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第13話:寝過ごした男

 目覚めた初日に思わぬ出来事が続いたけれど、無事に片付いた。むしろ、初日に色々と生活環境を整える足がかりを得ることができたのは幸いだったかもしれない。

 なにはともあれ、私は普通の生活への第一歩を踏み出したのだ。


「おはようございます」

「おはようございます、マナールさん。もうご飯できてますよ」

「なんだか一人だけ寝坊したみたいで申し訳ないね」

「気にすることはありませんぞ。儂は年寄りの早起き。イロナは元々早起きなだけですからな」

「マナールさんは昨日大忙しだったんだから、もっと寝てても良かったんですよ」


 そう語りながら、イロナさんは焼いたパンと目玉焼きを載せた皿をテーブル上に置く。ガラス製のカップには白い液体。ミルクだな、あれは。魔術機のおかげで冷蔵保存ができる世の中になったからだろう。昔は魔術師の家でしか保存できないから都市部では珍しい飲み物だった。


「ささ、こちらに座ってくだされい。マナール殿には色々とお話があるのでな」


 一晩で大分元気になったアルクド氏にすすめられて、着席する。

 外からは朝の日差しが差し込んでくる、爽やかな朝だ。昨日、メフィニスの工房を出てすぐイロナさんと合流、その後軽い夕食を取って、ここの客間で宿泊した。

 ちょうど部屋に鏡があったおかげで、ようやく自分の姿が確認できた。予定通り目つきの鋭い、やや長身の黒髪の精悍な若者という風貌になっていた。それを見た私は、密かに拳を握りしめた。大成功だ。以前はいくつになっても「かわいい」と言われがちな小柄だった身としてはとても嬉しい。


「マナールさん、ミルクは飲めますか?」

「大丈夫だよ。いただきます」


 ちょうど朝食の準備が終わったタイミングで来たようだ。すぐに食事が始まった。

 かつてに比べて品種改良や調理の技術が進んだのか、パンやそれにつけるジャムも美味しい。あるいは、若い肉体を手に入れて、味覚が鋭敏になったのかもしれない。


「さて、マナール殿についてですな。住む場所についてだが、この家の離れを提供しようと思う」

「隣にあった建物ですね」

「そう。昔、儂が使っていたところだ。古くはあるが造りは頑丈。中も少し掃除すれば使えるはずですぞ」

「掃除の方はわたしに任せてくださいっ」

「それは、そこにある工房を使って良いということですね?」

「もちろんじゃ。むしろ、使ってほしい。マナール殿がミュカレーの町で暮らしていく下地ができるまで、いや、それ以降もいてほしい。話し方ももっと気軽で結構ですぞ」

「お爺ちゃん、マナールさんの身分って大丈夫なの?」


 自分のミルクをおかわりしながらイロナさんが言う。


「儂一人で魔術師組合にかけあうのでは望み薄だったのだがな、昨夜のうちに師匠が動いてくれることになった。マナール殿、何をしたのですかな?」

「話し合いですよ。メフィニスは有力な魔術師なのですね?」


 行動が早いな、メフィニス。有り難い話ではある。


「うむ。この街で五指に入る。故に、権力者にも顔が利く。マナール殿を正規魔術師として登録することもできるはず」

「魔術師組合に正規魔術師ですか。つまり、組織的に魔術師を管理しているわけだ」

「ですよ。魔術師も魔術機士もしっかり登録しないとお仕事できないんですから」

「するとしばらく、私は無職なわけか……」


 なんだか嫌だな。しばらくイロナさん達の厄介になるしかないのは、その、なんだ、居心地が悪い。


「と、とりあえずはご飯を食べたら、色々揃えないとですね。マナールさん、何も持ってないじゃないですか」

「そ、そうだな。ベッドはこの家のものが使えるが、それ以外はほぼ空にしてある。家具の一つも買わないと」


 そうか。身の回りのものを全部そろえないといけないな。昔は弟子が全部揃えてくれていたから、失念していた。するとお金が必要だな。

 私はポケットに入れていた、こんな時のための品をテーブル上に出す。


「実はこの辺りの通貨も持っていないんだ。これで少し融通して貰えるかな? あ、それと家賃や食費も差し引いてほしい」

「…………」

「…………」

 

 二人の目が点になっていた。

 私がテーブル上に出したのは宝石と金貨がいくつか。価値の方はそれなりだと思うのだけれど。


「どうかしたのかな?」

「どうかしますよ! お、お爺ちゃん! これ、これこれ宝石、エメラルドとサファイヤ? あと、金貨ですよ! 昔の!」

「お……おぉおお。なんという輝きじゃあ……久しく見なかった輝きじゃあぁ」


 なんか二人共ちょっと様子が変わったな。


「と、とりあえず落ち着くのだ。マナール殿、まずはこの金貨だけお預かりで良いかな? 儂の伝手で換金しよう。イロナ、金はどれくらいある? マナール殿にいくらかもたせなさい」

「は、はい。そんなに沢山あったかなぁ?」

 

 どうやら、価値あるものだったようだ。


「買い物か。どこに行けばいいかな」

「それでしたら、今日は近くに清掃市の日ですから、近くに色々出ていますよ」

「清掃市?」

「家や仕事場を整理して出た不用品を売る市です。定期的に開催されていて、結構掘り出し物もあるんですよ」

「魔術師の工房からの放出品などもあって、面白いところですぞ。……うむ、この金は純度が高い」


 預かった金貨をじっと見つめながらアルクド氏が言う。目が本気だ。


「マナールさん用の工房は家具もろくにありませんから、色々買ってきちゃってください。お金、多めに渡しますから」


 棚の中から出した小さな金庫の中身を確認しながらイロナさんが言った。

 この時代の市場というのは興味深い。せっかくだから行ってみよう。

 それと昨日確認しそこねたことがあったので、忘れずに聞いておかないと。

 

「イロナさん、今は魔王歴何年になるのかな?」

 

 魔王歴は魔術師の暦だ。魔術の王と呼ばれた者が国を建てた年を元年とする、古くからの暦。

 私が新生の魔術を使ったのは魔王歴2896年。果たして、どれだけの時間がたっているのやら。予定では百年ほどのはずだけれど。


「魔王歴ですか……お爺ちゃん?」

「今は魔王歴3098年ですな。どうかしましたか、マナール殿」

「いや……なんでもないよ」


 うん。どうやら、思ったよりも長く魔術に時間がかかっていたみたいだ。

 知り合いどころか、私のいた痕跡すら怪しいな、これは。

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