第42話:真実同盟
危ないところもあったが私は無事に初仕事を終えた。魔術師組合からの最初の仕事は、師匠の工房調査だったが、あれは儀礼的なものだ。今回こそが、真の初仕事だと言える。
まったく、面倒な町だ。軽く調査に出ただけで派閥争いに巻き込まれるとは。私は普通に仕事をして、普通に生活を送りたいだけなのに、現代の魔術師たちはすぐに邪魔をしてくる。
そんな不満はあったが、仕事は終わった。私は依頼主へ報告をすべく、セルタ氏のところに向かった。例の工房と『真実同盟』の面々はとりあえず拘束してある。後で一緒にミュカレーに連れて帰ろう。もちろん、ファクサル君達『探求の足音』もだ。
セルタ氏の工房は相変わらずだった。依頼を受けてから数日しか経っていないのだから当たり前だ。
以前と同じく部屋に通され、飲み物をいただきながら報告をする。
「と、いうわけで、あの工房を舞台に魔術師同士が派閥争いをしていたよ。とりあえず、拘束してある」
「……マナールさん。貴方は本当にとんでもない人だ。『真実同盟』の魔術師をこうも簡単に捕らえるとは。あのワイバーンの群れも大樹境へ飛び去ったようだけど、貴方の仕業でしょう?」
「一応、ね。頑張って何とかしたとだけ答えておくよ」
報告を受けたセルタ氏はとても嬉しそうだった。初めて会った時と比べると顔色すら良くなっているように見える。
「頑張った……ですか。その方法を聞きたいところですが、聞かない方が良いのでしょうね」
「ええ、私からは話せません。しかし、セルタ氏には話してもらいます……あそこにいたのが『真実同盟』だと、知っていましたよね? なんなら抗争中のことまで」
「…………」
私が指摘すると、セルタ氏は文字通り顔つきが変わった。地方の気弱な錬金術師のものから、魔術師のものへと。
「なぜ、そんなことを?」
「あんな目立つ工房が森の中にあって、しかも手を入れて研究所にしようとしていることを、こんな近くに住んでいる魔術師が気づかないわけがない。事態を把握していて、見守っていたのでは?」
最初からセルタ氏の話はおかしかった。小さな森の中にある大きな工房は、見逃すのが難しいほど目立つ。依頼の際、私に隠すのはあまりにもおかしい。
「事態を把握したうえで、私がそこに入って何かが起きることを期待していたのでは、と思ったのです」
特に根拠はないけれどね。魔術師組合にも工房のことを隠していた辺り、なにか狙いがあったようには感じるけど。
「詳細を書いた依頼を組合に出すと、貴方が来ない可能性がありましたから。ちょっとした賭けでしたよ」
なんと、私の予想は当たっていた。いやはや、言ってみるものだ。
「この依頼に私が来ることを狙っていたと?」
「ええ、ヴェオース大樹境で暴れる魔術師ジグラトをあっさり倒した貴方なら、何とかしてくれるかもと思いまして。こういう賭けに勝ったのは初めてです」
「セルタ氏、君は何者だい?」
魔術師ジグラトの件は、ミュカレーでも一部の人しか知らない。少なくとも、派閥争いを恐れて周辺に逃れた魔術師が耳にいれることのできない情報だ。
「そうですね……一応、『真実同盟』の創始者となっているのですが」
思ったよりも大物だった。別派閥の人かと思ってたんだけど。どうしよう、この場で捕らえた方がいいかな?
