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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪役令嬢から転職いたしますの!!

砂埃たてながら疾走した……その後には何も残らなかった。

後悔は無いハズ。

 「やっ、やっと見つけましたわぁぁあああ!!」


 公爵令嬢ネージュ・プワゾン・ニュイ・レスポワール。

 彼女が今いるのは――田舎の屋敷の「屋根裏部屋」

 彼女の手にはーー「求人募集誌」


 彼女が何故、埃まみれの屋根裏部屋にいるのか。何故、こんなに声を張っても、メイドの一人も来ないのか。そこには理由がありました。


 ネージュは元々、この国の第一王子との婚約者でした。

 親同士が取り決めた、恋心の入る隙の無い政略結婚だったが、ネージュは第一王子を恋慕していました。

 「その黄金の髪、深い海に吸い込まれるような瞳、その言葉まで美しく、愛していますの」とまで、言ってのけるネージュに、第一王子が抱いたのは「愛情」ではなく「嫌悪」

 王家程では無いにしろ、大きな力を持つレスポワール公爵家の令嬢を無下には出来ないだろう。という諦めがあったからこその関係だったのです。


 しかし、ある女が現れる事で二人の関係は大きく揺らぎます。

 二人が通う「魔法学校」に突如現れた、美しい栗毛の少女

 メアリー・アルコンスィエル。

 彼女はこの世界の獣、そう野兎から神龍まで意思を交わす「神獣の巫女」と、世界から重宝され、才気のある少女だったのです。

 その美しさと、まるで猫のような無邪気な笑顔に、学園の人々は夢中になった。それは、第一王子も例外では無かったようで。

 第一王子はメアリーに心酔したが、既に公爵令嬢との婚約があった王子は悩んだ。しかし、こう考えてしまったのです。


 「神獣の巫女と婚約出来たのなら、公爵令嬢との婚約を破棄してしまっても王家には損は無いのでは」


 第一王子は確実に婚約破棄が出来る様、メアリーと心を通わせ、ネージュがメアリーに対し嫌がらせをし、命まで奪おうとした。という嘘の証拠の作成を進めました。

 ネージュは第一王子が裏で自分を嵌めるような準備をしている事に一切気づかなかった。いや、思いもしなかったのでしょう。


 そして、先日魔法学校にて「断罪」が行われ、神獣の巫女の命を狙ったとして婚約破棄が認められました。

 社会の闇という冷水を浴びたネージュは、ついに十年以上に渡る盲目の恋から目を覚ましたのです。

 「悲しみ」「怒り」「憎悪」……と行き場の無い感情が身体中を駆け巡る。そのせいでネージュの人格は完全に壊れてしまいました。

 その後、親の権力もあり、貴族籍までは取り上げられなかったが、田舎へ幽閉。

 ネージュを「関係を結ぶ為の道具」としか見てなかった親は、慌てて次の婚約を取り付けました。

 その婚約相手は王国騎士団の騎士団長の息子。貴族では無いとは言え、この国の騎士団は大きな力を持っていた、そこに目をつけたのです。

 しかし、その息子はネージュからみて「最悪」

