妖神繚乱~アマノジャク編vol.6~
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I県アメノ市――
時は遡る事、半年前。
場所は冒頭の新築アパート。夫婦の寝室。
寝室のドアが開くのが妻には分かった。
慌てた。
息子がきた――。
すぐに行為を止めるよう旦那に言った。
しかし旦那は止めなかった。
止めて、息子がいる――。
そう何度も伝えた。しかし旦那は一向に止める気配はない。
妻は涙を流した。
悲しいわけではない。
何となく、涙が出た。
理由は分からない。
そんな時だった。
妻の耳に入ってきた声。
「ママはボクが守る。ママはボクが守る」
息子……?
違う、誰……?
「ママはボクが守る!」
妻が次に見た光景。
仰向けになった自分にのしかかっていた旦那。
息子らしきモノがその旦那の背に包丁を何度も突き刺しているところだった。
息子にしては髪が長い。しかもパーマを掛けたみたいにモジャモジャしている。
息子にしては肌が黄色。まるで全身に黄色の絵具を塗ったよう。
息子にしては恐ろしい形相。それは憎しみに満ちた怒りの形相。
「ママはボクが守る!!」
包丁を抜く度に旦那の傷口から血が溢れ飛び散る。
息子は返り血を浴びていた。身に付けている着衣は赤く染まる。血まみれだ。
旦那は吐血し、その血は妻の顔にかかる。臭い。気持ち悪い。
「ママはボクが守る!!!」
声にならない声を上げていた旦那。
執拗に包丁を刺し続ける息子。
それから間もなくして妻に覆いかぶさるように旦那が体を預けてきた。
妻の顔のすぐ隣に旦那の顔が近付く。
「……!?」
旦那から呼吸音が聞こえない。
息をしていない。
旦那は絶命していた。
「ママはボクが守る。ママはボクが守る。ママはボクが守る……」
旦那は既に死んでいるのにその言葉を繰り返し呟きながら息子は何度も包丁を突き立てる。それほどの深い憎しみと恨み。
妻は息子の体に手を当てて怯えの混じった震える声で語り掛ける。
「もう大丈夫。大丈夫だから……」
髪や肌色は変わってしまったが、あれは息子に違いない。
普段から母親らしい事は出来てない。
児童虐待と言われたら、そうだろうと思う。
夫婦喧嘩で警察を呼ばれ、その時に息子は児童相談所へ行った。
酔っぱらって記憶がなくなり、息子を殴り怪我をさせた事もあった。
旦那以外の男と昼から居酒屋やBARへ呑みに行ったりホテルへ行ったり。
ろくに家へ帰ってなかったりもする。
それでも息子は息子。
見間違える事はない。
母親の声を聞いて気持ちが落ち着いたのか、息子は包丁を旦那の背中に突き刺したまま振るう手を止めた。包丁から静かに手を離す。そして母親の顔を見た。
「ママ……」
そう一言呟いた息子の目から憎しみと殺意の光は消えていた。
普段と変わらぬ瞳。子供らしい幼い目付き。
目的を果たして安心したのか、息子はいきなり倒れ、そのまま眠り込んだ。
翌朝――。
リビングのソファーで寝ていた妻は体の節々の痛みで目覚めた。
頓服を飲んで寝たせいか、頭の中はスッキリしない。
昨晩、何か面倒な事があった気がする。うまく思い出せない。
たしか、寝室で……。
妻は閉まっていた寝室のドアを開けた。
部屋の中の光景を見て、妻は昨晩の事を全て思い出した。
息子が旦那を殺害したのだ。
包丁でめった刺しにされた旦那の死体。
寝室は血だらけ。凄惨な状況。
そうだ、息子、息子はどうしてる?
妻は息子の部屋を開けて中に入った。
頭の上から全身を掛け布団にくるまって寝ている。
この中にいるのは昨日見た面妖な息子か。それともいつもの息子か。
妻はおそるおそる掛け布団を剥がす。
………………
………………
………………
そこにいたのは、いつもの息子だった。
短髪で人間らしい肌色。
今まで何度も見てきたいつもの息子がよだれを垂らしながら寝ていた。
安心した。何に対する安心だったのか分からないが、妻は安心した。
その日の夜、妻は旦那の死体を山奥へ捨てに行った。
そして離婚届を提出し、妻は元妻となった。
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