「あの、その目はやめてください。あくまで「一応」なのです。もう殆ど実権ないんですよ……」
私の様子に気づいたセルタ氏が、情けない声と態度で言い出した。こっちはこっちで素だったようだ。
「話を聞こうか」
「ええ、短い話ですが……」
『真実同盟』は十数年前、セルタ氏が立ち上げた派閥だった。目的はヴェオース大樹境の探索と採取、そしてその研究。錬金術の素材を確保しやすくなるといいな、程度の気持ちだったそうだ。
しかしながら、セルタ氏は運と運営力があった。
優秀な人材が集まり、大樹境の探索が進んだ。しかも、結構な情報や品と金も手元に入ってきた。
成功は成功を呼ぶ。『真実同盟』は流れに乗って大きくなり、人員も倍増。いつの間にか、セルタ氏の手に負えない規模にまで膨れ上がってしまった。
このままでは自分が危ない。そう思ったセルタ氏は、もともと戦闘向きの魔術師でないので派閥争いから逃れるという理由を作って周辺の町へ転居。『真実同盟』から距離を取った。
そうすると、ミュカレーに残ったメンバーが力を持ち始める。大樹境探索のため、武闘派が実権を握った『真実同盟』は過激な活動で規模を大きくし、そのままミュカレー有数の勢力になってしまった。
「正直、力を持ちすぎたと思ったのです。ジグラトのように工房を構え、犯罪を犯すものも出てくる始末。しかし、自分では対処できず……」
「それで、私をぶつけたわけか」
「強いとは思っていましたが、まさかここまでとは……。ご迷惑をおかけして、利用してしまって申し訳ありませんでした」
椅子から降りて頭を床にこすりつけて謝罪するセルタ氏。
なんだか、怒りにくいな。もっとしっかりしろとか言いたいけれど、反省はしているだろうし。
「ジグラトの件と今回の件で『真実同盟』は弱体化するでしょう。後は自分の方で、制御を効かせて大人しくさせます」
「ちょっと信用しづらい言葉だねぇ」
他人を利用するのに長けた男だ。その上、魔術師。二重に信用できない。反省はしているだろうが、その言葉を「はいそうですか」と飲み込むわけにもいかない。
「……自分も役人に突き出しますか?」
「気持ちとしてはそうしたいけれど、それがあまり良い結果に結びつくとは思えない」
弱体化した『真実同盟』なら手綱を握れる。セルタ氏のその言葉に偽りはないように見える。
「そうだな。魔術師同士の約束をしようか。『真実同盟』に限らず、ヴェオース大樹境で危険を感知したら、私か組合に連絡を入れると」
「ミュカレーの監視役をしろと?」
「できる範囲でいい。必要だと思わないかい?」
この町の魔術師達の抗争はあまりにも危険すぎる。私の普通の生活において、大変邪魔だ。
ならば、それをどうにかするための目が欲しい。完璧でなくとも、対処するきっかけになれば上等だ。なにより今後、『ミュカレーの書』が公開されれば、きっと役に立つ。
「……わかりました。自分にできる範囲でよければ、最善を尽くします」
「うん。良かった」
私は指先に魔力を集中し、空中に魔術陣を描く。これもまた伝統的で簡単なものだ。
約定の魔術。魔術師同士が、約束を交わす時に使うものだ。
セルタ氏は部屋の片隅から羊皮紙を二枚持ってきて、空中の魔術陣の下に置く。
「なんだか、修行時代を思い出しますね。もっとちゃんとした契約でもいいのですよ?」
「このくらいでいいよ。証拠がほしいだけだから」
互いに魔術陣に触れると、光が散って羊皮紙の上に落ちる。
しばらく待つと、紙上に文字が浮かび上がった。そこに書かれているのは「それぞれの情報のやりとりを密にする」という文言と、互いの名前だ。
魔術師の約束。見習いがちょっと大切な約束をするときに練習がてら使う魔術だ。
この羊皮紙は、同一存在となり、どちらかが破いたり燃やしたりすると、もう片方も消失する。
約束を違えたかどうかが判別できる、その程度の魔術。
しかし案外、こうした簡単なものの方を重視する魔術師は意外といる。セルタ氏もそんな人に見えた。
「組合には私の方から上手く報告しておくよ。それでは、壮健で。錬金術で面白いものが出来たら教えてくれると嬉しいな」
「それはもう、本業のことなら喜んで」
それから短い別れの挨拶を交わして、私は依頼者にして『真実同盟』の創始者の元を離れた。
さて、ここからが大変だ。
今回の事件の関係者を組合まで連れて行かなくちゃ。おっと、その前に一報入れた方が良いだろうな。急に大所帯で押し寄せたら驚かれる。
内容的にまた領主様が出てくるだろうから、報酬の増額でもお願いしてみようかな。
そうすれば、工房のリフォームに一歩近づく。普通の生活へまっしぐらだ。
ひと仕事終えて生活に希望を見出した私は、爽やかな気持ちで帰る準備をすべく、森の中の工房へ向かうのだった。




