「そっちの闇か。でも、ミュカレーで魔術師に認定されたんだね?」
「はい。それどころか、組合に協力して治安の向上、孤児院への寄付、町の清掃などで大活躍だとか」
「い、いい人ですね……」
イロナさんの言うとおりだ。ミュカレーの魔術結社の方がよほど悪いことをしている。組合の仕事もちゃんとやらないし。
「町が過ごしやすくなるのは良いことです。さ、見えてきました。こちらですよ」
小さな丘になっている場所を登り切ると、そこは結構な広さの草原だった。休耕地というものなのだろう。草が生い茂っている。
その中心に、小さな小屋があり、更に離れた場所に巨大な丸い物体が置かれているのが見えた。
「……あれは、樽?」
「そう見えますのう」
「樽ですね」
じっと見つめて正体を確かめようとしたけれど、そうとしか見えない。大人が三人は入れそうな巨大な樽だ。
「あれこそが、今日のわたしの実験。『星の道』へ至る第一歩なのです」
戸惑う私達をよそに、製作者のエルフは自信たっぷりの笑みを浮かべてそう言った。