第二十三話
包囲戦はそれでもそこから四十日余りにも及んだ。
次の日からは、敵は門を固めて城内に籠りきり、どんなに誘いかけても乗ってこようとはしなかった。
僕は塁台をいくつも築かせ、そこから矢や石を絶え間なく放たせたのだが、敵は挫けることなく、幾度となく崩れる塔や壁の修理に勤しんでいた。
敵の頭の、イブラーヒーム・サールーというのは、存外にやるようだ。というのは先生の評だ。苦しい台所事情だろうに、うまくやり繰りしては、落城する日にちを一日また一日と先延ばしにしてしまっている。
それでも最後には精尽き根果てて、首に刀と箙を下げた姿で、僕の前に姿を現した。
自らの身柄と住民の安全を条件に、投降してきたのだ。
こちらもそろそろ損害覚悟で総攻撃にあたるか、と話していた頃だったので、本当に機を見るに敏な男であることには間違いない。
「この度は偉大なる閣下の温情を賜りまして御前にまかり出ます栄誉を預かり……。」
「心のない挨拶は無用としよう。
父の下ではつまらない事件を起こして放逐されたと聞いていたが、なかなかどうして大きなことをしでかしてくれたね。」
「お言葉もございません……。」
「それで、なぜにこのような、大それたことを企てようとしたんだい。
それくらいは、聞かせてくれるんだろ?」
僕は一目見た時から、目の前に伏している男が気に入らなかった。
僕よりは一回りほど年上だが、居並ぶベグ達から見れば、まだ若者といえる年頃で、さらには降軍の将という立場であるにも関わらず、どこかふてぶてしい。
態度は文句なしに殊勝なのだ。けれども、例え宣誓による身柄の安全が保証されているにしてもだ、僕の軍勢自体を脅威に感じていないことが透けて見える。
あるいはそれこそが、若さのなせる所以なのかもしれない。
僕自身日ごろから、海千山千の曲者ばかり相手にしていたおかげでそのことが見えているだけで、本来であれば、彼のように無根拠な自信のようなものを、全身から発揮している方が自然なのかもしれない。
「では、失礼いたしまして……。」
ほら。水を向けた途端、なんの恐れも抱かずに、自らの思うところを語ろうとし始める。
「先代からこのフェルガーナを受け継がれたバーブル様ですが、実は早々に重臣達の神輿になり果てると思っておりました。」
たった一言で、周囲をざわめつかせた。その上で、そのことにいささかの斟酌も見せない。
いや、さすがにこれは若さだけじゃ説明つかないかも。持って生まれたこいつの性格なんじゃ……。
「ところがとりあえずのところはそうはならず、ご家内は一丸となってバーブル様を盛り立てていらっしゃる。これには様々な理由が考えられますが、家督をお継ぎになって早々にアフマド様に攻め立てられた事がかえって吉となったかと。」
今まで誰も総括してこなかった現状を、こんな奴の口から聞かされることになるとは思ってもなかった。
「果たしてどうでしょう。アフマド様の脅威が過ぎ去った途端、ハサン・ヤークーブ様が反旗を翻されました。
そこから雪崩を打って崩壊が始まるとまでは思っておりませんでしたが、イスファラがいざ離反をしてしまえば、完全に平定するまで城を囲み続けてはいられまい、というのが当初の算段。
多少先走ってバイスングル様の名前を騙ってしまえば、あちらも代替わりをしたばかりの状況、公認を得ることに難くないとの目論見もありました。」
立て板に水を流すかのような弁舌。周囲の噛みつきそうな視線など軽く受け流し、手を忙しく動かす様は、状況をわかりやすく説明してやろうと心を砕いているかのよう。
「ここまでで五分五分程度と見ておりました。
初日、こちらの豪弓を食らわした時点で、行けると確信したんですがね。
まさか次の日にあんな惨敗を喫するとは思いませんでした……。
どんな仕込みがあったんですか?あの御仁は……。」
突然あからさまに気落ちをして見せ、肩をがっくり落とす。
なんというか、落としどころを弁えている奴だ。ここまで明け透けにふるまわれると、こちらもうかつに怒るわけにいかなくなるのだな。
「それはほら、神の御導きだ。
正義の名のもとに歩む者には、当然ご加護があろうというもの。」
こう言ってしまえば、彼も疑わしい顔すら出来なくなるわけで。
多少強引ではあるが、最後に一本取ってやることが出来た。
「まぁそんなところで、私は賭けには負けてしまったというわけです。
半ばうまく行きかけていただけに口惜しくはありますが、遠く離れた地で一からやり直してみせますよ。」
どうも勝手に話をたたもうとしている模様だ。話の主導権を握っているつもりでいるらしい。とことん図々しい奴だ。
「それなんだがな。
追放はしないでおいてやる。お前の力を見込んで、使ってやってもよいと言っているベグがいてな。」
「え、いや、お気持ちは大変にありがたいのですが、私としては追放処分されても一向に構わないというか、そちらの方が気が楽というか。
どうせ顔を合わせるのも最後だと思えばこそ、遠慮せずに所感を申し上げることが出来た次第で……。」
「うん、立派な洞察だと思ったよ。
今後はそれを僕のために役立ててほしい。
……最初はみんなとぎくしゃくするかもしれないけど、まぁ、頑張って。」
その段にいたってはじめて彼の顔が青ざめた。
そうか、心が折れぬよう虚勢を張っていたって面もあったのかもしれないな。
気の毒に思う気持ちと、少し困らせた方がこいつのためにもなるんじゃないかという気持ちと。
心の天秤が釣り合っていたのはほんの一瞬だった。あっという間に後者に傾いたのを確認して、僕はどこか爽やかな気分で、彼を残して退室した。
シャッワール月(1495年5月)、イスファラは再び僕の支配下に戻った。




