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第二十五話



 最初からサマルカンドを手に入れるつもりがあったのかと問われるならば、その気はあったと断言することはできない。ただ、王である以上、常に豊かな土地を手に入れる必要はあった。そしてサマルカンドはその最上位に位置する存在だ。そして、自分にサマルカンドを領有する資格があることも意識はしていた。しかし、マフムード・ミールザーの跡を継いだバイスングルが華々しい活躍を見せていた一方で、僕とは言えば自らの領内の安定を図るのにすら苦労する始末。とてもサマルカンドに手をかける余裕などなかった。


 しかし、僕がホジャンドをアブドゥル・ワッハーブから取り戻したり、モグール王のマフムード・ハンと面会してとりあえずの両者の関係を軟化させたり、チェクレク族を平定したり、あるいはウラ・テペのズーンヌーン・アルグンを囲んだり、つまり、涙ぐましくも地道な努力を積み重ね、状況は少しずつではあるけれども、良くなりつつあった。

 最も最後の試みは失敗に終わり、ウラ・テペはマフムードおじ様に横取りされてしまった。おじ様はそれを一族の有力者であり、先代モグール王の娘婿でもあるムハンマド・フサイン・キュレゲンに与えた。そしてウラ・テぺとしては珍しいことに、1502年まではその状態が続いた。

 一方で、バイスングルは彼の父と似たような過ちを犯していた。

 すなわち、地元サマルカンド貴族の軽視。一方での彼の出身地ヒサール閥への行き過ぎた寵愛。そして、暴虐と圧制である。野蛮で名を馳せたヒサール兵の振舞いも、それに拍車をかけた。


 また、1495年の冬に、ティムール帝国のヘラートを中心としたもう一つの政権の主であるフサイン・バイカラが、日が昇る土地という意味を持つ彼の拠点、ホラーサーンから、バイスングルの根現地であるヒサールに出兵した。ヒサールを固める彼のベグ達がよく戦ったおかげもあって、撃退することには成功したようなのだが、バイスングルの威信に陰りが出始めたことには変わりはなかった。もはやサマルカンドに住む誰もが、彼に対する不満を隠そうとしなくなっていた。


 1496年、ラマザーン月(5月)、サマルカンドでタルハン族が反乱を起こした。

 タルハン族であり、サマルカンドの大ベグでもあったダルヴィーシュ・ムハンマドは、サマルカンドから西にほど近い大都市、ブハーラーで兵を起こし、バイスングルの弟アリー・ミールザーをその君主に推戴しようとした。

 その企みはほとんど成功しかけ、バイスングルは身柄をタルハン族に捕らえられ、ティムール王族が儀式を執り行う際に使う、キョク・サラーイ、通称青の宮殿と呼ばれるところに引き立てた。

 そこは元々は王子が王になるための儀式、即位式をする目的で建てられたのだが、この頃では王子を弑すために連れ込むことが多くなっていた。そのため、「王子をキョク・サラーイに連れて行く」という言葉は、「その命を奪う」という意味を持つほどになるくらいだった。笑い事ではない。

 午後の礼拝が済んだら処刑が執行されるというところまでに追い込まれた彼だが、たまたま日干し煉瓦で塞がれた門の前に連れられて、そこをぶち抜いて脱走したらしい。そのまま水路に飛び込み一旦城外まで逃れた後、裏門から街に忍び込んで、サマルカンド系ベグであるアフマド・ハージーの屋敷に潜んだという。なんとも逞しい、貴公子らしからぬ一面を見せたものだと思う。


 そこから彼は急いで兵をかき集め、逆に今度はアリー・ミールザーを内城に囲まれる事態に陥ってしまった。そしてそのままただの一日すら持ちこたえられず、陥落してしまったという。なんともだらしのないことだと思う。


 反乱の首謀者であるダルヴィーシュ・ムハンマドは処刑され、アリー・ミールザーの両眼には焼けた鉄棒が当てられたという……。


「これが、この半年の間に起こったわけなのですが、理解いただけましたでしょうか」


 僕はアンディジャーンに滞在していた。この激動の瞬間にどう身を振るべきか、を話し合うための会合だったのだが、起きたことを読み上げるだけでも頭がこんがらがりそうだし、バカバカしくもなってくる。