 食事中はネチャネチャ言わせて下品に食べるわ。女性の気持ちなんて御構い無しにスケベをしようとするわ。おまけに容姿は豚そのもの。

 正直こんな奴との婚約なんて信じられませんでした。

 婚約破棄してきた身勝手な相手、モノとしか見てくれない両親、おまけに新婚約相手は豚男。ネージュの中の何かがブチっと音を立てて切れました。


 ネージュは親にこう言い放ちます。


 「こうなったら令嬢なんてやめてやりますのぉぉおおお!!」


 そして説教をされ、屋根裏部屋にぶち込まれ、現在に至ります。


 彼女の持っている求人募集誌。開かれたページはどうやら食堂の求人募集らしいです。


 「この食堂なら……きっと私も働けるハズですの」


 その食堂は「ギルド」直営と書いてあります。

 この世界のギルドは国と深く関係を持たない、第三勢力の様なモノ。

 自由がギルドの方針の為、出身や身分は一切問わないのがギルドのスタイルだ。冒険者ギルドには元犯罪者や元奴隷だっています。

 そう、そんなギルドの食堂なら「神獣の巫女を殺そうとした元公爵令嬢」だって雇ってくれるハズ。

 そうと決まれば、善は急げ。ネージュは屋根裏部屋から隙を見て脱出し、本家から持ってきた数少ない荷物をリュックにまとめました。


 「貴族籍は取り上げて構わないわ、私は転職しますの!」


 そんな殴り書きのメモを残し、ネージュは二階の窓から伸び放題のツタを掴み、勢いをつけてターザンのように飛び降りました。スタッ、見事着地。

 寮の警備を掻い潜り、第一王子の盗撮をしていた犯罪スレスレ令嬢には楽勝。


 「待っていやがれですの!私の新たな人生ーーーー!」


 元とは言え、令嬢らしからぬ叫び声をあげながら、食堂のある隣街に向かって猛ダッシュするのであった……。

 そういえば、隣街まで遠いけれど、馬車を使っているネージュは公共交通機関を使えるのかな?


 その後居なくなった令嬢に、田舎に配属されていたメイドが肝を冷やしたのは別の話。


 「全然つきませんのぉぉおおお!」


 走っていた。そう街道をひたすら走っていた。

 彼女の頭には公共交通機関を使う。なんていう発想は無かったようで。

 三十分猛ダッシュし、一時間走り、また一時間歩いても、一向に隣街につかない。

 狩りに向かった王子の馬を走りで一日中追いかけていた過去を持つ、ネージュだが、そろそろ体力の限界を迎えそうです。

 今もゼェハァと息を乱し、汗を垂らしながら「クソったれぇぇぇ」と叫んでいる。どこのB級映画の人物やら。


 その咆哮に引き寄せられたのか、街道にある獣の気配が近付いていた。

 突如闇から現れたのは、トネールベア。

 鋭い牙と爪を持つ三メートル程のモンスターだ。しかし、最も怖いのは雷のような電撃を使う攻撃。


 「グルルルァァァァァァアアアア」

 「うるさいですのぉぉぉおおおおお!ブッ○すですのぉおお!」

 「……!?」


 トネールベアの威嚇の咆哮が辺りに響き渡る、その瞬間、ネージュが地を蹴り、宙へ浮く、心身を翻し、どこで覚えたのか汚い言葉と、空を切る音と共に、キックを喰らわした。シュタッッ着地。

