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第二十一話



別にカースィムのやつに責任があるわけではないのだが、とりあえずでイスファラを囲んでみたところ、とんでもない事態に陥ってしまった。いざイスファラに到着してみたところ、本城とは別に出城が築かれており、これの守りが薄いように見えたので、皆で相談して攻撃してみようということになった。戦場に到着した初日ということもあり、まだみな重鎧を着こまずに軽装だったのもまずかった。のんきに出城に梯子をかけようとしていた僕たちに、とんでもない豪弓が襲い掛かってきたのだ。


「どこから射られている!城壁に弓兵の姿は見えぬぞ!?」


「退け、退け!

高台に上るな!窪地を選べ!」


突然の事態に、ベグ達が右往左往する。

カースィムが僕に被さるようにしながら、退路を探している。

また一人、軽装の若党に矢が刺さった。すぐさま他の者が駆けつけるが、その彼にもまた矢が刺さる。


とはいえ、豪弓を扱える敵兵の数は多くなかったと見え、運よく僕たちは弓兵の射程から逃れることが出来た。

本当によく射ったものだと思う。この攻城戦ののちにも、優れた射手には多数出会ったけれども、あのイブラーヒーム・サールーの下にいた、彼ほどの腕前を持った者にはついぞお目にかかることはなかった。


「最初に矢を受けた者、ホダーイ・ベルディ殿であったようです。一撃で落命したとのこと。」


「そうか……。後で顔を見に行ってやらないとな。」


彼は、僕が幼かった頃の後見人だった人物だ。よく実務をこなしてくれていたが、もういい歳だったので、戦場に出ることはめっきり減っていたというのに。


「それと、かの弓兵ですが、射角を考えるに、本城から狙撃していたとしか思えません。

あの距離を撃ち抜かれますと、この先の城攻めにも障りが出ますな。」


「その辺りは改めて考え直そう……。

まずは根本的に攻め方を変えないと。


……それじゃあ先生を呼んできてくれ。」


先生が自分から話しかけようとしなかったのは、今回の被害の責任が自分にあると考えていたからだ。誰もそんな風には受け止めていないし、どちらかというと全軍の気の緩みというのは、主君が引き締めるべき物だったかと思える。が、だからと言ってむやみに僕が弱みを見せるのもよろしくないわけで、先生が矢面に立つ役割を引き受けてくれている図式になる。


「バーブル様、申し訳ありません。なまじかつての彼の姿を知っているだけに、どこか甘く見ていたところがなかったとは言い切れません。

被害を被っただけでなく、同時に敵に希望を与えてしまったのもまずかった。

この戦、少々長引くやもしれません。」


項垂れている先生の姿を見るのは、僕にとってもつらいことではあったのだけれども、下手に庇っては彼の気遣いを無駄にすることになってしまうところだ。


「損害を出したことの全ての責を取れとまでは言わぬ。だが、甘い見立てでいらぬ死人まで出してしまったことも事実。よって、そちらが先に立てた策はすべて取らぬこととする。


ひとたび当たってみて、存外な難敵であることも知れた。ここはやはり季節を丸々一つ使い、腰を落ち着けて城攻めに当たることにする。」


僕は先生だけではなく、その場にいる全員に語りかけていることを意識して、通達する。

内容はアンディジャーンを出る前に取り決めていたことに過ぎないのだが、改めて皆の賛意を得たかったのだ。


「城外に高台を求め、そこに砦を築くように。

ホージャ・マウラナーイェにはその差配を任せる。しばらくは本陣に顔を出さなくてもいい。急ぎ執り行うように。」


「はっ、必ずややり遂げて見せます。」


ちょっと締まらなかったろうか。でもまあ、面と向かって文句を言ってくる手合いは、そんなには、いないはずだ。無ではない。

ガヤガヤと図面を囲みだした一同を見渡し、後のことは任せることにして、僕はテントから出ることにした。


陣の端まで歩いて、イスファラ城を視界に入れる。そう大きくはない。先だってカースィムが言っていた通り、とりあえず囲んでいれば、いずれ根負けして城を明け渡してくるに違いない。

なのに、早くも死者を出してしまった。

主君として、そのことを気に病むのではなく、誉として讃えるべきなのだろうとはおもう。しかし、だとしても、どうせ同じ死ぬのであれば、もっと彼らにふさわしい戦場を用意してあげるべきだった。

一瞬の気の緩み突かれて、反撃することも許されずに、死なせてしまった。

そのような思いが、冷たい飲み物に立ち上る小さな泡のようにふつふつと、次々と現れては僕の心を刺激する。


優れた主君というのは、けして油断などしないのだろうか。

あるいは、家臣の死を目の当たりにして動揺したりしないのだろうか。

僕は、どちらも出来なかった。ということは、僕は優れた主君ではないのかもしれない。


そういえば、イスファラに籠るイブラーヒーム・サールーは、たとえそれが建前に過ぎなかったとしてもだ、フトゥバでバイスングルの名前を読んだわけであって。

バイスングルは優れた主君だろうか。彼は、家臣の死を嘆いたりしないのだろうか。


僕は、風になびく草原を見下ろしながら、その爽やかな風景とは場違いな気分で、一つため息をついた。




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