29.勇者の暴走
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
魔人レッドに倒された勇者は、すっかり自信を無くしていた。これまで、どのような魔物も一撃で倒してきた。その私が、あの魔人レッドには、一太刀も入れることが出来なかった。
桾本陽翔は、勇者として、この世界に召喚された時のことを思い出した。
ザーセン王国の神殿で、国王・神官長などに囲まれた魔法陣の中に召喚された時のことを。
神官長から、勇者と言われ、それを疑ったことがなかった。そして、その言葉は、絶対的な力を表すものだった。それが、今は、全く自信がない。何か、自分の力を感じられる物がないだろうか。
そうだ、勇者である私は、たった一人でも、どんな魔物も倒すことが出来るのだ。それを確かめたい。
桾本陽翔は、誰にも言わずに、近くにあるダンジョンから、ダンジョン内のすべての魔物を倒し、ダンジョンマスターを討伐して、ダンジョンを制圧していった。
勇者陽翔は、それを何日も繰り返して行った。
疲れれば、ダンジョンの中で寝る。起きれば、ダンジョンを制圧する。
来る日も来る日も、繰り返して行った。
やがて、勇者陽翔は、王国内のすべてのダンジョンを制圧してしまった。だが、自信は、取り戻せない。却って、ダンジョンを制圧する度に、自信を無くしていった。
あの魔人レッドに勝たなければ、勇者陽翔は自信を取り戻せそうにない。ふと、あの日の事を思い出した。嫌な出来事なので、勇者陽翔はいつのまにか、封印していた。
魔人レッドに言われた言葉、「勇者、お前には、致命的な欠陥がある。」
「あれは、どういう意味だろう。『致命的な欠陥』とは、何の事なのか。」
「私一人で考えても分からない。しかし、誰に聞いても無駄な気がする。」
勇者陽翔は、一人悩んでいた。
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ダンジョンからアラームが鳴りっぱなしだ。これは、ダンジョン内のマナの密度が一定以上になり、装置が動き出したということだ。
おそらく、ザーセン王国のダンジョンが制圧されているのだろう。そして、それが出来るのは、あの少年の勇者しかいない。幸い、ザーセン王国とリーグリ王国の2つの王国以外の王国には、すべてのダンジョンに、マナを吸収する装置を設置済みだ。
しかし、ここ数日の状態は、異常である。設置した装置のマナは、蓄積する限界近くになったため、新しいマナッテリーに交換しなくては、ならなかった。
マナで一杯になったマナッテリーは、本部の横に新しく作った倉庫に保管している。その倉庫は、この数日、増築を繰りかえし続けている。
「キリ姉、もう、異常事態だよ。流れ込んでくるマナの量が半端ない。」
「今の所、装置は、うまく動いているの?」
「何とか、動いているけど、一瞬でもトラブルがあると、マナで溢れかえってしまうわ。
そうなると、前みたいに、魔物がダンジョンから溢れ出すよ。」
「それは、何としても食い止めないと、だめね。」
「キリ姉、これって、多分、ザーセン王国の少年の勇者のせいね。」
「そうだと思うわ。これでは、前の騒動と同じになってしまうね。
あの少年の勇者をなんとしても止めないといけないね。」
私達は、少年の勇者の対処方法を相談した。
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ザーセン王国の王宮は、大変な騒ぎになっていた。勇者が一人でダンジョンを制圧しているという報告を、国王が受けたからだ。
一方、ザーセン王国の神殿も大騒ぎだ。最初の勇者が、勝手にダンジョンを制圧に出かけたからだ。神官長の管理下で無くなってしまった。これにより、神官長の威厳は形崩れだ。
しかし、本当は、これだけだはなかった。というのは、新しく召喚した勇者も居なくなったからだ。少女の勇者を監視していた神官達は、神官長には内緒で、探し回っていたからだ。
「誰かいないか。」
神官長が叫んでいる。すると、すぐに上級神官が3人やって来た。
「はい。何なりとお申し付けください。」
「勇者を連れ戻してこい。必ず、国王の兵士より先に見つけるのだぞ。
分かったら、他の神官にも伝えて、出来るだけの人数をこれに当てよ。」
「はい、直ちに。」
3人の神官達は、それぞれ、神殿の奥に消えていった。そして、すぐに、神官による勇者捜索が大規模に開始された。
勇者捜索に当たった神官達は、3人1組のグループで、各地のダンジョンを目指した。
あるグループがやっと、勇者を見つけた。
「勇者殿、勇者殿、お待ちください。」
と、神官達が勇者に呼びかけるが、聞こえているはずなのに、勇者は、神官達を見ようとしない。
「勇者殿、勇者殿、お待ちください。どうされたのでしょうか。」
再度、神官達が勇者に呼びかけるが、勇者はそれを無視して、歩き去ろうとしている。
「お待ちください。勇者殿。少しだけでも、話を聞かせてください。」
それでも、勇者は、歩くのを止めようとはしなかった。
仕方がないので、神官達は、勇者の肘を掴んで、無理にでも立ち止まって貰おうとした。
「離せ、離さないか。」
「いいえ、離すわけにはいきません。私達に訳を聞かせて下さい。」
「何もない。私の勝手にさせてくれ。話すことは何もない。」
「それでは、私達が困ります。神官長も心配なされていますよ。」
「何!ここで、神官長の話など出すな!その手を放せ、離さないとどうなるか、分かっているな!」
勇者は、神官達を脅し始めた。しかし、勇者の歩みはゆっくりで、わざと神官達に捕まっているようだ。勇者自身もどうしたらいいのか、分からないからだ。
すると、何処から現れたのか、3人の少女と一人の獣人が目の前にいた。
「勇者とお見受けしました。」
「何者だ。私を勇者と知って、邪魔をする気か!」
「いえ、いえ、邪魔などしません。少し、話をしたいだけです。」
「私達は、冒険者です。パーティー名をキリと言います。お見知り置きを。」
「冒険者が、勇者に何用だ!」
「少し、お願いがあって来ました。ダンジョンを制圧するのを止めて貰えませんか。」
「何を言っている。魔物を退治して、何が悪い。ダンジョンなど、無い方がいいのだ。」
「魔物を退治するのは、悪いことではありません。しかし、程度の問題です。辺り構わず、ダンジョンを制圧されては、魔力のバランスが崩れてしまいます。そのせいで、この世界が不安定になっているのです。この点をよく、理解して頂きたい。」
「分からない。何故、良いことをして、怒られないといけないのだ。ザーセン王国の神官長が最初に依頼したことだぞ。神官長自ら依頼したことだぞ。それを、一介の冒険者が否定するのか!」
「それは、それは、神官長自らの指示でしたか。国王自らの依頼ではなく。」
「何!同じことじゃないのか。」
「いいえ、それは違います。本来、勇者は、国王の指示で召喚され、国王の指示で、依頼されるものです。その時、間に誰かが立つことはおかしいですよ。何故、国王自ら指示しないのですか。」
「それは分からない。だが、私は、ザーセン王国の依頼だと思っている。神官長個人ではなく。」
「そうでしたか。でしたら、国王に確認されたらいかがでしょうか。本当にダンジョンを制圧することを国王が依頼したのか。
そうだ、そこにいる神官達に聞いてみましょうか。
パープル、お願い、神官達を連れてきて、怪我をさせないでね。
やさしく、連れてきてね。」
「はい。」
返事するや否や、パープルは、3人の神官達を拘束して、キリ姉達の前に連れて来た。
勇者は、獣人の素早い動きに呆気を取られて、見とれてしまった。
「凄い、お前たちは、ただの冒険者じゃないな。」