 キックを喉元に貰ったトネールベアは泡を吹いて倒れた。中々グロい事になっています。


 「ふぅ……モンスターが厄介ですの。待ってろですの!私の新天地ぃぃぃいいい!」


 この後衛兵達が街道にてトネールベアの死骸を発見し、騒ぎになったのはこれまた別の話……らしいです。


 窓を飛び降り、トネールベアを蹴り倒し、街道をめげずに全力疾走してきた所で、やっと明かりが見えた。隣街です。

 隣街が見えた所で同時に見えたのは閉まりかけの門……


 「ちょょぉっと待ったぁぁあああ!」

 「なんだあれぇ!」

 「よくわからねぇがやべぇ奴が来た!門を閉めろ!!」


 衛兵達はこぞって、ざわざわざわ……

 砂埃を巻き立ててやって来たのは牛か?熊か?狼か?ざわざわざわ……


 「いや待てあれは人だ!門を閉めるなぁ!!」

 「もう遅いっすーー!」


 令嬢でした。

 もう門は四分の一程度しか開いていない。上司の無茶振りに部下君涙目。ご愁傷様。

 すると、また地面を蹴り、身体を宙に浮かせたネージュは、その勢いを利用し、キックの要領でスライディングした。

 閉門ギリの門に見事滑り込んだネージュ。スポーツ選手も涙目。


 「やって……やりましたわ」


 フッと息をつくように笑うと……バタッ

 ネージュは思いっきり顔面からぶっ倒れた。鼻血だらぁ……。

 スーパー令嬢とは言え、長い街道の道のりは辛かったみたいです。


 「隊長ぅぅう!人がっ死にましたぁあ!」

 「ばっきゃろぅ!死んでねぇよ!」


 門は突っ込んできてぶっ倒れた女のせいで大騒ぎ。

 部下君はさっさと動け!と隊長に頭をはたかれてました。強く生きろよ。




 「スーピースーピー…………ハッ……ここはっ!」


 ネージュが目覚めると、そこに見えるのは知らない天井。

 門に滑り込んでからの記憶が無いネージュはプチパニック。

 ネージュが騒いでいると、部屋に一人の女性が入ってきます。エプロンをつけたおばちゃんです。


 「おぉ起きたか」

 「マッマ……!?」

 「んなわけねぇだろ」


 ネージュにツッコミを入れたおばちゃんのエプロンには「三匹の丸豚」の文字が。

 「三匹の丸豚」はネージュが目指していた食堂の名前。


 「どぅわぁぁあ!」

 「な、なんだ!?」


 いきなりエプロンを指して叫ぶネージュにおばちゃんはドン引きです。さっき入ってきた扉まで後退しました。


 「ここは食堂ですの!?」

 「あぁ、うん」


 おばちゃん素に戻ってますよ。


 「ここで働かせて下さい、ですの!」

 「てめぇの親、豚にしてやろうか?」


 指先まで伸ばし切り、綺麗な土下座と共にお願いしましたが、おばちゃんに軽く一蹴りされました。土下座なんて、どこで覚えたんでしょうね。


 「ど、どうしてですのっ!」

 「明らかにヤバい奴だからだよ!!」


 街道を砂埃をあげて走って来て、門にスライディング、からのブっ倒れで鼻血だらぁ……。

 変人のフルコースだ。誰も元公爵令嬢だなんて思わないだろう。


 しかし、おばちゃんは考えた。ここで、こんな変人を野放しにしていいのか?と。

 門で倒れた女の子がいると聞いて引き取ってしまったが、とんでもない危険人物だったら?いや、危険人物だ。

 しかし、「三匹の丸豚」はギルド御用達の食堂だ。夜なんて、こんな女の子が店内にいたら色々面倒だ。そうか、店内に置かなければいい。


 「材料採ってくる事とか出来るか?」

 「お安い御用ですの!」


 必要な材料の書かれたメモと袋を渡されたネージュは森に直行しました。



 「キノコシシ……キノコシシ……」


 作業開始から三時間、大体の材料にチェックがついていますが、一つだけ獲れてない物が。

 キノコシシは背中にキノコが生えた猪のようなモンスターで、キノコの成分のおかげで肉の質が良いんだとか。

 キノコも猪から栄養を貰い、美味いらしい。WIN-WINの最先端モンスターだ。

 普段は一時間も森を駆けまわれば二匹位は見つかるのですが、悪運だけは強いネージュは一向に見つからない。


 その時、何やら藪からゴソッゴソッと音が聞こえた。

 何者かの気配を感じたネージュは顔を明るくします。ようやくキノコシシか!と。


 しかし、藪から現れたのは、今一番ネージュが会いたく無かった奴。


 「マジで森迷っちゃったーー!」

 「なんでここにいるのよ!ク○女!」


 藪から蛇ならぬ、藪から巫女でした。

 猿と対面した犬のようにフーッと威嚇するネージュを見て、「神獣の巫女」メアリーは首を傾げた。


 (こんな野蛮な知り合い、いたかなぁ……?)


 しかも、何やら相手はおこな様子。できれば関わりたくないな……とあからさまに嫌な顔をしてみせます。


 「苦虫を噛み潰したみたいな顔されてもね!こっちだって会いたく無かったわよ!」

 「てか、どちら様?」

 「はあぁぁぁ!?」


 人の婚約者を略奪しておいて!と地面が割れそうな程、激怒するネージュを見て、メアリーはやっと思い出した「あの女か」と。


 「レスポワール公爵家のネージュ様じゃないですか、ご無沙汰しております」


 丁寧な挨拶の奥にあるのは敵意。顔にくっ付けた作り笑顔から透けて見えてしまっている。


 (めんどくせぇ……なんでここにいるんだよ)

 (なんでここに略奪女がいるんですの)


