イケメンの幽霊が耳元で「好きだ」とささやき続けるけど単純にウザい
不動産屋から紹介された訳ありワンルーム。
最寄り駅から徒歩五分。
都内へのアクセスもよく、治安も悪くない。
近隣の商業施設も充実していて、よい雰囲気の街だ。
ユニットバスで手狭なキッチン。
ロフト付きだが居住スペースはあまり広くない。
でも、防音設備はしっかりとしていて、セキュリティは万全。
この条件にも関わらず、家賃はなんと1万5千円。
理由はもうお分かりだろう。
事故物件なのだ。
前の入居者が室内で自殺。
腐乱死体として発見された。
当然、人が住めるように工事をしたわけだけども、それでも事故物件であることには変わりなく。
不動産屋からは繰り返し説明された。
『正直、あまりお勧めはできないですね』
案内してくれた中年の男性が、苦い顔をして言ったのを覚えている。
部屋にはお札ではなく大量の芳香剤が置いてあった。
定期的に換気をしても、匂いが取れないのだとか。
確かに最初は匂いに違和感があったが、住んでるうちに気にならなくなるだろうと思って契約。
住めば都とはよく言ったもので、私の新生活はこの物件のお陰で順調な滑り出しで幕を開けた。
と――思っていたのだけど。
ある時から、少しずつ。
部屋の中に別の存在がいることに気づき始めた。
真夜中に窓が勝手に開く。
エアコンがひとりでに起動。
スマホの画面に謎の指紋。
最初は「ついにきたか」と身構えていたのだが、特に実害はないので放っておいた。ただひたすらにウザかったけど。
謎の存在の行動は次第にエスカレート。
私がPCに向かって作業をしていると、ぼそぼそと耳元でささやく声が聞こえる。
最初は何を言っているか分からなかったのだけれど、次第に耳が慣れて聞き取れるようになった。
「好きだ」
部屋に潜む謎の存在はそう言っている。
謎の存在から向けられた突然の好意。
恐怖よりも困惑感が勝る。
しかし、どうしようもないので放っておいた。
だって私まだ生きてるし。
彼からのアプローチは続く。
風呂上がりに鏡を見ると、ハートマークが書かれていた。
シンクにたまった水滴でもハートマーク。
窓の結露にもハートマーク。
……ワンパターンすぎるだろ。
スマホのファイルには見知らぬイケメン男性の写真。
最近の幽霊はハッキングもできるらしい。
おまけに私の写真とコラージュしてツーショットに改変までしていた。
勝手にSNSにアップロードされたら困るので、見つけ次第、削除、削除。
一方的に思いを募らせたくせに、私が全くなびかないと知ると、今度は泣き落としにかかる。
PCで仕事用のファイルを開くと『相手をしてくれないのなら死んでやる』といかにもメンヘラなメッセージが挿入されていたのだ。
「お前、もう死んでんだよ」
冷たく独り言をつぶやいてみると「それでもやっぱり好き」と耳元でボソリ。
いい加減にしてほしい。
ここだけの話、私はケモナーである。
人間の男性には魅力を感じない。
ケモノ感が無いとどうしても性的に興奮できないのだ。
ケモナーと言っても、ケモミミが付いてるだけじゃだめだぞ。
身体の半分以上がケモノ的な体毛に覆われ、骨格や顔もケモノに近いタイプじゃないとイヤだ。
ぱっと見が人間判定なのは守備範囲外。
私にとってイケメンなのはケモノフェイスに限るのだ。
謎の存在も私の趣味嗜好を察したようで、少しずつアプローチが減っていった。
どんなに求愛しても振り向いてもらえないと理解したのだろう。
残念だが、相手が悪かったな。
普通の人間には興味がないのだよ。
そんなこんなで数か月。
日に日に謎の存在からの接触は減り、ついには完全に消え去ってしまった。
これで穏やかな日常が満喫できると思っていたら、突然の来訪者が現れる。
ぴんぽーん。
チャイムの音。
ア〇ゾンもウー〇ーも頼んでいないので、一体誰だろうと思い扉を開く。
するとそこには……。
「君のためにこの身体を手に入れたんだ。
僕のことを愛してくれるかな?」
彼がいた。
あれだけしつこくスマホにデータを強制挿入されていたので、顔は完全に記憶している。
見間違うはずもない。
童顔の彼はウルウルとした瞳で、私を見上げている。
嬉しそうにしっぽを振りながら。
そう……彼が手に入れたのは犬の胴体(トイプードル
人間の顔が犬にくっついている。
ケモナーの私を振り向かせようと、苦労して身体を乗っ取ったらしい。
でもね……。
「逆だ逆うううううううううううううううううううう!」
私が欲しかったのはケモノ顔の獣人。
胴体はある程度人に近くてもいいけど、顔はケモノじゃないとダメなんだよ!
「その身体、とっとと飼い主の元へ返して来いボケェ!」
「きゃいん! きゃいん!」
私が怒鳴りつけると、イケ面犬は逃げ帰って行った。
奴が憑依を解除すればトイプも元の姿に戻れるはず。
飼い主に見つけてもらえるだろう。
こうして、短いようで長かった謎の存在(死んでも幽霊とは言わない)との共同生活は終わりを告げた。
彼が無事に成仏することを願うばかりである。
しかし……頭を挿げ替えるのが可能なら、逆パターンも可能ってことだよな?
思いついてからというもの、私は動物の地縛霊を探し求めて、休日には『いわくつき』の土地へ遠征するようになった。
動物の幽霊を人間に憑依させれば、私の理想の男性を顕現させることができるのだ。
ああ……あと、人間の身体も用意しておかないと。
できるだけ若いのが良い。
顔はどうでもいい。
そう――顔はどうでもいいのだ。
インターホンは誰が押したのだろう?
トイプードルがどんなに頑張って飛び跳ねても届かない高さだと思う。
棒とかも落ちてなかったし、道具を使った形跡はない。
もしかして飼い主が代わりに押したのだろうか?
それとも別の誰かが――
正体不明の協力者は今も身近に潜んでいる。
そう思うと、少しだけ怖くなった。