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第二十八話



 僕のもとから去った彼らがまず求めたのは、バイスングル・ミールザーの庇護だった。どうせティムールの頸木を受けるのならば、より強い方につこうという論理だったのだろう。もっとも、この考えが頭に浮かんだのはかなり後になってからのことで、その当時は周りの人間同様、ウズベクは何を考えてるのかわからないな、というような感想しか抱かなかった。ただ、言葉にはできないなりにも、彼らにも彼らなりの筋があるということを予感していただけだ。


 この年の冬、アリー・ミールザーの先鋒を務めている、アブドゥル・カリーム・アシュリトが、サマルカンド付近へ軍を進めた。バイスングル・ミールザーはハムザとマフディに一軍を与え、急襲させたのだが、その戦果はバイスングルの期待を遥かに上回るものだった。

 マフディ・スルターンはアブドゥル・カリームとの一騎打ちを演じて、チェルケス刀を一振りすると馬が倒れ、もう一振りするとアブドゥル・カリームの腕が飛んだという。ハムザはハムザでさほど多くもない騎馬隊を率いて突撃を繰り返し、敵を散々に蹴散らしてしまったらしい。

 陣営に加わった途端、かくも見事な戦果を見せたにもかかわらず、彼らは春の訪れを待たずにバイスングルのもとを去ってしまった。あまりに飛びぬけた軍功を挙げ、そしてそれを臆面もなく誇ったため、周囲との折り合いが悪くなったせいだとの噂だったが、僕は、それだけが理由ではないのだろうと感じた。

 察するに、僕も、バイスングルも、彼らのお眼鏡に叶わなかったに違いない。彼が僕のもとにいた時に繰り返し口にしていたのが、仕える価値がある主君とは、力のある主君に他ならないといったようなことだった。いかなり困難からも守られる保証があればこそ、自らの財産の一部を献上もするし、兵を拠出することも厭わないと。どんなに丁寧に扱われたとしても、力のない君主にだけは、仕える意味を見出せないと。



 クーフィーンでの戦いの後、周囲がハムザとマフディに向ける視線はあからさまに変わった。他のティムールの王子たちの宮廷と同様に、バイスングルの政権を支えているのはチャガタイ人とペルシア人がほとんどであり、少数のモグール人がそれに混ざっているとは言えども、完全に街の風習に馴染んでいた。そんな中、ウズベク人の彼らは、明らかに異物だった。君主であるバイスングルとしては、とりあえず初戦を戦わせて、その褒美としてどこか辺境の放牧地を与え、中央にとどめておくつもりはなかった。ハムザとマフディと、彼らの一族としてもそれはかえって望むところであり、少しでも有利な条件をそこに加えるべく、奮闘したのだが、やりすぎてしまった感は否めない。


「それのどこに問題がある。我々は示すべき時に力を示しただけだし、それによって英雄扱いされているのだぞ。これ以上を求めて何が手に入るというのだ」

「骨抜きにされてるんじゃあないぞ、馬鹿者。何度も言っているだろう。俺たちは、俺たちの一族を養うために王のための戦働きをするだけで、いくつもの宴席を渡り歩くのが目的じゃないんだ」

「誰よりも飲み食いする口がよく言う」

「なんだとっ!?」


 マフディの何気ない一言が思いがけず痛いところを深くつつき、ハムザの元々の赤ら顔を一層濃い色に染め上げた。


「俺が喜んで奴らの出す酒を呷ってるとでも思うのか!?逆だ、逆!ろくに語り合える英雄がいないからこそ、飲まずには場が持たんだけだ」


 その言葉がどこまで真実を秘めているのかは定かではないが、今この瞬間、ハムザの心中ではそう固く信じ込まれていた。彼は床を踏み鳴らして悔しがった。


「しかしまぁ、悪いことにはならないのでは。今や私たちは王からの覚えもめでたい。いずれ軍の要をしめることにもなるんじゃないか」

「何を!あんな青白い顔をしたやせ男の寵愛なぞ!少し文をたしなむのがうまいらしいが、そんなものが戦場で何の助けになる!」


 戦場の端から端まで通るハムザの大声だ。誰の耳に入るかもしれないとマフディは心配になったが、止める手段がない。


「見たか!?どのベグの家に行っても、きゃつの詩が飾られとる!

”我、倒れ伏しめば、影も倒れ伏しぬ”だったか!?なんじゃそりゃ!婦人の詩か!主君に阿ってあんなものをありがたがっているようじゃ、陣中にまともな武将なぞおらんぞ」


「何よりも最悪なのは、チャガタイの弱兵ぶりじゃ。あんなもの、いくら数を率いたところで、いくらも連れて帰ってこれんわ」

「別にそのことを咎められたわけでもなかろう。かえってよいことではないのか?それだけ我らの存在感も増そうというもの」

「だめだだめだ、そんなもの。よくよく見回ってみたが、この国はしつらえが立派なだけで、中身がまったく詰まっとらん。」


 ようやく彼は我に返ったらしく、突然声をひそめだした。それでも部屋の隅々に届くくらいには大きい。マフディとしてはどこまで彼が真剣なのか、図りかねる気持ちだった。


「ほどなく滅びるぞ、この国は。今はまだ表に出とらんが、どこか小さくほつれたら、一気に破れるだろう。そうなると、見かけが立派なのはなんの助けにもならん。かえって飢えた狼を惹きつけるだけじゃろうな」

「すると、また主替えか。別に構わんけどな。幸いと言っていいのか、一族はまだ旅支度のままだ。移動するにさほど手間はかからん。しかし、どこに?」

「それは、わからんが。どこでも、生きて行こうと思えば生きていけるだろ。とにかく、俺はこの国じゃあ安心して過ごすことができん。だったら、荒野で他の部族相手に陣取り合戦でもしている方がましだ」

「そしてそれを伝えるのは私の仕事なのだろうな。やれやれ、長老たちがなんと言うか……」


 マフディは細長い指で、あごをなでながらぼやいた。大体の場合において、ハムザの理路整然とした無茶ぶりを形にするのが、彼の仕事だ。




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