10.どこにも行かないで
「ご主人様ご主人様ご主人様……」
「俺は何度返事をしたらいいんだ。あとそろそろ離れて」
家に連れて帰ってきてからミーシャが泣き止まないし離れない。
そんなにさみしかったのか。
ミーシャの身を守りたかったとはいえ、悪いことをした。
「ご主人様、帰ってきちゃってごめんなさい」
なぜ謝る。
「俺が迎えに行ったんだし、山田さんもペット飼っていいって言ってくれたし、ポチも借りてきたし、もう問題ないだろ」
わふ、と狭いフローリングを占拠した巨体が頷く。
「でもご主人様は私のせいで危険な目に遭いたくないですよね?」
「ん?」
「私やっぱりここを出ていきます。一度は追い出された身ですし、なによりご主人様を命の危険にさらしたくありません」
さよなら、と立ち上がったミーシャの手首をぐっと掴んだ。
「なに言ってんの」
「ご主人様……」
「俺は自分の身がかわいくて君を遠ざけた訳じゃない。ミーシャがここにいて、俺のいない間になにかあったらって心配で、それでポチに……もとい山田さんにミーシャをお願いしたんだ」
ミーシャが大きな目をさらに大きくして俺を見下ろした。
そんな誤解をしてたのか。
でもそうか、確かに言葉が足りなかったよな。
「ポチも来てくれたし、昼間も安心だろ。どこにも行くなよ、ミーシャがいない3日間、すごく、その……」
俺は乙女みたいに耳まで赤くして言葉を切った。
言えるか、さみしかったなんて。
「ご主人様がそんなに私のことを……うれしい。もう×××して○○○してくれてもいいですよ?」
「待ってどこで覚えたのそんなセリフ」
「ご主人様のベッドの下の女の人のハダカがいっぱい載ってる本です」
「それ良い子が見ちゃダメなヤツね。今すぐ記憶から全消去して」
頭が割れるように痛い。
せめて見つけたことはナイショにしておいて欲しかった。
「ご主人様……私、ここにいてもいいですか……?」
ぺたりと座り込むと、ミーシャは懇願する目で見上げてきた。
俺はいつものように、やわらかい耳の後ろを撫でた。
ゴロゴロ、とのどを鳴らしながら擦り寄ってくるミーシャ。
「当たり前だろ。もうどこにも――」
やらないからな、と続ける前に。
俺の腕の中から、ミーシャは煙のように消えていなくなった。




