第46話:話し合い(治安編)
ミュカレーの街は東へ行くほど賑やかになる。ヴェオース大樹境から離れた方面が発展しているという理屈だが、非常に極端に感じるほどだ。街は東へ東へと発展を続け、その勢いが早かったためか、無秩序になる。
つまり、雑多に建物が立ち並び、路地が多くなる。
そんなわけで、私はミュカレー東部のとある路地裏で迷っていた。
なんでこんな場所にいるかというと、仕事である。魔術師組合からの依頼で、この辺りで暮らす魔術師の実験に付き合うことになっている。なんでも、更に別の魔術師が実験に使う魔術具を製作するために、魔力の扱いに長けた者の手を借りたいという話だった。
ミュカレー内で話がつくし、報酬も悪くない。一日で終わりそうなのも気に入ったので、私は二つ返事で受けたわけだが、これはとんだ誤算だ。まさか目的地に辿り着けないとは。イロナさんか、組合に案内をつけてもらうべきだった。
「うーん。困ったねぇ」
事前にもらった地図を頼りに石造りの低い建物の間を歩きながら、そんな言葉が漏れてしまう。途中まで地図通りの道があったんだけれど、今や全然違って見える。もしかしたら、この辺りで増改築があって街の形が変わっているんじゃないか? ……これはいっそ一度戻ったほうが良いかもしれない。
そんな風に一時撤退という言葉が脳裏をよぎった時、声をかけられた。
「おい、そこの兄ちゃん。なにをふらふらしてんの?」
眼の前をいかにもガラの悪そうな若者に道を塞がれた。
「いやなに、道に迷っていてね。ちょうどいい、この場所なんだが?」
そう言って地図を見せようとしたら、勢いよくひったくられた。
肩が露出している服を着ていて、そこに入れ墨が見える。魔術印じゃないな。
「あぁ、ここなら知ってるぜ? なぁ」
ニヤニヤといいながら声をかけたのは私の背後に向けてだ。路地から出てきたのだろう。二人ほど、退路を塞ぐように立ちふさがっていた。
薄暗いし、治安が良さそうな場所には見えなかったが、まさにその通りというわけだ。
「そうか。知っているなら話が早い。案内してくれると助かるね」
「ああ、いいぜ。そうだなぁ、一人一万でどうだ?」
つまり三人で合計三万。非常に高い。今回の報酬に近い。
「高いね。それじゃあ、自分で探すとするよ」
振り返って別の道に行こうとすると、当然のように二人の男が道を塞ぐ。こちらは随分と筋骨たくましい。荒事に慣れた風体である。
「おっと、通るなら通行料を払ってもらわねぇとなぁ」
「悪いね。あいにく持ち合わせがない」
「あぁん? あんた魔術師だろ? 初めてみたぜ、ローブ着てる奴なんて。どこの田舎もんだ?」
「おいおい、やめてやれよ。絵本に出てくる魔術師に憧れてるかもしれねぇだろ? なぁ?」
後ろから、最初から話しかけてきた若者が肩に手を置いてきた。
なんだろうか。これで脅かしているつもりなのだろうな。
「なぁ、あんた。杖はどこだい? 杖。見習いでも持ってるんだろ?」
どうやら、私を本当に田舎から出てきた見習い魔術師だと見定めているらしい。田舎から出てきた、はかなり近いね。
「いや、私は杖を持っていないよ。それで、話は終わりだね。通してくれないかい?」
「察しが悪いなぁ。そんなんでこの街で魔術師やってけると思うのか? 金置いてけっていってんだよ。魔術師つっても、痛い目見せることはいくらでもできるんだぞ!」
「ほう……」
筋骨逞しい巨漢のうちの一人が、短剣を取り出した。驚いたことに、魔術具だ。簡素なものだが、一瞬だけ魔術を阻害する能力が付与されている。見習い魔術師なら、魔術の発動を止められる可能性が高い。
「警告する。武器を出したということなら、戦う覚悟があると見なすよ」
そういうと、その場の全員が爆笑した。
「ひゃひゃひゃひゃ! お前、状況わかってんのかぁ!」
「囲まれてんだぞ! それで、真顔で「警告する」とか、大丈夫かよ!」
「オレらが武器持ってたら何するんですかぁ! ほら、やってみろよ! 先にぶっ刺すぞ!」
「わかった」
「ぐぇっ」
短剣を持った男がこちらに刃を振り下ろしてきたので、風の魔術を発動させて吹き飛ばした。
男の巨体が石壁に激突し、鈍い音を響かせた。
「おや、思ったより強く出てしまった。加減はしたんだけれどな」
壁にぶつかり、そのままずるずると地面に崩れ落ちた巨漢を見て素直な感想を言う。よく見ると、壁に血がついている。当たりどころが悪かったか。反省だな。ちなみに男は全く動かない。死んではいないけど。
「て、てめぇ! 何しやがった!」
「なにって、魔術だよ」
「ぐぴっ」
もう一人の巨漢も風の魔術で吹き飛ばした。同じく、壁にぶつかり無力化された。大分勢いよくいったな。
「な……なんで……まだ、オレ達なにも……」
一人残った入れ墨の男の方を振り返ると、明らかに戦意を失っていた。涙すら浮かべた恐慌状態だ。
「二つ、忠告がある。杖を持っていない魔術師は、杖が必要ないくらいの実力があるか、杖の代わりを持っているだけにすぎない」
男が手に持っていた地図を取り上げる。素直に返してくれた。
「それともう一つ。この町の魔術師は戦い慣れている。玩具を手にしたくらいで手出しできると思わないほうがいい」
ガクガクと首を縦に振る入れ墨の男。うん、暴力で訴えてくる者にはしっかり暴力をお見せするのが手っ取り早いね。
「わかったかな?」
「わ、わかった……いえ、わかりました!」
「本当に!」
「本当です! だから、見逃してください!」
「見逃す? でも、私は道に迷ってるから、また君達に出くわさないか心配だなぁ」
「あ、案内します! いえ、させてください!」
「よろしい」
話はまとまった。私はぐったりしている巨漢二人のところにいくと、素早く治癒魔術をかけた。
「う……ん。オレ……どうなってんだ?」
「なんか、急に痛みがなくなって……ヒィ!」
二人して、恐怖に怯える目で私を見た。
「傷は魔術で治療した。なんなら調子がいいくらいのはずだよ」
「お、お前たち、大丈夫なのか!」
「ああ、なんか、嘘みたいに痛みが消えた」
「オレなんか、この前やられた腕の傷も治ってやがる」
ゴロツキ三人が揃って私の方を見る。その目に浮かぶのは恐怖。魔術師はこういう目で見られるのにも慣れている。今回は、こうなるように振る舞ったしね。
「追加の忠告だ。私みたいに親切に治療までしてくれる魔術師はいない。この仕事はもうやめときなさい」
三人そろってものすごい勢いで首を縦に振ってくれた。理解してくれて嬉しい。
ちなみに彼らが道を知っているのは本当で、すぐに目的地へ案内してくれた。
魔術実験の方は、大変順調かつ、割と早くに終わったのだった。
しかし、この街にも治安が悪いところがあるものだね。今度、イロナさんに詳しく聞いておこう。