第43話:やっぱり大変な、領主代理のおしごと
ミュカレー領主代理ベルウッド・ドライセルフに穏やかな時間は少ない。種々の問題を抱えるこの町において、領主代理が頭を悩ませることは多い。この町における厄介な物事の大半が魔術師絡みであり、普通の貴族なら対応せずに逃げ出してしまうであろう案件ばかりだが、彼は辛抱強く対応していた。
もともとの穏やかな性格とその手腕のおかげか、町を騒がせる魔術師たちもベルウッドにはそれなりにの対応をする。本人には全くそんなことはわからないが、魔術師達にも「彼が領主をやっている方が良さそうだ」と考えている者は意外と多い。
それでも、忙しいことは忙しい。この日も、ヴェオース大樹境で起きた冒険者と魔術師の諍いについて対応し、先日発見された『ミュカレーの書』への対処に頭を悩ませ、遅い夕食をとった後だった。
夕食後のティータイム。その時だけは、ベルウッドは安らげる。王都から持ち込んだティーセットと茶葉、長年仕える執事の淹れた紅茶を楽しむのは最高のひとときである。
「ああ……今日もこの香りを楽しむことが出来た。一日を無事に乗り切れたよ」
金色に縁取られたティーカップを手に、一人紅茶を楽しみながら呟く。家の者も、主の貴重な時間を知っているので、この時ばかりは邪魔しない。
ちなみに酒が飲めるベルウッドとしては、本当は晩酌でもしたいところだが、自重していた。飲み始めたら病気になるまで止まらない恐れがあるからだ。さすがの自制心である。
「ベルウッド様、お休みのところ、失礼いたします」
静かな時間を破ったのは、魔術師組合の優秀な事務員、リエルだった。
何やら慌てた様子でノックの返事も聞かずに入ってきた。間違いなく緊急事態だ。余程のことがない限り、彼女が夜に屋敷を訪れることはない。
「な、なにがあったのかね? 私はこれから紅茶を楽しんで、ゆっくり眠りたいんだけど……」
「ミュカレー近郊の町にワイバーンの群れが押し寄せたそうです」
「ブフォッ! ゴホッゴホッ!」
盛大に吹き出した。心を落ち着かせるために軽く紅茶を口に含んだのが災いした。
「ゴホッ! ……な、なんでそんなことが。町は、被害はどうなの?」
「被害はゼロです。マナール様が仕事で向かった先でしたので、万事対処して犯人も捕まえたとか」
「ゴフォッ!」
なにも飲んでないので、今度は激しく咳き込んだ。多分、ストレスかなにかだろう。
「マナール殿が向かってから数日しかたってないだろう? そ、それに仕事はただの調査だったはずでは?」
「なんでも、現地で調査を依頼された森を調べたところ、工房を発見、『真実同盟』の派閥争いに巻き込まれたとか。それに対処するうちに、古い魔術具が暴走。そのまま対応して無事に解決、犯人も確保したとのことです」
「大事なところがだいぶ省かれた報告みたいなんだけど……。一体なにが起きたの? 魔術具の暴走? もしかして捕まえた『真実同盟』の魔術師を我々がどうこうするの?」
短い報告なのに気になる情報が多すぎる。ベルウッドは激しく混乱した。
「急ぎの報告なので情報が断片的なようです。マナール様からは追って詳細な報告があるようですが……」
「それ、読みたくないなぁ。でも、読まなきゃ駄目なんだよなぁ……」
間違いなく、自分も関わらなければならない案件だ。おかしい、こんな大事にならないよう、安全そうな依頼を回して貰ったはずなのに。
「しかしベルウッド様、これは朗報なのではないかと思います。すでに、被害ゼロで解決してはいるのですから」
「う、うん、そうだね。その通りだ。マナール殿は期待通り……いや、それ以上の活躍をしてくれた」
活躍と同時に、危険という名の箱を何個も開けたようにも思えるが、しっかり対処してくれたのも事実だ。
気は重いが、組合としてはちゃんと対応すべきだろう。なにせ、ミュカレー魔術師組合は弱小。マナールのように問題を解決してくれる協力者は大事にすべきだ。
なお、彼の活躍がミュカレーにおける魔術師派閥のパワーバランスに激しく影響を与えているという事実は、この際無視する。もうどうなるか全然わからんので。淡々と目の前で起きたことに対応することしかできない。
「戻って報告を聞き次第、特別報酬を出せるように手配していこう。ところでリエル君、彼からの報告、私も受けなきゃ駄目かなぁ……」
「聞くべきでしょう。『真実同盟』にワイバーンの群れですから」
同情的な視線と共に言われ、ベルウッドは天井を仰ぎ見ながら頷く。
楽しみにしていた紅茶は、カップの中ですっかり冷めてしまっていた。
なお、報告時にマナールから『翼竜の宝珠』を見せられ、その場で失神しかけるのは別の話である。