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生まれ変わった元最強魔術師は今度こそ普通に暮らしたい  作者: みなかみしょう


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第18話:領主代理の大変なおしごと

 ベルウッド・ドライセラフは自分のことを不幸だと思っている。

 貴族の端くれであるために、ミュカレーの領主代理という地位につかされてしまった。全ての原因はそれにつきる。

 王国北東部に広がるヴェオース大樹境。そこに百五十年ほど前に奇特な魔術師が作り上げた町。

 魔獣と魔術師の遺産がひしめく大樹境のすぐ隣に町を作り、国家に多くの恩恵を与えた功績をもって、魔術師の名がそのまま町につくこととなった、特異な地域。

 魔術機を生み出し、発展させた文明の象徴のような扱いをされる町ではあるが、とんでもない。

 この町の真の主人は魔術師である。

 決して、領主代理である自分ではないことを、ベルウッドは心の底から理解していた。

 そもそも、これほど大きな町でありながら、領主代理などという役職をあてがわれて、自分が統治していることからして、おかしい。

 本来の領主、王国の大貴族はミュカレーに寄り付きもしない。とにかく、「問題を起こすな」と自分に言うのみで静観している。


 貧乏くじ、そんな言葉がよく似合うのが、ベルウッド領主代理の立場だった。

 焦げ茶色の癖毛に、手入れを欠かさない髭。これは精一杯の身支度だ。その顔つきはどこか自信がなく、元々小太りだった体型はここに来て十年でちょっとだけスリムになってしまった。

 

 それもこれも、この町で蠢く魔術師達のせいだ。魔術機を組み上げ、改良し、管理できるのは魔術師だけ。実質的な現代の支配者。その上、個人個人が強大な能力を持っている手のつけられない特殊能力者。

 どいつもこいつも曲者で、ミュカレーにおいて終わることのない派閥争いを繰り広げ、何かと問題を起こす。たまに組織に属してない魔術師も何かやらかす。統括すべく作られた魔術師組合は頼りない。


 とにかく、ベルウッドにとって魔術師というのは悩みの種だった。ミュカレーにおいては、数が多すぎて、領主の立場であっても、実数を把握すら出来ていない。一部の話の通じる面々とやり取りするので精一杯なのだ。


 そして今現在、ベルウッドは新たな悩みの種と対面していた。


「あー、マナール君……で良かったかな?」

「はい。魔術師のマナールです。まさか、領主様にお会いできるとは思っていませんでした」

「いやいや、私は領主代理でね。本物は王都にいるんだ……」


 領主の屋敷にある小さな応接で、丁寧に頭を下げたのは、ローブ姿という古風な出で立ちの青年だった。

 話しぶりや態度に穏やかなものを感じ取り、ベルウッドは少し安心した。

 このマナールなる男は、とんでもない魔術師だ。町に来るなり、あの『万印の魔女』を懐柔し味方につけたのだ。それどころか、あの魔女を別人のようにしてしまったという。

 ベルウッドが作っている「ミュカレー危険魔術師リスト」でトップスリーに入る、『万印の魔女』に何をすれば、そんなことができるんだろうか。

 いきなり現れて、「マナール様を魔術師として登録してください」と見たこともないくらい丁寧な言葉で言われた時は、恐怖で失禁しかけた。


 それとは別に魔術師アルクドからの要請もあり、ベルウッドには選択肢はなかった。

 ミュカレーには魔術師組合があり、領主が長になっており、それなりの力を振るうことができる。すぐにマナールを登録するための手配を行った。

 そして今日、問題の人物と対面である。

 それぞれ椅子に腰掛け、机の上の書類を挟んで話が始まる。


「今回は特例でね、私が手続きを進めている。万印……メフィニス殿とアルクド殿からの推薦もあり、君を魔術師組合へ登録する作業自体は可能になった」

「良かった。流れ者ですから、拒否されるかと」

「優秀な人材を、この町は逃しはしないよ」


 短い会話だが、ベルウッドは少しずつ安堵を深めていた。このマナールなる青年、アルクドと同じく話がわかるタイプなのではないだろうか。だとすると、領主代理的にはとてもありがたい。町に溜まっている魔術師向け案件を処理して貰えるかもしれない。他の魔術師たちは全然やってくれなくて、困っているんだ。本当に……。


