2-4
やがて、人々は僕を馬上の人にして、内城に向けて発った。足取りは重く、表情は暗い。まるで故郷を焼かれて落ち延びる民の群れのようだった。皆、それぞれに思いを馳せていて、僕のことをかえりみる者はいない。いや、馬の口を取る、ハージーとサンガクを除いては。
馬に揺られて僕は一人落ち込んでいたけど、人々がこれほどまでに僕を軽んじるのには、理由があった。一つには、若すぎるということ。これはもうどうしようもない。今後の成長にご期待願うしかない。
もう一つは、生前お父様はたいそうな野心家であって、それに見合うだけのやり手でもあった。溢れる野望を隠そうともせずに、むしろ開けっぴろげに権謀術数を駆使なさっていた。平和が戦争に、友情が敵意に変わることが多かった。
そのようなことをしていて、敵が増えないわけがない。お父様の晩年には、実の兄弟とも義理の兄弟とも敵対する有様だった。かかる困難な時代を、僕のような若輩が切り抜けられるわけがないと人々が考えたとしても、とても非難できる状況になかった。
豪放で、磊落で。公正で気前のいい、天性の寛大さを備え持った、君主の鑑だった。家族に対しても偉ぶることもなく、明るく、少々飲酒が度を超すこともあったが、理想的な父親だったと思う。だけど、この時の僕は、お父様の丸く刈られたあごひげと、とても大きかったお腹を懐かしく思い出しながらも、少しだけ恨めしく思わないこともなかった。
やがて、内城のミールザー門に差し掛かったところで、城代のホージャ・マウラナーイェ・カーズィーの寄越した使いがやってきた。今、各地に散っているウマル・シャイフの将校たるベグ職の者達を呼び寄せているところだという。それを聞いて、一行に緊張が走る。結局、お父様がフェルガーナの王でいられたのは、その父アブー・サイードからの信任があったのはもちろんのことなのだけれども、この地に封土を持つベグ達の支持を受けていたからに他ならない。今、地方にいるベグ達は何を考えながらこの地にやってくるのだろうか。僕たちはそのことを不安に思うと同時に、一刻も早く彼らの胸の内を知りたいという重いだった。
城内に差し掛かったので、そこで下馬する。
アンディジャーンの内城は立派だ。アム川とシル川の間の地、マー・ワラー・アンナフルと呼ばれるティムールゆかりの地にて、これほど立派な内城を持つ街はそうそうない。帝国の都と称してよいサマルカンドと、ティムール閣下の生まれ故郷であるケシュの街。わずかにそれくらいなものであろう。
大きな階段を登っている間にも、僕は先ほどの広間に入る時ほどの気後れを感じることはなかった。というのも、この時の城代のことを僕は知っていたからだ。代々このアンディジャーンの裁判官を輩出する家柄の出であり、それとともに、ホージャ・ヤフラールの名前で知られる、ウバイドゥッラー猊下。ナクシュバンディー教団の巨星たるお方。その方の高弟の一人であり、僕のスーフィーの師にあたるお方だ。とても穏やかで優しく、この方が怒ったというところを、見たことも聞いたこともないほどだった。
そんな方が僕を助けてくれるのだから、心強く感じないわけがない。一刻も早く言葉を交わしたくなって、階段を上るのに足早になってしまった。
「バーブル様、この度は大変なことになりまして、お悔やみ申し上げます。なんと申し上げてよいのやら……」
僕の来訪に気付いた先生はこちらを振り返って立ち上がりながら、袖で軽く目元を抑える仕草をした。
「無念ですが、今は父の葬儀を執り行える余裕がありません。先生のお力を得て、この難局を乗り切らなければ……」
「私にできることならばなんだってやりましょう。しかし、全ては簡単ではありません」
お互いに、前置きは不要という間柄だった。早速本題に入る。
「サマルカンドには既に軍勢が集結しつつあるそうです。現在こちらもベグ達を召還している最中ですが、どうしても後手に回らざるを得ません」
「どうしてそんなに手際がよく……。まさか、本当にアフマド叔父様が父を害したのでは」
「その可能性は大いにありますが、今は目の前のことに集中しましょう」
僕が疑惑を口にすると、先生はそれを振り払うかのようにすっくと立ち上がり、言葉を継いだ。
「我々ができることと言えば、精々が城の防備を固めるくらい。それでも、十分な備えをすれば敵の軍勢を押し返すことは可能でしょう。ただし、十分な士気があればですが」
怜悧な眼差しで問いかけられる。生徒の立場としてであれば、模範解答はわかっている。しかし、この場合は僕は彼の主君である。即座に、満腔の自信を持って回答するという離れ業を披露することはできなかった。
「幸い、私が差配できる人足がそれなりにおります。イセン・ダウラト・ベギム様の子飼いのモグール人たちも、たまたまアンディジャーンに集っていたようです。それらを用いれば、土木工事の方は滞りなく進められる算段。既に紙の上では割り振りが整っています」
「それは、不幸中の幸いと言うべきか……。しかし、サンガクが申していましたが、アフマド叔父様が軍を整えているのを知っているのは、彼を除くとカースィム・ベグとおばあ様だけということでしたが」
「その、あなたのおばあ様が使いを寄越してくれたのですよ」
ホージャ・マウラナーイェはにっこりと笑って、僕に教えてくれた。考えてみれば、当たり前のことだった。父がこの街を留守にしている間中、彼とおばあ様は力を合わせて切り盛りしていたのだった。このような大事な用件をお互いに共有することは、彼らにしてみたら至極当然のことなのだろう。
少し決まりが悪くなって薄笑いを浮かべてしまった僕に、先生は改まった顔をしながら言った。
「バーブル様におかれましては、慣れない立場のこと。種々の不安もございましょう。しかし、この手のことに関しましては私どもの最も得意とするところ。ただ一言、任せるとだけ仰せ下さい」
そうすれば、万事よいように整えることをお約束します。そのようにかしこまられてしまった。僕としても否応もない。顔をぐっと引き締めて、ただ一言
「任せる」
とだけ言った。なんだか力んだように見えてしまったとしても、仕方のないことだった。