二話
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時計を見ると正午過ぎ。
ランチメニューが充実していないこのお店はお昼時に混むことがないから、ぶっちゃけ楽。
近場にメニューが充実している食堂が建っていて、昼食目当てのお客はそちらに流されるからだ。
お店の回転率も味も花丸な食堂だから、この田舎では好む人も多い。
私もその一人。オーク肉とかめっちゃ美味しい。
ちなみにその食堂の看板娘とは近くの街に遊びに行くほどの仲良しである。
ま、今日の私のお昼ご飯はバイトちゃんお手製おにぎりなんですけどね。
カウンター席に座り、いただきますをする。
二回目にしては十分上手な三角おにぎりを頬張る。
鮭の塩気とごはんがマッチしていてなんとも美味しい、最高。やはり日本人としてはやっぱり和食に尽きる。
「もぐもぐ、ズズッ…ぷはぁ。お茶も美味しい…。」
気分はもっぱらおばあちゃんである。
鮭だけじゃなくて明太子とか、ツナマヨもたべたいなぁ。
でもこの世界、日本らしい物が壊滅的に少ないのよね。日本産ゲームなのに。
お茶だって紅茶が主流だしね。みんな、緑茶ニガーイとか言うのかな、その苦味が良いのに。
そもそも、お米とお茶が見つかったのも奇跡に近い。
最近、良く来るお得意様の伝手で取り寄せて貰い、やっと手に入った代物であるから量も少ないのだ。
あ〜あ、醤油に味噌も欲しいんだけどなぁ。
そんなことを考えながらまったりと休んでいると勢い良くドアが開けられた。
ドアが壊れるから止めてほしいと頭の隅っこで考えながら染み付いた挨拶を言いかけた。
「いらっしゃいまー………うげ。」
ドアを開けた主を見て、挨拶も言い切らずに変な声が漏れた。
出来るならば会いたくない人物がそこにいた。
「なんだよ、俺を見てあからさまに嫌な顔するなよな。結構、傷付くだろ。」
「はぁ〜。だって対応を非常に気を付けなければいけないお方なのですもの。メニューは如何なさいましょうか、ノアールさま?」
やってきたお客はこの国の第二王子ノアール殿下だった。
な〜んか最近よく来るのよね、コイツ。
わざわざ王都から遠く離れた田舎に逃げたというのに、あっさり身バレに住所特定されるなんてねぇ。
どーせ王家の差し金で、私が謀反とか起こさないか偵察しに来てるんでしょうケド。
別に見張りなんか寄越さなくても何もしないし、わざわざ王族様がこんな田舎まで来るんじゃないっつーの。
ま、来たところで何にもしないし、お得意様だし、金払い良いし、顔は良いし、お米とお茶も取り寄せてくれたし……あら結構良いこと尽くめじゃない?
でもあんまりノアール殿下、好きじゃないのよね。
この人性格も髪も黒いんだもの。手のひらの上でコロコロ転がされてる感じがしてなんか嫌?っていうか。
それになんかしたら不敬罪だし、あー怖い怖い。
残りのおにぎりをお茶で流し込んで食器を洗い場に持っていく。ごちそうさまでした。
バイトちゃんに差し出されたトレイとメニュー表を受け取って、メニュー表はノアール殿下に、トレイに乗った紅茶とお菓子はそれを注文をしたお客に配膳する。
メニュー表を凝視しながらノアール殿下が何を頼もうか悩んでいるのが嫌でも目にはいる。
艶々の黒髪に綺麗な所作が彼の色っぽさを引き立たせていて不覚にもドキリとした。
うっわ、まつげ長っ…。
ぐっ、トキメイては駄目よキャシィ。惚れたら馬鹿にされる運命しか待ってないわ!
「ランチメニュー、一向に増えないのな。」
「!!」
急に話しかけられたのに驚いて体が少し仰け反った。邪な気持ちがバレていないかと焦ってしまう。
いや、バレてない大丈夫、セーフ!
