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うみコト!〈 第2部 〉  作者: こむらまこと
第2幕「ようこそ裏横浜へ!」
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2-8. 新たな縦糸

 ナオミが去り、精根尽き果てた様子のヘンリーに釣り船を操縦させて元の船着き場まで戻った時には、西の空に夕焼けの気配が漂い始めていた。

「だから、ちょっと試してみただけだっつうの。海洋怪異対策室の人間と接触するのは初めてだったし、どんなもんかなって」

「何が試しただけ、だよ。完全に殺しにかかってたじゃねえか」

 ヘンリーの白々しい申し開きに、明は船着き場で船を係留しながら抗議した。ジャグリングのリングを素体にした()()()()の武器といえど、幽世においては本物と同程度の効力を発揮する。直撃を受けていたら、致命傷は免れなかったに違いない。

 明は係留作業を終えると、ヘンリーに船から降りて船着き場を出るように促した。

「話は、人目がある場所で聞かせてもらう。何を仕掛けられるか分かったもんじゃないからな」

「へいへい、仰せのままに」

 ヘンリーとレジー、明と水晶の順番で階段を登って船着き場を出ると、今度は明の先導で交差点を目指して歩き出す。そして、高架下を潜る薄暗い橋の手前で足を止めると、前置きもそこそこに、明はヘンリーとレジーに対する聴取を開始した。

「――つまり、レジーはヘンリーに頼まれて事務所を偵察しただけなんだな?」

「ああ。こいつが、鳥の姿で事務所を外側から見てきてくれって頼んでくるからさ、ちょっくら覗きに飛んでみたんだ。それだけだよ」

「分かった。それで、ヘンリー。お前は、どういう目的で事務所を探ろうとしていたんだ」

「探るなんて、人聞きの悪い事言うなよ」

 橋の欄干にもたれかかったヘンリーが、パタパタと手を振った。

「最近、変な人魚があの事務所に居候し始めたって噂を聞いたからよ、横浜きっての情報通の俺としてはだな、あの人魚が事務所にいる姿を確認するくらいはしておきたいと思い立ったんだ。それ以上の理由はねえよ」

「……本当にそれだけか?」

「いや、本当にそれだけだよ! お前らみたいなのが出張ってくるなんて知ってたら、絶対にやってなかったからな!」

 明の顔色に剣呑なものを感じ取ったのか、ヘンリーが冷や汗を流しながら必死に釈明する。

「だから、深い理由は本当に何もねえから! それに、この御時世に女の独り暮らしの部屋を覗かせたのは軽率だったって反省もしてる! この通りだ、許してくれ!」

「…………ふうん、そうか」

 明は、冷淡な声でそれだけを返した。

 ヘンリーの説明に納得したわけではなかったが、事務所の住人でもない自分がこれ以上しつこく追及すると、要らぬ興味や好奇心を誘発してしまう危険性がある。今後の対応については、依頼主であるカナの判断を仰ぐべきだろう。

 明はそう結論づけると、ヘンリーに聴取の終了を告げた。

「もう二度と事務所に近づくなよ。俺だって、今回みたいな事はもう御免だからな」

「分かったから、そんなコワイ目で見るなって」

 ヘンリーは両手のひらを明に向けると、さっきまでの平身低頭な態度はどこへやら、ヘラヘラとした軽薄な笑みを浮かべた。

「まあ、これも何かの縁だ。街の怪異に関して知りたい事があったら、いつでも俺を頼ってくれ」

「誰が頼るか! 金輪際会いたくねえよ!」

 明は苦々しく言い捨てると、水晶を引き連れて足早にその場を離れた。

 長い横断歩道を渡って山下公園に入り、いつもと変わらぬ横浜港の景色が見えてきたところで、ようやく肩の力を抜く。

 すると、全身の肌を寒気が駆け抜け、口から盛大なクシャミが飛び出した。

「大丈夫ですか!?」

「これくらい大したことないよ」

 明は心配顔の水晶に微笑みかけると、調査完了の報告をするため、頭の中でカナに話しかけてみる。

 しかし、何度呼びかけても、カナからの応答は無かった。

(もしかすると、朝霧が同窓会から帰ってきたのかもしれないな。ひとまずは緊急性の無い内容だし、もう明日にするか)