 「わたくしは忙しいですの、失礼」


 嫌いな奴とは話さないに限る。もうすぐ日も暮れるので門も閉まるかなと思ったネージュは、キノコシシを諦めてスタスタと街への道を進む。

 ネージュがいなくなり、急に暗くなり始めた森。

 メアリーの上には何やらコウモリがパタパタ……昼間は心地良かった葉のざわめく音も今ではどこか不気味で……。


 数分後、ネージュが歩いていると背後から叫び声と足音が近づいてきます。


 「まっ街に行くなら案内してちょうだいぃぃ!」


 迷子の巫女でした。本当はネージュに頼りたくないのだろう、納得の行かない顔をしながら擦り寄ってくる。巫女だって夜の森は怖い。


 「離して頂戴」

 「お願いよ!何か一つ力を使ってあげるから!」


 涙目で擦り寄ってくるメアリーを見て、ネージュは一つ名案を思いついた。こういう時だけ頭の回りが速い。


 「貴方は獣達と声を交わせられるのでしょう?」

 「ええ、それが神獣の巫女の能力だからね」


 ふふんっと軽くドヤ顔をして此方をチラチラ見てくるメアリー。

 無性にムカつくな、ネージュは無視して歩き始めた。


 「ちょっちょっと待てぇぇえ!」


 可哀想なので、付き合ってあげる事にした。


 「じゃあ、その能力を使って、キノコシシをここに呼んで頂戴」

 「任せて頂戴」


 腕まくりをしながら、メアリーは鼻を鳴らす。

 そして、また、ドヤ顔。どうだ?私凄いだろってね。


 「そのキノコシシを獲って帰る訳だけれど、神獣の巫女としてどうなの?」

 「声を交わせられるだけで、別に獲って食おうが、炙り殺そうが、関係無いのよ」

 「巫女って随分薄情なモノね」


 軽く会話しながら、メアリーは準備を整えていた。

 どうやらその準備とやらが終わったようで、今度は何やらブツブツ呟いている。

 呟きが終わった瞬間、巫女が高らかに叫んだ。


 「みんな!集まれぇぇぇええ!」


 今までとは一変、精一杯の(作り)笑顔と共に。


 「……どこの子供向け番組のお姉さんですの」

 「うっさいわ!」


 二人が言い合いをしている間に、ガサガサ、ガサガサと辺りに次々と気配を感じる。

 わさっと藪から出て来たのは野兎に、小鳥、リス、強いてはもぐらまで。そして最後に現れたのはキノコシシ。

 キノコシシが現れた瞬間、ネージュは思いっきりナイフを振りかぶります。


 「豚には良い思い出が無いんですのぉぉ!覚悟ぉぉおおお!」


 あの豚男を重ねながら、ネージュはナイフでキノコシシの眼球をブッ刺す、一刺し、二刺し、三刺し……辺りに広がるのは赤、紅、朱……。

 「ブギィィィイ」という断末魔と共にキノコシシは倒れた。

 猪なのにね、可哀想に。


 「貴方、容赦無いのね……」

 「キノコシシは眼球を狙うといいですのよ」

 「そんな豆知識、いらないわよ」


 犯罪者を見るような目で、ネージュをメアリーが見ているが、ネージュは気にする事も無く、血抜きに取り掛かっている。


 血抜きや必要な事も終え、ネージュは街に連れて行ってやるか、と思った時だ。

 ドシッドシッと、明らかに今までの足音と質量が違う足音が背後から聞こえてきた。

 二人が恐る恐る背後を振り向くと、そこにいたのは……


 「ト、トルネードベアァァァァァァ!?」

 「にっにげろーー!」


 五メートルにも及ぶ巨体、鋭い眼光、強靭な牙と爪、そして突風を起こすというトルネードベアが此方を睨み付けていた。

 昨日、ネージュがブッ倒したトネールベアとは話にならない程強い。

 数々の冒険者がやられて来た宿敵だ。


 「ちょっと略奪女!先に逃げてんじゃ無いわよ!」

 「しらねぇよ!っておまっ足速すぎだろ!」


 スーパー令嬢の脚力を侮るなかれ。先方を走っていた筈のメアリーはいつの間にか追い抜かされ、ネージュは遥か先を走っています。


 「ちょっ待ちなさ……きゃっ!」


 可愛らしい声をあげて、メアリーは木の根に躓いて転んでしまった。森の道って走りにくいですよね、分かります。