「だって増やしたら忙しくなるじゃない?」
「じゃない?って…普通逆だろ。忙しくなったほうが嬉しいんじゃないのか?」
言っている意味がわからないと言いたげに首を傾げる。
うっ、キラキラ眩しくて直視できない。
バッと顔を逸らして答える。
「午前中のポーションで大体稼いでるからね。それにうちは喫茶店、ランチではなく甘味と紅茶と珈琲と、可愛い女の子が売りなので。」
それを聞いていた常連のおじちゃん達が「俺、キャシィ嬢ちゃん注文する!」「じゃ、俺バイトの子!」とか言い出しやがったので雑にあしらう。
「はーい、セクハラは禁止でーす。」
たっく…どこに行ってもセクハラ親父はいるもんなのね。
おかげでトキメキが中和されたから今回だけは許してやろう。次言ったら右フック決めてやる。
「クスッ、フハハッ!」
いきなりノアールが笑い出した。
続けて「なんか、令嬢らしさが抜けて逞しくなったな。」と目を細めて楽しそうに言う。
カチンと来た。
「はぁ!?それがレディに対して言うことですか!?そうですよ、どーせ私は荒くれ者ですよ!!」
なによコイツ!!腹立つ!
「アハハッ!じゃぁ、いつものミートスパゲッティで。」
「りょーかい!!ゆっくりしていってくださいな。」
額に青筋たてながらニッコリ笑顔を向けるも、悪びれもせずいまだにケタケタ笑っている。
ほんっとに性格悪いんだから!!
しかめっ面でカウンターの奥に行き、棚から乾燥麺と冷凍庫からタッパーを出す。
タッパーの中身は作り置き冷凍ミートソース。
限りなく即席で作れるようにしてあるのだよ、と心の中でドヤ顔する。
キッチンに立つとバイトちゃんが横に並んできた。
鍋に水を入れて塩を振り、乾燥麺を入れる。砂時計をひっくり返したら、ミートソースはタッパーごとお湯に浸して解凍。
砂時計の砂が半分ほど落ちた時、バイトちゃんがお客に聞き取れないように小声でこっそりと話しかけてきた。
「この国の第二王子、でしたっけ?あの人。」
「そ、第二王子のノアール殿下。滅多ことがない限り、不敬罪になることはないから安心して。」
「ふむぅ、イケメンさん、なんですかね?」
珍しい、バイトちゃんがそんなこと聞くなんて。
最近知ったのだが、人族とそれ以外とでは美的センスが大幅に違うらしい。
黄金率などに美しいとは感じるが、容姿に優劣も何も感じ無いのだとか。正直羨ましい。
貴族社会だとブランドに流行、金銭的価値やら威厳など面倒くさいことづくめ。ワンシーズン遅れただけで、貧乏だのセンスが無いだの。
揃いも揃って流行を模倣しただけの奴らの方がセンスないと思うのだけど。
ともかく、だからこそ容姿について聞いてきたのに少し驚いたのだ。
「あー、一般的な人間の美的感覚的には、イケメンかなぁ。」
砂時計の砂が全て落ちて山ができる。
フライパンでミートソースを温めたら湯切りしたパスタを入れて火を止める。
バターを少し加えてトングで混ぜる。
「キャシィ姉様は第二王子のこと好きなんですか?」
「はぁっ!?」
いきなり何を聞くのだろうか、と思いバイトちゃんを見ると、恋バナをしているとは思えない表情をしている。
どこまでも見透かされてしまうような瞳に見つめ返されて、たじろぐ。
「嫌い、じゃない。」
そう、歯切れの悪い答えを返すことしかできなかった。
見た目相応に幼く笑って「店長、ミートスパゲッティそろそろ良いんじゃないですか?」と彼女が言う。
その表情にホッとするも、先程の瞳を思い出して背中がゾクリとした。
何も言えなくなって押し黙ったままお皿にミートスパゲッティを盛り付けて配膳しに行く。
「はい、ミートスパゲッティです。」
ぶっきらぼうにそう言うとノアールと目があった。
「なんか、顔色悪いぞ。風邪か?」
「だ、大丈夫だからっ!風邪じゃないしっ!!!」
そういうと近くに寄ってきた。
驚いて彼を思いっきり突き飛ばすも全く動じない。
顔がいきなり近くまで来るもんだから、力が入ってしまったのにも関わらず、彼の体はびくともしなかった。
優しく掴まれた腕からノアールの体温が伝わって熱い。
軽くキャパオーバー気味の私をよそに、彼が私のおでこに手のひらを当ててくる。
顔が熱くなって心臓がバクバクと騒がしい。
「熱は…って顔真っ赤じゃないか!本当に大丈夫なのかっ!?」
あんたのせいです!!