 明は思念で話しかけるのを止めると、水晶と今後の予定について相談する。

「川の水を被っちまったから家に戻って着替えたいんだけど、水晶はどうする?」

「そうですね……。それでは、このまま山下公園で待機させていただきます。ナオミさんの様子も気になりますし」

「そういうことなら、今日は夜まで別行動にするか。その間、俺は洗濯とか買い物とか済ませておくから、水晶も時間を気にせずたっぷりと遊んできてくれ」  

「はい! それでは、また後ほど!」

 晩秋の冷たい潮風が吹き抜ける中、明と水晶は暖かな笑みを交わすと、それぞれの目的地へと歩を向けたのだった。





 海上保安官の青年と式神の少女が長い横断歩道を渡り終えたのを確認すると、ヘンリーはコートの内側からスマホを取り出し、通話ボタンをタップした。

 2回目のコール音で相手が応答すると、ヘンリーは挨拶もなしに連絡事項を一方的に話し始める。

「俺だ、〈両替屋〉のヘンリーだ。朝霧まりかについて調べてみたけどよ、俺の見立てでは、あれはそんなに大した術者じゃねえな」

 10トントラックが、けたたましい音を轟かせながらすぐ横を通過した。

 大量の乗用車やトラックが飛ぶように往来するのを目で追いながら、ヘンリーは流れるような口調で虚構を積み上げていく。

「普通の人間より霊力が強いのは確かだけどよ、それで驕ったところを例の人魚に利用されてる感じだな。断定はできねえけど、催眠でも使ってるんだと思うぜ」

 ヘンリーは報告を終えると、次に金銭の受領について念入りに話し合う。やがて、それも終えてしまうと、ヘンリーは通話を切ってスマホを宙に放り投げた。

 バチンッ!

 強烈な電流が走り、スマホは黒い煙を立てて地面に落下する。更に、靴底で強く踏みにじると、ものの数秒と経たないうちにスマホは跡形もなく消えてしまった。

「いいのかよ、そんな適当ぶっこいて」

 橋の欄干で退屈そうに待っていたレジーが、呆れたように訊ねた。しかし、ヘンリーは実にあっけらかんとした表情でレジーに言い返す。

「そりゃあ、どう考えたって、自分で調べもせずに俺に任せるようなチキン野郎よりも、さっきの2人と龍宮城を敵に回す方がおっかないだろうが」

「それなら、そもそも依頼を受けなきゃ良いだろ」

「いや、金は欲しいじゃねえか」

「それはそうだけどよ」

 レジーは欄干を飛び立つと、ヘンリーの肩にちょこんと乗った。ヘンリーは少々嫌そうに顔を顰めたものの、文句は言わずに歩き出す。

 複数車線の交差点を山下公園とは別方向に進みながら、ヘンリーは何事も無かったかのように今夜の予定について話した。

「金を回収したら、カトリネルの家に行くわ。あいつ、海の素材を欲しがってたからな」

「いい加減に懲りろよ! バレたら殺されるぞ」

「お前こそ、さっきの式神娘とかどうなんだよ? あれは将来有望だぞ」

「だから、俺は海鳥なんか嫌いだって言ってるだろうが! 誰が、あんな魚臭くて凶暴な連中!」

 長い歳月に渡る付き合いの中で数え切れないほど繰り返してきた掛け合いを、ヘンリーとレジーは、今日も飽きることなく繰り返すのだった。






 ヘンリー・ブラウンと、菊池明。互いに二度と関わり合うことが無いと考えていたこの2人は、その後も度々顔を合わせることになる。

 物語は、ヘンリーという新たな縦糸を加えて、より複雑な絵模様を織りなしていく。

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