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虐げられ令嬢はトカゲを拾う。

 9歳で両親が死んだあの日を境に、伯爵令嬢だった私、ミーティアの人生は一変した。


 叔父夫婦が家を取り仕切るようになり、一斉に解雇された使用人たちの仕事は、ほとんど私の役目になった。

 毎朝早く起きて、叔父家族や新しい使用人にいびられながら掃除、洗濯、皿洗い、雑草取りと仕事は続き、夜遅くに泥のように眠っては朝起きての繰り返し。

 食事は固いパンとクズ野菜が浮かんだ冷めたスープ。


 そんな生活でも私には楽しみがあった。

 同い年の使用人、リナがコッソリ分けてくれる賄い。

 これがなければ、とっくの昔に死んでいたに違いない。


 それから、時々空を飛んでいる定期便を運ぶ竜。

 私が見ているのは人が扱いやすいように品種改良されたものだが、人の手が加えられていない原竜の類は魔法を使うことができるそうだ。

 種類によって難易度こそ違えど、竜は契約者と契約者が許可した者しか背中に乗せず、契約者は総じて竜使いと呼ばれる。

 光を反射して輝く鱗、力強く風を掴んでどこまでも飛んで行く翼、強靭な爪や角を持つ威厳ある姿を見ていると、今日も明日も頑張ろうと思えるのだ。

 

 そんなこんなで無事?に16歳の誕生日を迎えたある日、私は不思議なトカゲを拾った。


 いつものように洗濯をしていると、そのトカゲは足元からこちらを見上げていた。

 サイズはちょうど片手に収まるぐらい、全身を覆う青い鱗は虹のような光沢を放っている。


 「まあ、綺麗なトカゲね」

 【...】


 従妹が見たら悲鳴をあげそうなものだが、私にしてみれば従妹が身に着けているジュエリーよりもずっと綺麗だ。

 指先をゆっくりと近づけてみると、トカゲは目を細めながら頭をなでさせてくれた。

 触ってみるとすべすべでひんやりとしていて、なんだか心が癒される。


 「ふふっ、かわいい」

 【~♪】


 私はこのトカゲにユイと名付けることにした。

 ユイは人の言葉がわかるらしく、ついて来ないでと言えばションボリと落ち込む仕草をし、他の人に見つかったらダメだと言えば私のポケットでおとなしくしていた。

 

 しばらくするとなにやら邸中が騒がしくなり、叔父に部屋でおとなしくしていろと言われた私は、運よく監視役を頼まれたリナと一緒にユイを眺めていた。

 最初は怖がっていたリナだが、今ではすっかりユイの虜だ。


 「それにしても、さっきの騒ぎはなんだったのかしら?」

 「私にもよくわかりません。旦那様が家令と数人の使用人となにかを探していたようですが...」

 「探し物...ユイはなにか知らない?」

 【...?】

 

 リナがくすねてきたハムを咥えながら、首を傾げるユイもかわいかった。


 ユイが来てから、私の周りでは不思議なことが起こるようになった。

 従妹にジュースを頭からかけられようが、使用人にバケツの水をかけられようが、気がつけば何事もなかったかのような状態になっているのだ。

 他にも、私とリナ以外の人が不慮の事故でずぶ濡れになる事件も発生している。


 「...ユイ、あなたがやったの?」

 【~?】

 

 聞いてみるも、ユイはなんのこと?とばかりに首を傾げるだけだった。


 

 「くそ! あの竜はどこにいるんだ!」

 「落ち着いてください、旦那様! こんなところを事情を知らない誰かに聞かれては...」

 

 ある日、私は叔父と家令の会話を聞いてしまった。

 なんでも、盗んだ竜の卵のうち一つが孵って行方不明になったとのことだ。

 基本的に契約者の言うことしか聞かない竜だが、非力な卵のうちに隷属させることもできる。

 もちろんこれらは重罪だ。...今の話が本当ならユイは...。


 その場を立ち去ろうとした私だったが、使用人の一人に見つかってしまった。


 「...! こいつ、聞いて...」

 【...!】

 

