交代、してはいない。
乳搾りに牧草地まで行ってみると、何故か魔牛の背中にグルステルリィラがいた。
「…………」
傍らに立ったカナンを無視で、魔牛の背中で腹を上向けて寝こけている。
魔牛は魔牛で、勝手に搾ってとばかりに知らん顔で牧草をもしゃもしゃと食み中(珍しくブラッシングは拒否られた。今日はそういう気分ではないらしい)。
不意に頭上に影が差して仰のいてみれば、そこには苦笑を浮かべたアウレリウスの精悍な顔があって、真上からカナンを見下ろしていた。
いつの間にか背後に立っていたのだ。
「アウルさん」
顔の位置を正面に戻してから体ごと向きを変え、改めて見上げた顔はやっぱり慈顔に苦笑、という組み合わせだった。
「雲から落ちた結果だ」
唐突に告げられた言葉は主語が抜けていたが、今の状況では誰のことかを把握するのは容易い。
「はあ……。実に都合良く背中に留まれたんですね」
成り行きを想像すれば、出て来るのはそんな推測。
それはそうだろう。グルステルリィラが落ちる雲といえば、大好物の綿菓子雲。あれの飛行位置は基本的にとても高い。
真っ逆さまに落ちて魔牛の背に激突したのなら、ぽんと撥ね返って牧草に投げ出されると同時に綿帽子に変化しそうなものだ。
いつも通りに。
その後、元の姿を取り戻すや魔牛の背に乗って昼寝するというのも、日頃の当人の行動パターンからは考えにくい。
絶対にやらないとも言えないが、それよりは上手く背に留まってそのまま寝入ったという方がまだしも可能性がある(大体、元通りになるまでにはそれなりの時間を要する。アウレリウスの様子では、落下はそこまで前に起きたようには思えない)。
極々たまーに、いや、極稀に、あるのだ。
どういう作用なのか、ゲーム当時からの仕様なのか(「どーだろーなー。聞かれてないから答えないけど」)、落ちた先の状態如何にかかわらず(硬かろうが柔らかかろうがつるつるだろうが粘着質だろうが)撥ね返りもせずにぴったり止まれることが。その場合、受け止める破目になった側にもなんらダメージはない。
なんとなく、アウレリウスの苦笑からその幸運に見舞われたのではないかとカナンには思えた。幸運とはいえ、状況は充分に苦笑を誘う成り行きだろうというのもある。
「全くな」
案の定、アウレリウスは肯定と共に更に苦笑を深めた。
「…………にしたって、ちょっとわざとらしくない?」
アウレリウスが去るのを待ち構えていたかのように顕現した愉快犯は、ぱしりっと尾の先で狛虎をはたき落として自主的に小屋の中へ戻って行った魔牛を見遣り、心底呆れた口調でぼやいた。
「……………………な」
にが、と反射的に聞き掛けたカナンは、直ぐに意味を察して口を噤んだ。
「年中行事はどーでもいーんじゃなかったっけー?」
それを私に言われても困る、と顔を顰めるカナンに、愉快犯はメタメタ~と更に嘲笑した。
しょうがない。ネタが浮かんでしまったのだ。