 と、すぐ近くにはお怒りの様子なトルネードベアさん。こんにちは。


 「しっしぬぅぅぅうう!」


 その叫びがメアリーのこの世とのさようならになるかと思われた、その時……。


 「転んでんじゃ無いわよ!だっさいわねぇぇえ!」


 先を走っていたはずのネージュが、トルネードベアにお得意の令嬢キックで攻撃。

 トネールベアを一発でブッ倒したキックですが、流石トルネードベア、軽く怯む程度です。


 「さっさと逃げるわよーー!」


 呆けて突っ立っていたメアリーの手首を掴み、ネージュは持ち前の脚力で森を駆け抜けます。

 そして、ようやく森を抜けて、街が見えてきました。



 その頃の門の話です。

 今日も元気に働く部下君。昨日、隊長にはたかれた所が禿げましたが、帽子で隠せばヘッチャラです。きっと。

 今日の仕事は門の外の監視係。もう、外は暗いのでモンスターがいないか監視する大事な仕事です。

 すると、今日も「また」砂埃が此方に来るではありませんか。


 「隊長ぅ!ま……また砂埃がぁ!」

 「慌ててんじゃねぇ!どうせまた例の女の子だろ!」


 ガハハっと笑う隊長、何やら心配になった部下君は双眼鏡を覗き続けます。

 するとある程度近づいて来た所で、何が来たのかが見えました。

 昨日の女の子を含む二人の女の子とーートルネードベア。


 「隊長ぅ!とっ、トルネードベアがぁ!」

 「いくら熊みたいな女の子だからって女にトルネードベアは酷いんじゃねぇか?」

 「本物ですぅ!」


 本物ならそう言えよっ!と隊長に、理不尽に頭をはたかれた部下君。

 毛根は頭皮と完全に別れを告げたようです。部下君涙目。


 「おいっ!トルネードベアだ!早く門を閉めろぉ!!」

 「隊長!女の子二人も来てますぅ!トルネードベアと追いかけっこしてますぅ!」

 「ふぁぁー!?」


 隊長も涙目。しかし、隊長は構わず門を閉めろ!と指示を出します。隊長が守るべき者は二人の女の子より、街の人々です。


 「隊長ぅ!女の子をっ……見捨てるんですかっ!?」

 「仕方ねぇだろぅ!街の奴らを守らなきゃいけねぇんだ!」


 その言葉を聞くと、部下君は突然、監視塔を飛び出して、門の外に出て行きました。部下君、今日だけは勇者です。


 「おいっ!無茶だ!戻れぇぇえ!」


 そんな隊長の叫びを背に、夜の街道を走って行きます。月明かりが彼の横顔を照らしていました。



 一方その頃ネージュ達。

 街道に出てからは森より幾分も走りやすくなりましたが、メアリーはそろそろ体力の限界です。

 手首を掴まれて走っていますが、その間もどんどん開いていきます。

 もう少しで街だから!とネージュがメアリーを励ましながら走ります。今日だけは休戦らしいですね。

 すると、前方から人影が一つ。此方に向かって来るではありませんか。


 「あなた達二人は僕が助けますぅ!!」


 部下君渾身の叫び。

 しかし、無我夢中で走る二人には聞こえなかったようで。


 「危ないですわぁああ!邪魔ですのぉぉおお!」

 「助け……うぇ?……うわぁぁあああ!」


 走り抜けざまに、ネージュのキックが炸裂。軽めに蹴ったつもりでしたが、流石殺熊キック。軽い部下君はぶっ飛んでいきました。ドンマイ。


 さぁついに門の近くまでやって来ました。

 しかし、昨日より隙間の無い門。さぁ問題、二人はどうやって通るのでしょうか?


 「跳びますわよぉぉおおお!」

 「はぁぁぁあ!?」


 正解、跳ぶ。

 ネージュはそう言った瞬間、メアリーを抱き抱え、地面をキックの要領で蹴り上げます。

 そのキックは凄まじく、蹴った地面を中心に突風が発生。

 なんて事でしょう。突風に支えられ、二人の身体は高い門を跳び越えたのです。ホワタァ、着地。


 門の外ではトルネードベアが呆然としています。その巨体に似つかない、まん丸の目をパチクリ。


 (俺と同格の突風を出せる人間か……魔道士!?)