 ポケットから飛び出したユイが、使用人の顔に向かって勢いよく水を吐き出すも、この騒ぎで叔父たちに気づかれてしまった。

 

 「お前!?...おい、その小娘と竜を捕まえろ! 隷属具を忘れるな!」

 「...!」


 すでに周囲は囲まれていて、捕まるのも時間の問題だ。

 幼体のユイでは簡単に隷属させられてしまうだろう。


 「ユイ、逃げなさい! 逃げて!!」

 【...!!】

 「くそ! そこをどけ!」

 「逃げて、ユイ!!!」



 掴みかかるなり噛みつくなりと時間稼ぎをした甲斐あってか、ユイは逃げ切ることができたようだ。

 そのかわり、私は酷い折檻を受け、地下室に閉じ込められてしまった。

 どのくらいここにいるのかはわからないが、全身が痛み、喉が渇き、酷い熱も出ている。

 リナでもどうにもできない以上、私はここで死ぬのかもしれない。


 「ユイ...どうか無事でいて...お父様...お母様...もうすぐ私もそっちに...」


 その時、大きな唸り声が天井越しに聞こえてきた。

 大きさからして、今のは竜の鳴き声だ。


 しばらくして、足音がこちらに向かって来たかと思うと、監視のうめき声のすぐあとに扉が勢いよく蹴破られた。

 入ってきたのは20代ぐらいの男だった。


 「...誰?」

 「こいつだな、お前の契約者は...」

 

 私を抱きかかえた男の肩にはユイが乗っていて、私の肩に移動すると頬ずりしてくれた。


 「...ユイ...無事だったの」

 

 そのまま私は意識を失った。


 見知らぬ部屋で目を覚ますと、リナが泣きながら駆け寄ってきた。

 ここは私を助けてくれた男...竜使いのアルマさんの邸で、地下室に丸一日も閉じ込められていた私は、助けられたあと三日も眠っていたらしい。

 

 ユイの正体は水系統の原竜の一種で、トカゲの姿は仮初のものだった。...本来のサイズは子犬ぐらいだ。

 私の名付けを受け入れたことで契約を果たし、以来、ユイなりに私を守ろうとしてくれたようだが、今のままではダメだと悟り、ちょうど竜の卵の盗難事件を調査していたアルマさんに助けを求めたそうだ。

 アルマさんが竜使いの中でも唯一、竜の言葉がわかる凄い人だったことも、私が助かった要因の一つだ。

 

 あのあと、竜の卵の盗難および密輸により叔父は厳罰に処され、なにも知らなかった叔母と従妹も修道院に入れられたそうだ。

 

 そして私は...。




 「うう...また失敗です」

 「なに、さっきよりは安定してたぞ」


 アルマさんが頭にポンと手を置くと、頭からずぶ濡れになっていた私の体が一気に乾いた。


 ユイを手放して貴族として生きるか、竜使いを目指すかの選択肢に、ユイと別れたくない私は迷わず後者を選んだ。


 今はアルマさんに教わりながら、ユイから受け取った魔力を使って術を使う訓練をしているのだが、これがかなり難しい。

 頭上に浮かべた大きな水球は、ある程度形を変えるだけならともかく、分立させようとすると一気に落ちてしまうのだ。


 【キュ~...】

 【ギャウ!】


 見守っていたユイも落ち込んでいるようで、アルマさんの契約竜、ライギルに慰められている。

 初めて会った時から、ライギルは同サイズに変化してまでユイにベッタリだ。


 「本当に仲良しですよね。よっぽど妹分がかわいいんですね」

 「...お前もかわいいぞ」

 「...? なにか言いました?」

 「いや、なんでも。...それより、来月の試験までには水球が5つぐらいできないとな」

 「が、頑張ります」


 意気込んでいる私は気づかなかった。

 アルマさんの耳が真っ赤になっていることを。...ついでに、ライギルはユイを番として見初めていることも。


 無事に試験に合格し、すったもんだありながらも上級竜使いになった私が、アルマさんから求婚されるのはもう少し先の話だ。

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