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暗い部屋の真ん中で、額を突き合わせて会話は続く。
「結局、君は何が言いたいのさ。僕はおばあ様のところへ急いで行かなければならない」
「お待ちを。大事な話があります」
「帰ってきてから聞くから、それでいいだろ」
とにかく、考える時間がなかった。頭の中がこんがらがっていて、そのことが僕を苛つかせていた。なのに、彼は新たに何かを打ち明けようとしている。とても付き合いきれない。僕は彼を押しのけて、そこを通ろうとした。
「今しか機会がないのです。広間にお集りの親族の方の中には、よからぬことを企んでいる者もおります。状況を把握せず、覚悟も固まらぬうちに彼らと対面するのは下策です」
「……どういうことだよ」
「私は、先ほど申し上げた理由により、バーブル様の不利益になるようなことだけは絶対にいたしません。私のことを、信用するのは困難ですか?」
それを言われると弱かった。さっき突然に明かされた彼の素性は荒唐無稽に感じられたのだけれども、それこそ彼はあそこで冗談を言うような性格をしていないことは、よく知っている。というか、彼は常に冗談を言ったりしない。ユーモアというやつが欠如しているのだ。
無視して部屋を出る選択もないではなかった。それでも、最終的に僕は彼を睨みつけながら手を振りほどいたものの、再びクッションの上に胡坐をかいて、話を聞く姿勢をとることにした。無言であごをしゃくり、続きを促す。
「今、広間にはイセン・ダウラト・ベギム様をはじめ、親族の方が集まっております」
彼は軽く一礼すると、前置きも置かずに説明し始めた。
「主君が亡くなった今、その長男であるバーブル様を立てて後押しするのが臣下の役割り。ですが、実の叔父であるアフマド・ミールザー様にその身柄とともに、アンディジャーンの差配をお預けするのが妥当だと、そう考える不届き者が少なからずおります」
「彼らがそう思うのも仕方がないと思うな。僕ときたら、自分で言うのもなんだけど、てんで子供だ」
「しかし、王の血筋です。まず、あなたが立つ。我らはあなたに従う。それが今回の非常事態を収める本来の手段です。」
「僕だってできればそうしたいよ。しかし、お父様がこの地を治めていたのは、おじい様の命あってのことだったし。お父様が亡くなってしまった以上、誰が統治しなければならないということはないし、統治する資格があるのは僕一人ではないはずだ」
先ほどまでだったら、出てこなかった考えだ。どうやらサンガクを相手に話しているうちに、大分落ち着きを取り戻せたようだった。すると、何しろ夜中のことでもあったし、少しだけ眠気が戻ってきてしまったようだ。彼に気付かれないようにこしこしと目をこする。
「出来ることならば、僕だってお父様の後を継ぎたいと思っていたさ。しかしそれは、こんな形で訪れると思ってもいなかったし」
「……アフマド・ミールザー様が軍を発しております」
え!?
この夜一番の衝撃だった。
もちろんお父様の訃報がそれ以上の衝撃を与えたのは確かなのだけれども、この時には僕自身がまだ受け止め切れていなかった。それと比べると、アフマド叔父様の出兵は、即座に納得できてしまう、理屈に叶ったところがあった。
「これは、広間の親族方はまだ知らぬ情報です。知っているのは、今別動隊を率いて街から離れてしまっている我が叔父、カースィム・ベグ。バーブル様の祖母様であるイセン・ダウラト・ベギム様。そしてこの私。だけだと思ってください」
「それは性急だなあ。弟が亡くなったばかりだというのに、情けがないとは思わないのだろうか。親族はそれでもアフマド叔父様に臣従するつもりだろうか」
「私は、ウマル・シャイフ様殺害にアフマド様が関与していたと考えています」
……。
言われるまで気付かなかったことが少し情けないけれど、間違いないことのように思える。これに思い至ったのは僕たちだけではないだろう。証拠を探すべきか?疑惑を煽って糾弾するだけでも十分効果はあるかもしれない。このタイミングで攻めてくるということが、それを恐れている表れかもしれない。そう思うと、彼が関与していることはまず間違いのないように思える。
「……僕は、どうすればいいんだと思う?」
頭を抱えて唸りながら考えてみたけど、さっぱり答えが出ない。終いには情けないことに、丸っきりの疑問を彼に投げつけてしまった。自分のないやつ。
「それについては最初に答えを出しておられたではありませんか」
サンガクは先ほどまでの真剣な表情が少しだけ後退して、いつものやる気のない無表情に戻すことにしたようだ。ちょっと背を張り顔をそらすような体勢で、僕のことを見下す。それも、なんとも無礼なことに下目遣いをしながらだ。
「イセン・ダウラト・ベギム様の元へ急ぐことです。彼女が万事あなたを助けてくれることでしょう」