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蒐集国家コラジス6

「言い訳を聞こうか……!」


 貴族街を巡回している自警団員に見つかる前にと、誰よりも早く道を駆け抜けたゼルラーズは、倒壊した家の側に倒れ込むナルファと、それを座ってぼんやり眺める息子を見つけ出した。問答無用で髪の毛をひっつかんで大図書館に連れ帰り、自警団長への言伝に人を走らせる。そして、書庫堂の奥に存在する司書長の自室で、二人を正座させた。


「あ、あの、司書長。どうして私も……?」


 恐る恐るといった様子で手を上げるナルファだったが、ゼルラーズの鋭い眼光によって黙らされる。


「なんのためにお前をイルディアスにつけたと思ってる! ヤバいと思ったなら即座に蹴り飛ばして止めんかい!」

「そ、そんな! 司書長の息子を蹴飛ばすなんて……! いいんですか!?」


 興奮した様子のナルファの口の端に、わずかに隠しきれない喜びの色が浮かぶ。イルディアスの目付役というのは相当な負担がかかっていた。ストレス発散に蹴飛ばしてもいいというのであれば大歓迎だった。


「い、いや、いざというときだけだぞ?」


 手綱を握れとは直接言いづらく、言葉を濁すゼルラーズ。露骨に不満げな顔をするナルファ。二人の様子を見ていたイルディアスが、何かを閃いた顔で口を開いた。


「まあまあ、落ち着いて。何か不満があるなら私が聞きますよ」


「「全部お前が原因なんだよッ!!」」


 最近読んだ本の通り、下手に出てみたイルディアスだったが、食い気味に二人から怒鳴られて肩を竦める。ゼルラーズは躊躇いなく振り下ろしかけたゲンコツを止める。殴ることは簡単だが、いくら殴ろうともイルディアスの性格と考え方が変わるわけではない。


(そうだ、大切なのは対話だ。殴られようと反省しないのであれば、対話するしかない……)


 過去の経験から思わず手が出ていたゼルラーズだったが、イルディアスは曲がりなりにも5年間の学院生活では盛大な問題は起こさず、退学にならずに通っていたはずなのだ。であれば、その手法を確認して実行すればいい。


 眉間の皺を揉んでほぐしながらゼルラーズはイルディアスに問いかけた。


「5年間の学院生活……色々なことがあったはずだ、イルディアス。こういったトラブルもあったはずだ。金銭が足りないときはどうしていた?」

「セフィが奢ってくれた」

「誰だそいつは」

「【剣姫】」

「またあいつかよおおおおおおおお!!」


 床に頭を叩き突きかねない勢いで嘆くゼルラーズ。ゼルラーズは【剣姫】セフィリシータ・バルグランドのことをこれほど憎んだことはない。


「お前もお前だイルディアス! なぜ女性に奢られるのを良しとする!? もう聞いている情報だけまとめるとお前ただのヒモだぞ!?」

「いや、ちゃんと対価で戦ってたぞ……? 戦うとなんかくれるんだよな」

「戦闘狂か……」


 ゼルラーズは言葉を失ってしまった。誰よりも強者と戦うことを求める武芸者、戦闘狂という存在に心当たりがありすぎたためである。


「……仕方ないな」

「仕方なくないですよ司書長! 自分が昔そうだったからって認めないでください!」


 ぎゃあぎゃあと喚き立てるナルファによって辛うじて正気を取り戻すゼルラーズ。


「ナルファ! どうして蹴飛ばして止めなかったんだ!」

「今日はスカートなんですよ私!」


 気安く罵り合いを続ける二人をよそに、イルディアスは懐からスッ、と新しい本を取り出した。瞬間的に閃いたナルファの右足が華麗に本を蹴り上げ、耐えきれなかったゼルラーズのゲンコツがイルディアスの脳天に直撃する。


「いってぇ!!」


「もうお前は書庫堂から出てくるな! 罰として書庫堂の他の管理人は長期休暇、しばらくお前だけで書庫堂の清掃と整理をやれ!」

「読むのは!?」

「一日の業務が終わったら読んでいい!」

「わかった」


 本を読んでもいいとなった瞬間に恐ろしく聞き分けがよくなるイルディアスに、ゼルラーズは盛大にため息を吐き出した。イルディアスが学院に5年通っている間に、書庫堂にもだいぶ本が増えた。いまはまだ読まれていない本が大量にあるからイルディアスを書庫堂に閉じ込めておけるが、読み終わった時にどうなることか。


「……ナルファ。もうこいつを書庫堂に運んでくれ。その後、職業斡旋所に事情を説明してきてくれ。その報告が終わり次第休暇とする」

「……はい」


 疲れ切った表情で指示を出すゼルラーズに、ナルファは何も言い返せずに頷いた。ナルファとて女性なので、人並みに結婚願望や子を持ちたい気持ちがある。だが、イルディアスとゼルラーズの会話を見るたびに、しばらくはいいかなという気持ちにさせられるのであった。


 知らないうちに女性(ナルファ)の結婚願望を減衰させていることには気づきもせず、イルディアスはのそのそと書庫堂に向かって歩いて行く。足が痺れているのか、その足取りは左右にふらついてはいたが、わざわざ支えてやる気にはなれないナルファだった。










 暗闇の中で、ひっそりと息を吹き返す者がいた。周囲を見渡すことすらできない暗闇の中で、呼吸音だけが微かに響く。床をまさぐる音がして、やがてオレンジ色の光が周囲を照らし出す。


