第二十九話
翌年、春。ラマザーン月(1497年5月)、僕たちは再び軍を整えると、アンディジャーンを出発した。今回は、アリー・ミールザーの軍と轡を揃えて攻めるつもりだった。
ヤール・ヤイラクの近郊の放牧地で軍を止めて情報を求めてみると、ちょうど両軍の先鋒が対峙しているとのことだった。
「某に一隊を預けていただけたら横合いから一つ殴りつけて参りますが」
いかにもこういう局面が好きそうなヴァイス・ラーガリーは、その一報を受け取るや、僕に出陣の許可をねだり続けていた。少し考えるからと言って何度か追い返したのだけれども、まるでへこたれない。
「あのさぁ。君はこの間やらかした事を覚えていないのかな?そのせいで、一軍預けるのをためらっているんだけど」
冬の間に起こったことだった。最前から言っている通り、僕とアリー・ミールザーの陣営は同盟を結び、バイスングルに当たることになっていた。まぁ、周知を徹底していなかった僕にも非がないわけではなかったのだけれども、まさかアリー・ミールザーの本拠地であるブハーラーに略奪をかける連中がいるとは思いもよらなかった。
幸いにも幸いなことに、ブハーラーの住人がいち早く気が付いたため、比較的小規模だった略奪部隊は実行を諦め、帰ってきたのだけれども、そのメンバーの一人がヴァイス・ラーガリーだった。
「少し考えればわかることだよね、今略奪したらまずい相手だなってことくらい。どうしてやっちゃったの?」
「はぁ。幸いあちらの方に伝手がありまして。それと土地勘も。さっくり済ますことが出来れば、被害もそれほどでなく、ばれる危険も少ないかな、と思いまして」
「普通勝手にそれを判断しないよね!それとも、お父様はそういうのいちいち禁止していたわけ?細々と」
「いえ、決してそうではありませんでしたが、今回に限ってはよかれと思いまして……」
「よいわけがないよね!やりたくなったからやっちゃったってだけだろ、絶対!」
とうとう我慢しきれず、怒鳴ってしまったが、あまり堪えてない様子なのが腹立たしい。何でお前の方が当惑した顔してんだ。
まぁ、彼の行動に関してはけして褒められるものではなかったが、このタイミングで急襲隊を繰り出すというのは悪くない、というよりもむしろ、出してしかるべしとすら思える。同盟相手のアリー・ミールザーもそれを期待しているだろう。そしてそれは裏を返せば当然バイスングル・ミールザーも警戒しているわけで、よほどうまくやらないと成果を上げることは難しいだろう。
ということは、つまり、この任務をすすんでやりたがるベグはあまり多くないということだ。昼夜替え馬を消費しながら長駆し、おそらく散発的な小競り合いをするも、ろくに首級も上げられず、かといって敵も深追いしてこないだろうという。
「高いモチベーションを保ちながらこんな任務に志願するやつがなあ……、他にいれば他に任せたいところなんだけど……」
一瞬、イブラーヒーム・サールーの顔が脳裏にちらついたものの、彼はこの直後にも重要な任務を押し付ける予定だったし、こんなところで消耗させるわけにはいかない。
「……うーん、それじゃあさ。トゥールーン・ホージャにモグール部隊を率いさせることにするからさ、その下につくように。くれぐれも、勝手な真似をしないよう」
途端に表情がぱぁっと明るくなるのがわかる。あまりに晴れやかなので、近くで見てるとちょっとげんなりするくらい。全部を言い終わらないうちに、僕の足元にひれ伏して、しきりに感謝の言葉を述べ始めた。
でもまぁ、どうせ今回は大したことは出来ないだろう。トゥールーンに負担をかけてしまったのが少し悪いことをしたかな。くらいにしか思ってなかった。この時は。




