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第39話:作戦(割と雑)

「さて、こうして工房の近くまで来たわけだけれど」

「普通に歩いて来たのに見つからないの、怖いんだけれど。なにをしたんです?」


 私とファクサル少年は、共に森に戻って工房の近くまでやってきていた。少年を保護した小屋からそれほど遠くない。付近は警戒用の魔術が何重にも敷かれていたので、それに引っかからない境界まで隠れてやってきた次第だ。


「君は隠れ身が得意だそうじゃないか。私もなんだよ」

「だからわかるんですけど。なんの準備もなしに結界だらけの中を散歩できる隠れ身の魔術なんて聞いたことないんですよ」

「あるんだから仕方ないじゃないか」


 単純に、工房を占拠している『真実同盟』の魔術師の腕前が原因だ。戦闘は得意なようだが、工房の防衛については知識が少ない。私は結界に触って、魔術を少しいじらせて貰った。この手のものは、魔力で見えない膜を貼るようなものだ。そこに干渉して、誤魔化しを効かせただけである。魔力そのものに手出しできるのは、私の持つ特技の一つなのでね。

 もちろん、その辺りをファクサル少年に説明はしない。第七属性だとばれたら面倒なことになる。


 とはいえ、これ以上近づくとさすがの私でも気づかれてしまう。それは構わないが、中にいる少年の師匠や、『翼竜の宝珠』への影響が心配だ。焦った『真実同盟』が起動させてワイバーンが飛来するのは避けたい。


「ここからの作戦が必要だね。中の構造はわかるかい? 君の師匠たちが囚われている場所は?」

「多分、食堂だと思います。鍵もかかるし、広いから。人数は六人」

「敵の数は?」

「ボクの見たところ、八人はいました」

「多いな……」

 

 救出すべき人数も、敵も多い。幸いなのは、敵の内三人は外に出て少年を探していることだ。

 当たりをつけていた小屋から消えて必死に探していることだろう。まだ、私が少年を保護してから三時間くらい。森の外へと捜索範囲は広げていないはず。


 外の方はおいておくとして、問題は残る中の五人。こちらも推測の数値だが、実はこの倍いましたということはないだろう。


「ファクサル君。仮に私が中で暴れて敵の大半を引き受けたとして、師匠たちを救出できるかい?」

「う……大半ってことは、全部じゃないんですね。でもボクは……いえ、多分、誰かと遭遇したら負けます」


 一瞬、無理をしようと瞳に決意の色が見えたが、自力で抑え込んだな。現実を認識できているのは大したものだ。隠れ身が得意なだけの見習いでは、本物の魔術師相手に勝ち目はない。


「冷静に判断できているのは大切なことだよ」

 

 この状況にあって、ファクサル少年は思いの外冷静だ。これなら、策を授けることができる。


「ここに強力な睡眠の魔術を書いた魔術陣がある。使えば君も含めて周囲の者も眠るだろう」


 懐から、一枚の羊皮紙を渡す。こんな時のため、宿で慌てて作成した魔術陣だ。仕事にあたって、アルクド氏から道具を色々貰っていたのが役に立った。


「僕ごと寝ちゃうんですか?」

「そこの加減はできなくてね。でも、よほどの魔術師でなければ問答無用で眠るものだよ」

「たしかに、睡眠とは思えないほど複雑な陣ですね」


 わけがわからない、と首を傾げながらファクサル少年は真剣な眼差しで魔術陣を観察している。そう簡単には理解できないだろう、かなり作り込んでいるからね。

 なにせこれは過去に私が対ドラゴン用に必死に生み出した睡眠魔法だ。魔力量の少ない人類には耐えきれない眠気が押し寄せる。そしてその後ひたすら眠る。


「この魔術には利点がある。発動すれば私が場所を感知できる」

「つまり、僕と敵は眠るし、マナールさん……マナールさまが助けに来てくれるってことですか」

「そう考えてくれていい」


 答えると、ファクサル少年が私の方を向いて、深く頭を下げた。


「非礼なことをしたボクたちのために、ここまでしてくれて、ありがとうございます。このお礼は必ず」

「そういうのは成功した後にしよう」


 しかしお礼というのは嬉しいね。家具でも買うか。いや、リフォーム資金の足しになるくらいの報酬でも貰おうかな。これは普通の生活が捗る予感がしてきたぞ。


「なんだか嬉しそうですね。戦闘系の魔術師って、こういう時でも笑うものなんですか?」

「勘違いして貰っては困る。私は日常系の魔術師だよ」

「日常系?」

「今考えた言葉だよ。戦うのは好きじゃないからね」

「…………」


 なんて微妙な顔だ。たしかに、苦手でもないけど。


「これから私は工房に接近して、奴らの作った結界を正面から堂々と破壊する。そのまま流れるように戦闘に入るだろう。君は混乱した中を得意の隠れ身で潜入して、師匠達を助けると良い」


 恐らく、魔術を封じた上で閉じ込められているだろうが、私が暴れていれば、それほど危険もなく脱出できるはずだ。もし、何かあっても睡眠の魔術で皆仲良くおやすみだ。そこを助けに行けばいい。


「う、が、頑張ります」

「無理はしないように。魔術陣は迷わず使ってね」


 ちょっと震えているファクサル少年を見ると申し訳ない気持ちになるな。こんなことになるなら、助けになる魔術具をいくつか作ってくれば良かった。今後、護衛の仕事なんかも受けることになるだろうから、準備するようにしよう。


「雑な作戦で申し訳ないが、やらせてもらうよ?」


 最終確認とばかりに問いかけると、フード姿の少年は一つ深呼吸をした。


「おねがいします。ボク、やります」


 覚悟を決めた者の目だった。


「では、いくとしようか」


 それを見た私は、その場で立ち上がり、軽く腕を振る。

 周辺や工房周辺の結界、それを維持する魔力を吹き飛ばすための動きだ。


 一瞬だけ、周囲の空間に光が散る。


「うわ」

「少し隠れて、静かになってから潜入しなさい」


 返事を待たずに、私はゆっくりと『真実同盟』の占拠する工房に接近していくのだった。

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