第三話
バーブル 主人公 ティムールの末裔 12歳で父の跡を継いでフェルガーナの王になる
イセン・ダウラト・ベギム バーブルの祖母 先代モグール王、ユーヌス・ハンの正妻だった
ホージャ・マウラーナーイェ・カーズィー バーブルの学問の師 アンディジャーンにてイスラーム法を司る家の出であり、本人も法官
ウマル・シャイフ・ミールザー バーブルの父 アブー・サイードによりフェルガーナの王に任じられる 実の兄でありティムール皇帝であるアフマドと抗争を繰り広げていた 故人
その後夜も明けきらないうちに、僕は馬に乗せられてアンディジャーンの内城に向かうことになった
おばあ様はまだ涙に暮れていたお母さまを一喝しながら、去ろうとしていた僕を呼び止めてこう言った
「バーブル……
まだ幼いお前に突然このような重荷を背負わせること、心苦しく思います
しかしこれから訪れる苦難の季節は、私たち一族全員に等しくのしかかる物……
お前だけを守ってやる術などどこにもないのです
しばらくは辛く、苦しい事が多く起きるでしょうが
どうか、お前の身体に流れる王の血を信じて……
フェルガーナの民を導いてやってください」
おばあ様は普段と変わらない穏やかな笑顔で語りかけて下さったのだけれども、その目はなんだか普段と違った輝きをしているように思えて、僕は声を出すと掠れてしまうような感じがしたので、ただ無言で頷くことしかできなかった
庭園を後にして、ミールザー門を通り抜けて街中に入り、スーフィー道場の脇を通って内城へと向かった
後をついてくる大人たちは、おばあ様の一喝で受けた衝撃から立ち直りつつあったらしく、再び疑わし気な目で僕を見るようになっていた
普段から僕に付き従っている二人の小者、ハージーとサンガクだけは心から僕を案じているようで、しきりに声をかけてきては慰めてくれていた
内城は既にかがり火を焚いて僕の到着を待ち構えていた
姿かたちは普段見慣れているそれと変わりはなかったのだけれども、とげとげした緊張感が感じられ、突き刺さるような嫌な肌触りの空気が漂っていた
絶えず胃からこみあげてくる何かを我慢しながら広間に向かうと、既に先生が何枚もの図面を広げていて、僕の姿に気が付くと足早に近寄ってきた
「この度のことはなんと申し上げてよいか……
惜しい人を亡くしました
バーブル様におかれましても、何かとご不安なところであると察しますが、事態は静観を許してくれはしません
早急に本題に入ることをお許しください」
先生は普段と違う口調でそのように言った
つまりそれは、お父さまの訃報が間違いなんかではなく、それによって僕の立場も変わってしまったという事を如実に現わしていた
その事に気づいた時、僕は一層お腹の辺りがきゅうっと絞られるような気分になって、何か答えなければならないと思いながらも、何も口に出せずにいた
「……そうですね、本題に入る前に
お父上の話をしましょうか。まだそれくらいの時間はあるでしょう」
「お父上は、ウマル・シャイフ様は 公平で気前のいい、大人の気風を持ったお方でした
ハナフィー派の教えをよく学んだ、信仰の厚い方でもありました
……一方で野心が強く、手段を選ばないために敵も多く作ってしまいましたが、それでもあの方の下にいた者どもは、あの方をお慕いすることに惑いはありませんでした」
先生は僕の不安を分かってくれたのだろう
先ほどと比べるとかなり柔和な声色でお父さまの事を語ってくださった
「そして、その血を受け継いでいる中で一番年長なのはあなたなのです……
領地の経営ならば私が助けましょう
戦にならばベグ(長官)や若党達が助けましょう
しかし、フェルガーナを統治するのだけは、あなたがやらねばならないのです
それが、あなたの身体に流れる、王の血に課せられた使命……」
先ほどおばあ様からいただいた言葉と同じだった
つまり、皆が僕に求めているのは、そこなのだ
突然このような立場に置かれたせいですっかり頭から吹き飛んでしまっていたのだけど、本当は言われるまでもなくわかっている事ではあった
だってそれは物心ついてからずっと言われ続けてきたことだったのだから
僕は、大きく一つ息を吸い込むと、心配そうな顔をしてこちらを伺っている先生に向かって頷いてみせた
だけども何をどう指示していいのかはやはりわからないわけで、とっさに頭に思う浮かんだ言葉をそのまま口にしてしまった
「わかった、任せる」
指示を求めている相手にかける言葉としてはどうなんだろう。とは言い終わらないうちから思いはしたのだけれども
その言葉を聞いた先生が、妙にほっとした表情を浮かべているのを目にして、これでも間違いではなかったんだと不思議に思った