……なんて言えるわけもなく力無く何度も頷く。
心配そうな顔をして彼が離れた。
「無理、するなよ?」
「……無自覚女タラシ。」
「なんか言った?」
「なんも。」
少女マンガの難聴系主人公かよ。
ふにゃりとニヤけてしまう頬を隠すように手の甲を口元に押し付ける。
あまりにもチョロすぎる自分に苛々する。それ以上に心配された嬉しさが勝ってしまう。
このままでは心を乱されかねない、さっさと仕事に戻らなくては…!
冷静さを取り戻すためにぶんぶんと頭を振った。
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時刻は六時。
普通なら夕食時であるこの時間帯に差し掛かると、お店には閑古鳥が鳴きにやってくる。
夕暮れのオレンジ色が窓から入ってきて店内を暖かく照らす。
当然、やることが無いので限りなく暇になる。
「う〜ん。邪魔ね、この髪。切るか。」
唐突に髪の話をするくらいには。
「ショートカットですか?キャシィ姉様は可愛いからショートカットもきっとお似合いですよ〜!」
「ほんと?じゃあ切っちゃおうかなぁ!」
直球に褒められると少し照れてくさい。
結ぶには長さが足りなかった横髪の一束を指に絡めては離すのを繰り返す。
「え、切るの?勿体無いな。」
未だにお店に居座るノアールが口を挟んできた。
今はクッキーを片手に紅茶を飲んでいる。
いつまでいる気なんだ、なんて言葉が出かかるのをぐっと手で口の中に押し戻す。不敬、不敬。
「切る切らないは私の勝手でしょ。」
「まぁそうだけどさ。こんなに綺麗な髪、やっぱり切るのもったいないじゃんか。それに俺髪長いほうが好みだし。」
「………あ、そ。ありがとう。」
………。髪は長いほうが好み、か。
覚えて置いて損はないだろう。別に他意は無い、決して。
あくまで、心に、留める、だけ。うん。
あれ、…?
「もしかして、眠いの?」
ノアールがさっきからうつらうつらと眠そうにしているからそう聞くと、「や、ちょっとだけ。」と言ってにへらと笑った。
ここは王城からもかなり離れた立地にあるため長旅になってしまい、あまり眠れていないのかもしれない。
第二王子だから公務が忙しがったり。
疲れているのも無視してここまで来た可能性も…。
だとしたら、お店なんかにいないで早く宿に帰って寝ろと言いたいが、頑なに帰ろうとしないのは私を見張るのが仕事だからなんだろう。
「眠いなら寝ればいいじゃない。眠すぎて倒れられたら困るんだけど。」
「そっか。ごめん、ちょっとだけ寝かして欲しい。」
そう言って私の返答も聞かずに寝はじめた。
よっぽど疲れているのかな。
……私にもっと聖女の力があれば、治癒魔法で彼を少しでも癒せたのに。
そんな思いが頭をよぎる。
いや、もうやめよう。私に聖女の力を期待なんかしてはいけない。
聖女になる為のイベントだってクリアできなかったんだから。
できなかった、というよりは失敗した、だよね。
聖女の卵は恋が実ることで聖女になれる。
ハッピーエンドを迎えられなかった主人公は一生聖女になることなんて無い。
そういうシナリオで、それが決められたエンディングだから。
唯一、ポーション作る魔法を取得することができた。それだけでもましな方といえる。
もちろん、最初はシナリオに抗いたい一心で色んなことをした、やれることはやった。その結果としては魔力量が幾分か増えたことくらいだが。
聖女になれなかったのは、失敗した私が悪い。わかってはいる。
でも、だって、しょうがないじゃない。
知らない間に、第一王子ルートに入っていたんだから。
無理だと思っていてもルートに入った以上は第一王子と結ばれなければ私は聖女になれないんだから。
どんなに他に好きな人がいようが、自分の恋よりも大勢の命を優先しなければいけないじゃない。
それがたとえ乙女ゲームの世界でも。一人一人に意思があって命があるんだもの。
結局、聖女になれていないけどね。
誰も見てないのをいいことに、そっとノアールの頭を撫ぜると、ドアの鐘がカランと鳴る。
「いらっしゃいませー。」
ニッコリ笑顔で来店したお客の対応に当たった。