9.これロスってる
ミーシャを山田さんに預けてから3日後。
俺は手土産に文芸堂のどら焼きを持って、山田さん宅の前にいた。
ミーシャは元気だろうか。
俺がいなくても、うまくやってるだろうか。
本当なら新しい環境に早く慣れさせるために、俺は顔を出さないでおくべきなんだろうけど。
情が移って手放せないのは俺だったらしい。
あの笑顔が見たい。
声が聞きたい。
ご主人様、って言って欲しい。
なんだよ俺、いい年して思春期の中学生みたいだろ気持ちわりぃ。
自覚はあるのに、そんな気持ちのまま山田さんちのピンポンを押した。
「こんにちはー……」
「ご主人様!!!!」
玄関をくぐったところで、強烈なタックルもとい抱擁を食らう。
首にかじりついて、ぐすんぐすんとしゃくりあげるミーシャがいた。
「え、ミーシャ、ダメだろ人型になっちゃ」
慌てる俺の抵抗もむなしく、糸目のおばあちゃんが顔を出した。
俺にしがみつくミーシャを見て、山田さんは口を開けた。
「誰だいその子」
見つかった。
ぶるんぶるんと尻尾を振る大型犬。シベリアンハスキーのポチも見ている。
俺は仕方なく事情を話した。
「実はかくかくしかじかで」
「猫耳少女」
山田さんはあっさり納得した。
猫耳少女程度では動揺しない、齢の重みが素敵だ。
「とにかくこの子泣いてるし、あんたに会いたかったんだろう。連れて帰ってやんなさい」
「でも俺の住んでるマンション、ペット禁止で」
「申請すれば問題ないよ」
「え、そうなんですか」
さすが山田さん、町内のことをよくご存じでらっしゃる。
じゃあアレか、番犬も飼えるだろうか。
「でも申請して許可が下りるまで時間がかかると思うんで、それまでは……」
「あんなの紙切れ一枚だから後で出せばいいよ。今日から飼ってあげな」
「と言いますと」
「あんたんとこのマンション、あたしの持ち物」
山田さん、我が家のオーナーだった。
元農家すげぇ。