「そ、それでだね、組合から条件を出された。いくら著名な魔術師から推薦があっても、実力と実績も定かではない者をすぐ登録とはいかないと」

「む、実力と実績……つまり、試験を行うということでしょうか?」

「そうなんだよ。彼らも堅物でね。町の外、大障壁の向こう、大樹境に拠点がある。魔術師の工房を利用したものでね、そこで冒険者なんかが活動しているんだ」

「ほう。そんなものが。興味深いですね」

 

 目を好奇心で輝かせるマナールだが、それがベルウッドには奇妙にうつった。魔術師ならば、ヴェオース大樹境に入れる方を喜びそうだが。

 なんだか自分の常識が通じそうにない相手な気がする。長年の経験でそんな不安も覚えつつも、ベルウッドは話を続ける。


「うん。そこでいくつか仕事をしてほしいんだ。怪我人の治療とか、魔術師からの試験を受けるとか」

「それだけでいいのですか? 魔獣の巣を一つ二つ殲滅するくらいやらされるのかと思ったんですが」

「そ、そんな危険なこと試験ではしないよ! 死人がでちゃう!」


 涼しい顔でとんでもないことを言い出した。この魔術師も、どこかおかしい。なにかが常識とずれている。小声で「思ったよりも優しい世の中だな」とか言ってるし。どんな生活をしてたんだ。普通、魔術師でも試験で魔獣の巣を滅ぼすなんて思いつきもしない。


「ちゃ、ちゃんと報酬も出るよ?」

「承知しました。私としては、この町で色々と勉強をしたいので、身分と仕事があるのはありがたいです」

「うん。身分は大事だからね。あんまり無茶はしないでね。森を焼くとか……」


 昔の事件を思い出しながら、マナールの前にもろもろ記入済みの書類を出す。あとはサインをしてくれれば完成だ。


「うん……うん……本当に普通の書類だ。ちょっと大樹境の奥までいって植物をとってこいとかもなさそうですね」

「そんなことしないよぉ。素直に信じて」

「いやあ、失礼。昔、師匠に色々とやられましてね」


 笑顔で言いながら、マナールは書類にサインをしてくれた。少し古い字体なのが気になった。


「では、出発は三日後。食料等は現地にあるから、それほど大荷物にしなくても大丈夫だよ」

「色々と手配をしていただき、感謝いたします。ベルウッド領主代理」


 互いに立ち上がって、話を終えようとすると、マナールはそう言って右手を出してきた。


「…………」


 進んで握手を求める魔術師を初めて見た。

 呆気にとられてしまったが、慌ててその手を握る。普通の手だ。なにか、魔術的なことをされた感触もない。念のため身につけた魔術対策の護符は反応しなかった。


「あー、マナール君。いや、マナール殿。君がこの町の魔術師になって、私達の力になってくれることを願うよ」

「勿論。ご迷惑はおかけしないようにします」


 爽やかな笑顔で答えると、ローブをひるがえして、魔術師マナールは目の前から去っていった。


「……な、なんか凄い疲れたな」


 部屋から出ていくのを見届けたベルウッドは、思わず椅子に座り込んでそう呟いた。

 なんとなく、本当になんとなくだが、彼はただ者じゃない気がする。なにかを起こすかもしれない。


「騒ぎは仕方ないけど、良い結果に落ち着いてくれればなぁ」


 諦め混じりの呟きをすると、ゆっくりと立ち上がる。

 ミュカレー領主代理、ベルウッドは多忙なのだ。

 

 その後、思った通り、この日出会った魔術師は次々と騒動を起こし、何度も頭を抱えることになるのだが、これもまた、彼の仕事なのである。


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