「全く……感づかれたのかと思ったぞ」


 光に照らされたのは、痩せこけた女性だった。長年日の光を浴びることのなかった肌は青白く、落ちくぼんだ骨格の中で眼光だけが碧色の光を放っていた。カビの匂いを嗅ぎながら、女性は部屋の中を見回す。


「……壺は無事か。全く、余計なことをしてくれたが……間に合ってよかった」


 ここも潮時か、と呟き、机の上に置いてあった数冊の本をまとめて袋の中に放り込む。あまり長居する気はなかったというのに、まさかここまで早く屋敷の取り壊し依頼を受ける者がいるとは思わなかった。しかも1回や2回の下見があればこっそりと逃げ出す算段は整えていたというのに、まさか来た初日に魔術を使って全てぶち壊すとは思わなかった。


「頭おかしいな……」


 改めてここを攻めてきた男女のことを思い出して呟く。隣の女性は誰か知らないが、白の長髪の男が噂のコラジスの“怪童”イルディアスだろう。もう(わらべ)という歳でもないのだから異名は変わるかも知れない。“怪物”でも問題は無い規模の魔術行使だった。


「星に愛される、っていうのはああいうのを言うのね……」


 思わずといった様子で呟き、女性は階段を登る。入り口を塞いでいる床板を動かす仕掛けに手をかけるが、スムーズに動いていたはずの仕掛けが全く動かない。


「……?」


 ガコガコと動かしてみるが、全く動かない。微動だにしない仕掛けのレバーを全力で引っ張ったり、体重をかけてみるが、まるで壊れてしまったかのように動かない。心当たりはひとつしか無い。空から落ちてきた巨人の足である。


「――あのクソガキがッ! 絶対許せない……!」


 一晩中作業してなんとか仕掛けを元通りにした女性は、日が昇りそうな時間になっていることに気付き、出立を翌日の夜に回すことにした。上に積まれた瓦礫は一日や二日で取り除ける量ではないし、この地下室の存在に気付いた様子もない、というのが理由だったが。


「はぁ……はぁ……余計な労働を……クソ……」


 体力切れに伴う不貞寝であったことが、最大の要因だったことは言うまでもない。


 翌日の深夜に問題なく出発した女性は、巨大な袋を背負って歩き出す。厳重に閉じられた門と壁も、巡回する自警団に見つかることもなくすり抜けていく。彼女に言わせれば、戦乱に巻き込まれたこともないコラジスの首都ラッスフェルの警備はざるだ。

 かつてクジャンダ王国の王都にも潜伏したことがある身としては、ラッスフェルの警備をくぐり抜けるのは散歩と大差のない難易度だった。何事もなく都市の外に出た女性のもとに、一羽のフクロウが舞い降りる。


『首尾はどうだ』


 フクロウは女性の差し出した腕に舞い降りると、首を傾げて言葉を喋る。その様子に驚くこともなく、女性は口を開いた。


「仕込みはしてきた。相方は私が持ってるから、どこか別の場所で育てて放てば良い」


 ふん、と鼻を鳴らす女性。フクロウは感情の窺えない瞳で彼女を見ていたが、やがて視線を逸らす。


「それより、聞いたよ。【引きずり込む百目悪魔ミ・グレゴワーズ・アンディ】が討伐されたそうじゃないか。【剣姫】は絶好調ということかい?」

『流石は、歴代最高の剣の一族だという感じだな。長年王国を苦しめていたあいつを殺すとは……だが』

「想定内、なんだろう? はいはい、私らはあんたの手の上で踊ることにしますよっと」


 フクロウの言葉を先取りし、女性は肩を竦める。まるで世界そのものを相手にしているかのように、彼女のことを見透かしている相手に逆らう気はおきなかった。


『私が君のことを踊らせていると思っているのであれば、それは過大評価というものだ。君の目的と願いに沿うようにお願いをしているつもりなのだが』


 首をさらに回すフクロウに、女性は笑みを返す。誰にも喋っていないはずの自分の願いが叶うように手回しをしてくることの恐ろしさを伝えたつもりなのだが、周囲の人間を過大評価している彼に限って伝わることはないだろう。


「まあいいさ。あんたの願いは、私の願いと当たらずとも遠からず、ってわけだ。私の願いを叶えるために、あんたは手段をくれた。だから、言われたことはやるよ」

『頼んだぞ、ピード』

「はいはいオゥル」


 話は終わりだ、と腕を大きく振れば、フクロウはかぎ爪を放して勢いよく夜空へと飛び立っていく。どこかから調達したのか、それともオゥルが飼っているフクロウなのかは知る由もないが。


 オゥルはピードと呼ばれた女性が急遽拠点を移すことを知っていた。誰にも言っておらず、報告すらしていないことを。ラッスフェルを出て数時間もしないうちに、フクロウを使者にして接触してきた。こちらの行動のほとんどが向こうに筒抜けだということだ。


「さて……クソみたいな人生だったからねぇ。せめて、世界ごとクソに叩き込んでやろうじゃないか、オゥル」


 くっくっく、と笑いを漏らし、ピードは軽い足取りで闇夜を行く。周囲につきそう虫たちが、思い思いの音を立てて応える。牙を摺り鳴らす音、羽ばたく音、翅を擦り合わせる音――多くの人が騒音と感じるような虫の声を聞き、ピードは陶酔するように表情を変えた。


 

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