第20話:探索と発見
開拓基地から北東を移動中、未確認の魔獣に遭遇。二足歩行する獣型で、非常に頑強。討伐は不利として、撤退。なお、引き止めるため冒険者一名がその場に残り、行方不明。
テッド君の父親がいなくなった経緯だ。こう書くと短いが、不思議な点がある。
遭遇した未確認の魔獣。開拓基地はヴェオース大樹境の入り口に近い位置にある。危険な魔獣はあまりおらず、冒険者達による討伐も頻繁に行われていて、安全性は高い。つまり、未確認の強力な魔獣には遭遇しにくい場所である。
そもそも、未確認の魔獣というのが不思議な存在である。聞いたところ、ミュカレーの町が出来て百年以上たつ今となっては開拓基地付近は探索され尽くしており、未確認の魔獣なんてまず現れない。
冒険者組合はよく組織されていて、過去の記録もしっかり保管している。その記録と照合しても、未確認とされる魔獣が現れるのは異常である。
そこで私は、テッド君の父親と一緒にいた冒険者に遭遇した魔獣の詳しい外見を聞いた。
人間より一回り大きく、全身は毛に覆われており、獅子のような顔には目が一つだけ。両腕は非常に太く、背中が曲がっており、小さな翼が生えていた。まさに異形の魔獣だったということだ。一応、二足歩行。
魔獣というのは、大抵の場合、獣が魔力の影響を受けて変異したものを指す。その場合、元になった獣の外見を維持することが多い。今回はどうも、その例は適用されなそうだ。どちらかというと複数の魔獣が混ざったように見える。
こうなると、最も可能性が高いのは、魔術師の手によるものだ。
キメラと呼ばれる、魔術によって生命を作り出す技術。それを使えばこの話の魔獣も作成可能だ。
魔術による生命創造はちょっと難しい経緯がある。
私がやっているように、魔術は傷の治療ができる。しかし、六属性に「生命」は含まれない。ならば、魔術師が使う回復魔術こそ、第七属性なのではないかというのが研究の発端だ。
当初は回復魔術の研究だったものが、生命を扱おうと試行錯誤した結果が、キメラの誕生に繋がる。
生命を第七属性と見立てるのは非常に良い着眼点なのだが、どこかで行き先を間違えてしまった。
それが、キメラに関する魔術だ。
魔力の本質に迫れず、生命を弄ぶことに特化してしまった。悲しい魔術師達は、それに気づくことなく、研究を続ける。
それが生み出す不幸は、私が目覚めた今も変わらない。
「さて、このあたりのはずだけれど」
魔術師の歴史というのは、魔術師以外が巻き込まれる歴史でもある。そんな悲しい現実を噛み締めながら、私はヴェオース大樹境を歩き続ける。
現在地は、開拓基地の北東へ半日ほど歩いた場所だ。目指すはテッド君の父親が行方不明になった地点である。
彼は魔剣士だったというが、残念ながら私でもその魔剣を魔術で探知することはできない。場所が悪すぎる。魔獣や遺跡がひしめくヴェオース大樹境では、反応するものが多すぎて、一本の魔剣を探し出すことは非常に難しい。
魔剣と対になるもの、例えば魔術で作成された鞘でもあれば何とかなるのだけれど、残念ながらないようだった。
なので、こうして歩いて調べるしか無いのである。
春の森の中は歩きやすい。ここは木々が多すぎて日光が入ってこないから、少し肌寒いが、歩くとそれも気にならない。ちょっとした散歩気分だ。
残念ながら周囲に魔獣の気配はない。隠れ身や探知の魔術は常に展開しているけど、驚くほど何もひっかからない。
「……やはり、こちらの方が先に見つかったね」
木々の間、何もないように見える森を見つめて私は呟く。眼の前に広がっているのは森のようで別のもの、魔術だ。
ここから先、巧妙に隠蔽された魔術師の工房がある。
恐らく、私に課された試験の工房だろう。
もともと、この位置に工房があるのは開拓基地に来た時から想像がついていた。魔剣のような小さな品を見つけるのは難しいが、いくつもの魔術を設置され隠蔽された魔術師の工房は逆に目立つ。もちろん、向こうも探索魔術対策をいくつも施しているんだけど、私からすれば隠した内に入らない。
ここでの問題は、事件が起きた北東側に魔術師の工房があるということだ。ここの試験官が、キメラの実験を行っている可能性は非常に高い。
できれば、普段は大樹境の魔獣を相手にしていて、たまたまキメラが冒険者を襲ってしまっただけだと思いたい。テッド君の父親は保護して治療中などが望ましい。
……冒険者側に報告が来ていない時点で、それはないか。魔剣込みでいい実験材料くらいに思っているかもしれないな。
ミュカレーの町では、魔術師の地位が非常に高い。この前会ったベルウッド領主代理も、私を見て怯えていた。ヴェオース大樹境も含めて、魔術師にとって都合よく作られた町なのだ、ここは。
そう考えると、好き放題する者がいても不思議じゃない。試験を受ける魔術師志望が自分のしていることを指摘するなど考えもしていないだろう。
こんな町にするために、私の弟子達は魔術機という技術を生み出したのではないのだが。
少し嫌な気分を覚えながら、工房の周囲を回る。なにか仕掛けがないか確認はしておきたい。
「……これは?」
妙に歩きやすいなと思っていたら、ふと地面に落ちているものに気づいた。
わずかに差す光を反射して輝いていたのは、小さな金属の札だった。鎖がついており、首にかけられるようになっている。それどころか、わずかに魔力を感じる。
冒険者の識別札だ。魔術機によって作られた品で、名前や等級が刻まれており、本人証明にも使える優れものだと聞く。
「…………」
表面に刻まれていたのは、テッド君の父親の名前だった。
周囲の植物をよく見れば、戦いでなぎ倒された跡や、木の幹に切り傷がある。
どうやら、ここが現場だったようだ。
「…………」
私は少し考えてから、一度、開拓基地へ戻ることにした。