8.ひとりって
次の日、俺はさっそく山田さんちを訪れた。
「三毛の子猫なんですが、もらい手がいなくて」
引き取ってくれる人を捜す間、しばらく預かってくれないかと頼んだ。
断られたら困るので「飼ってくれ」とは言わなかった。
そのうち情が移って、山田さんが手放せなくなるのを待とう。
完璧な計画だ。
山田さんはふたつ返事でOKしてくれた。
俺は明日にでも連れてくると言って、家へ帰った。
* * *
その朝は、はじめてミーシャから笑顔が消えた日だった。
「ご主人様、お世話になりました」
死地に趣くような顔で立つミーシャを、よしよしと撫でる。
手のひらに頬をこすりつけて、みゃあ、と鳴くと、ミーシャは子猫の姿に戻った。
* * *
「家でひとりなんて久しぶりだな」
休日の終わり、俺は家でビデオ鑑賞をしていた。
正直なところ、ミーシャがいると見れないものもあるからな。
久々のひとりを満喫しようじゃないか。
溜めてあったビデオを見終わって、ネットにも飽きた頃。
トイレに行こうとして、投げ出したレンタルショップの袋に足を取られた。
あわや転びそうになって、床を見下ろす。
たった一日で、床にものが散乱している。
別にこれくらい普通だ。
前ならそう思って気にしなかったはずなのに。
「……はぁ」
俺はなんとなく、DVDのケースを集めてテーブルにのせた。
ついでに、空になって転がったペットボトルをゴミ箱に捨てた。
* * *
翌日。
会社にはまた例の刺客がやって来た。
そして部長命令で事務のおばちゃんが連れてきた、プードルのアンナを見てとんぼ返りをうった。
グッジョブ、アンナ。
帰宅して。
灯りのついていない家に一歩踏み込んだ。
「……ただいま」
応える相手なんかいないって分かってるのに。
なんだろう、この胸の辺りにぽっかりと穴の開いた感じは。
電気をつけて、コンビニの弁当をレンチンして、テレビをつける。
シャワーを浴びて、疲れた体でベッドに入った。
暗くなった部屋。
音のない部屋。
「この部屋って、こんなに広かったっけ……」
――ちりん。
赤い首輪の鈴の音が聞こえた気がした。