「何が起こったかはかろうじてわかるけど、あいつらが何を考えて行動してるのかは、ちょっとわからないな……」


 僕の言葉に、周囲がうんうんと頷く。


「正直まよってる。この混乱に介入する大義は用意するのは難しくないだろうけど、果たしてそれは混乱を広げるばかりではないか。距離を置いておくのが上策なんじゃないか、という気持ちもある」


「ですが、これは千載一遇の機会でもあります。万全の体制でしたら、残念ながら我らの勢力でサマルカンドを落とすことは難しい。そう言わざるを得ません」


 先生が考えを述べる。おそらく他のベグ達はもっと前のめりだろう。彼らからしてみれば、比較的少ない労力で、計り知れない恩賞を得る機会に見えることだろう。


「そうですよ。これをみすみす見逃す手はありませんよ。下手を打ったのはバイスングル様の方ですし、バーブル様としては何が何でもあちらを立てなければならないというわけでもない」


 イブラーヒーム・サールーが自説を披露し始める。みんなまだ様子見している段階だというのに、こうまでためらいなく自分の論理を振りかざせるのは、ある意味素直だと言えなくもない。


「今となっては、血筋だけでサマルカンドを治めることができる時代じゃありません。戦で華々しく活躍したからこそみんな従っていただけで、だからといってその後遊び惚けてるんじゃ、話になりません。いっそ一息に攻め落としてやりましょう」


 こともなげに過激な発言をする彼に、周りがざわめいているくらい。こういう歯に衣着せぬところが、お父様の不興を買ったんじゃないかなって、ちょっとだけ思う。


「よりによって、お前がそれを言うか。彼の名をフトゥバで読んだというのに」


「方便に決まってるじゃないですか、そんなもの」

「それよりも、ここで立たないなんてあり得ません。ホージャ・カーズィー殿の言う通り、千載一遇の機会とはこのことです。確かに領内が多少不安定ではありますが、今この瞬間だけを見れば、我々がサマルカンド攻略の最右翼ですよ」


 不敬な物言いはするが、反面その見通しは確かなものがある。元々攻めっ気が強かっただろう他のベグ達も、腕組みしながら頷いている。そういえばこいつ、いつの間にか他のベグ達と打ち解けているような気がする。陣営に加わった当初は、それはそれは剣呑な雰囲気だったのに。


「大丈夫かな。来年にしたほうがよくない?今から出るとなると、冬にかかると思うんだけど」


「大丈夫です。冬までかからずに崩れ落ちるに違いありません。どっちみち、こっちにだって冬まで囲み続ける余裕なんてありません。だめだったらだめで帰ってくればいいだけの話じゃないですか」


 一言余計ではあるんだけれども、理には適っている。普段だったら、軍を都に近づけることすら叶わない話なわけで、収穫期に合わせて適当に徴発して帰ってくるだけでも、物資をかなり手に入れられるはずだ。


「……それほどに言うのならば、そうしようか。では、(各地に報せを運ぶ)トゥワチとムハッスィルの配置と、諸物資の補給の手配を任せたぞ。今まで先生にやってもらっていた部分だが、いい機会だ、今回はお前に任せてみよう」


「は、自分がですか?いえ、光栄なことではあるのですが、一人でですか?」


 正直、かなりの重荷になるはずだけど、これだけの大口を叩いた代償でもある。彼自らの軍の編成に支障が出るかもしれないが、ここはいやとは言わせない。


「……手が足りなければ他のベグを頼ってもいいが、あまり助けにはならないぞ」


「何しろ私ときたら文字すら読めませぬからな。」


 カースィムが自嘲し、広間の一同がどっと笑う。

 なるほど、こいつはこうやって仕事を与えてしまえばいいのか。なんだかんだ周りの助けを得ることは出来そうな感じはする。能力に関しては先生からのお墨付きでもある。不意に負担が激増したことに気付き、慌てふためくイブラーヒームの顔を眺めながら、ちょっとだけ人の使い方がわかったような気がした。




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