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うみコト!〈 第2部 〉  作者: こむらまこと
第2幕「ようこそ裏横浜へ!」
12/18

2-2. 信じる神

 明と水晶の職場である横浜海上防災基地は、横浜赤レンガ倉庫のすぐ隣という観光地のど真ん中、超好立地に位置している。

「誰もいない日のお仕事場って、とても静かですね。普段とは、全然雰囲気が違います」

「海異対は、基本的に土日祝日は休みだからな。船や救難系の部署は、曜日関係なく常に誰かしらいるけど」

 日本大通りから歩くこと約15分。明と水晶は、基地内の事務所棟の一角に存在する海洋怪異対策室に来ていた。目的はもちろん、朝霧海事法務事務所を探ろうとしていたという、謎の陸鳥の手がかりを得るためである。

 明は、事務室の電気を点けて窓を開けると、窓を背にして配置された室長席を流し見た。

「それでも、休日に突然の呼び出しを受けることも無いわけではないし、今日は誰も来てなくて良かったよ」

 怪異絡みの案件とはいえ、私用で職場を利用する事について後ろめたさを感じていないわけではなかったため、特に室長の九鬼龍蔵と鉢合わせなくて良かったと、胸を撫で下ろしているところである。

(でも、これから誰か来るかもしれないし、なるべく早く済ませよう)

 明は、自分のデスクにある業務用パソコンを起動すると、海図や地図が収納された棚に足を向けた。

「あの鳥、見つかるでしょうか」

「昨日の事だからな。あまり遠くに行っていないといいけど」

 ごそごそと引き出しの中を探り、横浜が含まれた地図を何種類か選んで作業机に広げると、デスクに引き返して魔術用の振り子(ペンジュラム)を取り出す。

「さてと。村上さんから教わったダウジングを実践する時がやってきたぞ」

 地図と振り子を使ったダウジング。上司であり魔術師でもある村上翔が得意とする魔術のひとつであり、この夏に発生した牛鬼と濡女の一件においては、行方不明となっていた濡女の捜索に際して大いに威力を発揮した探索術でもある。

「ただ、あの時は水晶が集めてくれた目撃証言しか無かったから、村上さん、かなり大変そうだったな」

「私も、あの時は村上さんが倒れてしまわないか心配でした」

 作業手順は地味そのものだが、ダウジングには長時間に及ぶ集中力と体力が必要になる。今回は絵という有力な視覚情報があるため濡女を捜索した時よりは短時間で済むと予想されたが、それでも、すぐに見つかるという甘い期待はしない方が無難だろう。

 明は、カナから受け取った陸鳥の絵を、今一度じっくりと観察する。

『これは、カササギだろうな』

『カササギ……、ですか。確かに、この辺りでは見かけない鳥ですね』

 カナが日本大通りから去った後、明はその場で、画用紙に描かれた鳥と似た鳥をスマホで検索していた。

 カラスよりひと回り小さい身体と長い尾羽、黒色と青色の美しい羽根に、胸から腹にかけてのくっきりとした白色の羽毛。これらの特徴から、カササギという名前のスズメ目カラス科の鳥に辿り着くのは大して難しい事ではなかった。

『日本では、九州や北海道の一部の地域にしか生息していないみたいだ。九州では、カチガラスって呼び方もあるらしい』

『私から、近所の鳥や小さな(あやかし)たちに聞き込みをしてみましょうか? 横浜では珍しい鳥というのであれば、他にも目撃情報が得られるかもしれません』

『いや、それは止めておこう。カササギって、かなり頭の良い鳥みたいだし、俺たちが探している事は、できれば接触するその瞬間までは察知されたくない。何か別の方法を――』

 明は、日本大通りでの水晶との会話を振り返りながら、頭の中がムズムズするようなもどかしさを覚える。

(何か重要な事を思い出しそうなんだけど……。いや、それは一旦忘れよう。今は、ダウジングに集中だ)

 明は、画用紙をズボンのポケットにしまうと、まずは精神統一を行うため、半眼になって法界定印(ほっかいじょういん)を結んだ。

 凪いだ海面のような境地の中、明は村上の教えの通り、霊的次元に住まう存在と自己との繋がりを意識しようとする。

『――魔術師の場合は、聖守護天使の存在を意識する事が多い。でも、菊池君は魔術師ではないから、神でも仏でも眷属でも、それが心から信じられる霊的次元の存在であれば、誰でも大丈夫なはずだよ』

 霊的次元の、信じる存在。実のところ、明には信仰心というものがあまり無い。幼少期から親戚の寺に出入りし、現在も事あるごとに神仏の力を借りておきながら、どうなのだろうかと自分でも思う。