 格闘家(元令嬢)ですわ。熊さん。


 その後トルネードベアは突風を起こした女の子に畏怖し、本気を出されたら負けるかも……と街を離れていきました。


 「し、死ぬかと思ったぁぁぁぁ」


 空中体験をした、メアリー。幼い頃、鳥に連れ去られ高所恐怖症になった彼女は顔に青筋を浮かべています。


 「まぁ本気を出したらこんな物ですわ」

 「これ森でやってたら、走る必要無かったんじゃないの?」

 「…………」

 「ねぇ」


 木が折れると危ないし……とか何とかメアリーを説得している時、周りから拍手が巻き起こります。

 トルネードベアから逃げ切り、突風を吹かせ街を守った英雄だ、と。

 祭り騒ぎの街の中を照れながら歩いて、食堂に向かうのでした。



 「うん、あんた冒険者やったら?」


 食堂に帰ってきたネージュ。

 やけに遅かった為、おばちゃん事情を聞かれたので正直に答えたら、こう言われました。妥当なアドバイスですよ、おばちゃん。

 後ろでは、飲みに来ていた隊長と、あの後、回収されて酒に付き合わされてる部下君もいます。隊長はおばちゃんの指摘に大笑いです。


 「私は食堂で働きたいんですの!」


 血生臭い仕事は嫌だ、と言い張るネージュ。

 トネールベアを倒し、キノコシシの眼球をブッ刺したのは、どこの誰でしょうか。


 「で、あんたはいつまで付いて来るんですの」


 ネージュの背後にはメアリー。

 いやぁ宿の場所忘れちゃってねぇ〜とへらへら笑っています。どうやらメアリーはこの街に旅行に来たようで。


 「あんた、一人旅ですの?」


 と、ネージュが話しかけたその時でした。

 食堂の扉が開け放たれ、外から豪華な服装をした男と従者達が入ってきます。


 「愛しきメアリー!探したんだぞ!!」

 「うっわ」


 入ってきたのは、これまた今会いたく無いやつランキング、トップクラスの第一王子でした。

 第一王子も此方に気付いたらしく、顔をしかめ、演技のように、こう言います。


 「ネージュ公爵令嬢ではありませんか、メアリーへの嫌がらせですか?懲りないですね、此方も対応を考えさせて頂きますよ?」

 「「「公爵令嬢だってぇぇぇええ!?」」」


 おばちゃんに、隊長に、部下君。それに事の顛末を見ていた冒険者達も驚きすぎて酒を落とした物までいます。

 スライディングで門に入って来て、鼻血倒してブッ倒れて、熊を突風で撃退した、この野蛮女が公爵令嬢ですって?


 ネージュを引っ張り出そうとする、第一王子を見て、何か思う所があったのか、その間に入り、メアリーが止めます。


 「何をする?メアリー」

 「この方は公爵令嬢ではありませんよ、ネージュ様とは全くの別人です。こんな野蛮で下品な方が令嬢な訳ないでしょう?さぁお気になさず、行きましょう」


 そう言ってメアリーは第一王子の手を取り、外へ出て行きました。

 最後一度だけ振り返って、ネージュに向かって舌を出して見せてましたが。

 まぁ彼女なりの、感謝、なのでしょう。


 その夜「三匹の丸豚」では街を救った英雄と、英雄を育てるおばちゃんと、街を守った隊長と、今夜だけの勇者を中心に夜がふけるまで、宴が開かれたそうで。



 その後、ネージュを探す為レスポワール公爵家は様々な手を使いましたが、ネージュが豹変していたからか、はたまたメアリーの発言のおかげか、はたまたおばちゃんが使いの者を突っぱねたからか、元の生活に戻らされる事は無かったようです。

 めでたしめでたし。

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― 新着の感想 ―
[一言] 疾走感溢れまくる面白い作品でした…w
[一言] 王子にざまぁをください!!
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