第14話:市へ向かう
思ったよりも新生の魔術には時間がかかっていた。
まさか二百年とはね。これは想定外だ。いや、おかげで豊かな時代にたどり着けたと思うことにしようか。
朝食をすませ。イロナさんからお小遣いをもらった私は、一人石畳の上を歩いていた。
残念なことに、私の買い物に、イロナさんとアルクド氏は同行しない。それぞれ日々の仕事がある。特に元気になったアルクド氏には、私の身分関係で頑張ってもらわねばならない。
一応、二人共、同行を申し出てくれたけれど、断らせてもらった。私は私で、一人でこの街を見学してみたい。行き先もすぐそばの広場を使った市場というわけで、話はすぐに決まった。
二百年。弟子達の技術が魔術機と呼ばれるようになり、世の中に広まるには十分な時間だ。道沿いには明かりの魔術機。家の中には水や火の魔術機。商店には冷蔵や冷凍の保管庫といった具合に、生活にしっかり紛れ込んでいる。
きっと土木作業などにはもっと大掛かりなものが使われているんだろうな。見てみたい。
道行く人がたまに私に目を留めるのは着ているローブのせいだろう。二百年もたっていて、古風呼ばわりされる程度で済むのは運が良かった。
技術の向上は生活の向上に繋がる。たまに見える商店に並ぶ食品の種類は昔より豊富だ。道行く人々の服装も昔より素材が豪華で装飾が多い。街全体の色彩が豊かに見えるのは気のせいではないだろう。
そんな春の街中を歩くこと十五分、ちょっとした広場に到着した。
清掃市。掃除で出た不用品を並べる市場ということだったが、なかなか立派なものだった。
地面に商品を並べている人が大半だが、中にはテーブルと天幕を出して本格的に営業しているところもある。
規模も大きく、数十件の店が出ている。人出もそれなりに多い。客目当てに肉の串焼きなど、食べ物の店まで出ているようだ。
「おお、これはいい」
目移りしそうな場所に、私は楽しい気持ちで踏み込んでいく。
これこそ、普通の生活への第一歩だ。これから自分好みに生活を整えていくと思うと、ワクワクする。こういった経験はなかったからとても新鮮だ。
◯◯◯
市場に並ぶ品物は、本当に豊かだった。服、靴、石鹸、その他生活に使える小物類。売れるものという基準があるからか、私から見て世の中が豊かになったのか、どれも中古とは思えないくらい品が良い。
そして思ったよりも会場が広い。とりあえず、じっくりと一通り見て回ってから買うものに目をつけようと決めた。必要な品は沢山ある。つまり、何を買っても損はないと考えることもできるわけだ。自分好みになった部屋でも想像しながらうろつくとしよう。
「そこのおじさん、魔術師だよね?」
微妙に使えなそうな小箱を眺めていたら、後ろから声をかけられた。弾むような子供の声だ。
そちらを見れば、子供が店を開いていた。
並んでいるのは石や小さな魔術機。よく見ると魔術使用の道具である、魔術具も混ざっている。
また子供の方もよく見れば、全身に魔術具を身につけているのが即座にわかった。フード付きの服には魔術陣が織り込まれているし、装飾品はすべて魔術具だ。道具を作るのが得意な魔術師の弟子だろうか。
「君は魔術師かな? ここは何の店なんだい?」
「違うよ。僕は見習い。師匠に言われて物を売ってるだけさ。面白い格好のおじさん、これが何かわかるかな?」
挑戦的な笑い方をしながら、子供は小さな手に収まらないくらいの石を見せてきた。失礼だな。私はおじさんではない。精神的には高齢だけど、見た目は二十歳だ。……この場合の年齢って、内面と外面、どちらを適用すべきだろうか。エルフを例に取れば内面か。とすると私はおじさんどころかお爺さん……。
「おじさん、なんで悲しそうな顔をしてるの?」
「色々と考えてしまってね。それは魔石の原石だね。人工魔石も混ざっているかな?」
魔石とは魔獣や特定の地層から産出する魔力を秘めた石の総称だ。宝石のような美しいものもあれば、そうじゃないのもある。天然のものから手に入る魔石の原石の多くは、ただの石ころに見えるものが多い。対して人工魔石は水晶のような見た目をしている。イロナさんが整備していた抽出機の中に置かれていたのは、その人工魔石だった。
「ここにあるのはクズ魔石が殆ど。でも、中には本物の原石があるんだ。おじさん、見分けられるかな?」
そういって、子供は足元の箱を指し示した。言葉通り、砂利にしか見えない小石が中に詰まっている。
「分別できたら、私に良いことがあるのかな?」
「見つけた魔石をあげるよ。お師匠様からもし魔術師が通ったら、これをしろって言われているんだ」
「ふむ……ちょっと見せて貰ってもいいかい?」
「いいよ。もし盗んだら、お師匠様が怖いよ」
「そんなことはしないよ……」
私は手早く箱全体に魔力を流す。こうすると、微弱ながら光ったり振動したりと反応を示す。通常は一つ一つその作業をやって確かめるのだけど、私は軽い動作一つで魔力が通ったかどうか確認できる。この体は魔力感知に関しては人間の範疇を超えているので。
「どれどれ……」
私は子供の前で、箱の中身で明らかに反応が良かった小石を二つ、取り出して見せた。
「この二つだね。本当に貰っていいのかい?」
「…………」
問いかけると、呆けていた子供がはっと正気に戻った。
「無礼をお詫び致します。魔術師様。貴方のような方を僕の師匠は探していました。我が工房に招きたく思います。この町で生きる上での強力な力と、多くの学びをお約束致します」
急に話し方が変わった。なるほど、人材発掘をしていたというわけか。
「いや、遠慮しておくよ」
「えっ」
なんか驚いている。私には優先すべき事柄があるから断っただけなんだが。あと、魔術師の団体というのは大体面倒がつきまとう。せっかく自由にできるのに、いきなりそれを手放したくはない。
「それより、家具を探しているんだ。おすすめの店とか知らないかい?」
「あ、それでしたら、あっちの奥の方にドワーフの店が……」
「ありがとう。お招きを断るから、商品の魔石はお返しするよ」
私は箱の中に魔石を戻して、その場を去った。
ドワーフの家具か、良いことを教えてもらったな。