 それでも、あえて誰かを選ぶとすれば。

(……毘沙門天。水晶を、俺に授けてくれた存在)

 明は、ゆっくりと目を開いて法界定印を解くと、振り子を慎重に地図の上に垂らした。

 深呼吸をして肩の力を抜くと、カササギの最も有力な手がかりを得られる場所を示すようにと、頭の中で強く念じる。

『カササギの居る場所ではなく、手がかりを探すのですか?』

『ああ。現在位置を把握したところで、すぐに移動されたら意味が無い。それよりも、カササギのねぐらや、カササギを知る何者かを探した方が確実だ』

 振り子のチェーンをつまむ指が熱を帯び、明の霊力がチェーンを伝って振り子に注ぎ込まれる。

「……!」

 振り子が、ひとりでに揺れ始めた。

 水晶と明が固唾を呑んで見守る中、振り子は横浜と周辺の地域を囲うように、次第に大きな円を描いていく。

「とりあえず、横浜からあまり遠くには行かずに済みそうだな」

「良かったですね」

 明は、一番上の地図を脇にのけると、今度はひとつ下の縮尺の地図でダウジングを実行した。そして、振り子が横浜の街を囲うように揺れるのを確かめると、またひとつ下の縮尺で同様の手順を繰り返す。

 やがて、2人の前には、横浜市街中心部の地図が残った。

(こんなに近くに、手がかりが潜んでいるのか)

 公共交通機関やレンタカーを駆使して東奔西走することも覚悟していた明は、この結果に拍子抜けしてしまう。

(灯台下暗しという言葉もあるし、案外すぐそこで見つかったりして)

 そんな事を考えながら大きく伸びをして固まった身体をほぐすと、再び振り子を手に取って、ほんのお試しのつもりで山下公園の上に垂らしてみた。

「!?」

 振り子が、山下公園の真上でゆらゆらと揺れた。

「うそだろ!?」

 明は振り子を引っ込めると、改めて精神統一をして雑念を追い出し、今度は目を瞑った状態で振り子を垂らしてみる。

「……山下公園です」

「そうだな、山下公園だな」

 明は、念には念を入れて別の場所にも振り子を垂らしてみたが、何度試しても、振り子が反応を示すのは山下公園だけだった。

「水晶は、山下公園でカササギの噂を聞いたことは一度も無いんだよな」

「はい、我が主よ。誓って、一度も聞いたことはありません」

「となると……」

 明は、地図上の山下公園を指でなぞりながら、山下公園を訪れた時の記憶を振り返ってみる。

「山下公園には、不特定多数の人間が毎日のように出入りしているからな。観光客や公園の管理者、植栽ボランティア、カフェの店員、大道芸の……、大道芸?」 

 大道芸。路上パフォーマンスを意味する、やや古典的な言葉。

 この言葉が、深く埋もれていた記憶の呼び水となった。

「――やっと思い出したぞ!!」

 明は弾かれたように自分のデスクに駆け寄ると、パソコンを操作して共有フォルダを開き、該当する資料を探し出した。

「あった、このファイルだ。『県警怪異対策課による横浜市街の怪異に関する情報提供(最新版)』」

「つまり、陸上の怪異についての情報がまとめられた資料ということですか」

「ああ。去年、三管区(こっち)に異動してきたばかりの頃に目を通して、それきりだった資料だ。海や船に関わってこない限り、(おか)の怪異については、俺らは完全にノータッチだからさ」

 水晶に説明しながら、アイコンをクリックしてファイルを開き、記憶を頼りに、ある人物の名前をワード検索して表示させる。



〈ヘンリー・ブラウン〉



「ヘンリー!」

 水晶が、黒々としたつぶらな瞳を皿のように丸くした。

「ヘンリーって、まさか〈両替屋〉の!?」

 同時に、明もまた、探し求めていた文言に辿り着く。

「『怪異化したカササギと共に行動している事がある』、か。決まりだな」

 明はファイルを閉じてパソコンをシャットダウンすると、振り子や地図を迅速かつ丁寧に収納した。

「水晶、話は歩きながら聞かせてくれ」

「はい、喜んで!」

 事務室の窓を閉めて消灯し、出入り口を施錠すると、受付に鍵を返して足早に基地を出る。

(ヘンリーって奴が協力的だと助かるけど、もしそうじゃなかったら……)

 明は水晶と共に山下公園への道を急ぎながら、懐に忍ばせた数珠の感触を確かめる。

 大勢の人が行き交う行楽日和の観光地で、明だけが表情を険しくしていた。

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