88:リヴェン包囲網Ⅷ
「そっちへ行ったぞ!」
大柄で斧を持った男が裏路地へと入って行く俺を指差して叫ぶ。
エルゴン全域に緊急警報が鳴り響く中、ストレガから出て通りの角を曲がった瞬間にベップと再会を果たす。
サモエドの姿にも関わらず、ベップは仮面を被っているからという理由で全員を捕縛しようとした。
そんな横暴があってたまるかとウォンが反論しようとしたが、緊急事態時ではギルド員の権限により強制連行がまかり通っているのが、このエルゴン内での条例。
このまま足止めをくらうよりも俺が囮となればモンドがいる八番倉庫まで行きやすくなる。
イリヤをウォンへと預けて、狼人化してベップへと強襲した。
魔力を吸収したわりに反応速度は変わりなく、攻撃は背中に預けていた青龍刀で防がれた。
ベップは狼人の姿を見て驚かなかった。バルディリス連邦の人間だから見慣れているからと予想しておこう。
攻撃は防いでも狼人の巨腕で皆からベップを大きく離して追撃する。
何も言っていないが察したガストが一番初めに見切りをつけて全員を誘導する。
ウォンが「化物だ~」と、棒読みで叫んでからガストの後を追い、イリヤも恥ずかしさが隠しきれていない叫び声をあげていた。
その中で信千代だけが二人の奇行に首を傾げていた。
それでいい。
俺とはまるで無関係を装ってくれれば、その場しのぎでも隙が生まれる。
「動いている狼人生で見るの初めて!」
狼人の力で組み伏せようとしたが身体が柔らかいのかすり抜けられて、距離を取られる。
「そうかい。男は全部狼になれるんだよ、知っていた?」
「まだ日中だけどね!」
「昼夜問わず狼になれる男が真の男ってものさ」
「それ知ってるよ、発情期ってやつでしょ!」
「そう、正解!だから君には構ってられないのさ」
「あ、待て!お座り!伏せ!」
倉庫街とは反対の方向へと脚を向けて走り出す。
イリヤ達が大声を出してくれたおかげで近くにいるギルド員達がここぞと俺の方へと集まっているのが現状である。
さてはて、どうやってこいつらを巻いて倉庫街へと行こうかな。
かなりの速さで走っているけど視界から消えることが中々できない。
あちらには地の利があり、こちらにはない。
また屋根の上へ行ってみようにも、さっきみたいに屋根の上で待っている奴もいる可能性がある。
地上よりはマシか。
そう判断して壁を伝って飛び上がる。
狼人の鼻で風上から漂う人の臭いを感じ取る。
場所は分からないけどいるな。
目を凝らして屋上、民家の窓を見る。屋上には人はおらず、窓からは外の様子を伺っている人達がチラホラといる。
視野外から魔力反応を感知して、振り向くとエノンが飛び掛かって来ていた。
エノンの武器はフランベルジュで、波打っている刀身の表面は不気味に青光りしていた。
さっきみた針を射出する魔遺物?で勢いをつけて回転しながら俺に斬りかかってきている。
高速回転しているのだが、狼人の目では目で追える回転をしているのと変わらないので、フランベルジュを右手の爪で受け止める。
「ひょっとこ仮面さんは魔族だったのですね」
後頭部につけているひょっとこの仮面で俺だと判別したようだ。
「昔ちょっと魔族だっただけだよ。
ねぇ俺との力の差分かったでしょ?これ以上は怪我人を増やすだけだよ?」
「貴方が大人しくして頂ければこちらも被害を拡大しなくてもよいのですが
・・・そうはいかないのですよね」
「そうなんだよねぇ、一般人は傷つけたくないし君みたいな善良な人達も傷つけたくないんだよ」
「綺麗事で済ませたいなら早く捕まってください」
「このままじゃ埒が明かないね。ねぇ君の目的を教えてよ」
「なんですって?」
「君はバルディリス連邦の奴等とは違う目的で動いているんでしょう?
ワワ達とも違うようだし、問答用無用で攻撃してくる割には手を止めて会話をしてくれる。
まるで俺の腹の内を読もうとしてくるかのようにさ」
「根拠がありませんね。私は規律に従い仕事をしているだけです」
証拠や根拠を出せと言うのは質問の内容を認めて次の話の展開へと持っているのだ。
そこまで隠す必要がないが仕事の手前上隠しているようだな。
「仕事ね・・・ワワも仕事熱心だったけど、俺の事は見逃してくれたよ」
「残念ですが、ワワさんよりも私は仕事に情熱を預けていますので」
そうエノンが言い切った所で複数の魔力反応が俺を囲う。
「逃げたいと言うならどうぞ、私達の手から逃げきってみてください」
ちょっとだけ会話していただけなのに複数のギルド員に詰め寄られていた。
弓や弩や小銃と言った遠距離武器が俺を狙い定めている。
「私は見守っていますよ」
フランベルジュが小さな魔遺物へと戻るとエノンは俺の胸板を蹴って地上へと降りて行った。
エノンが射線から消えた事によって、俺に向けて一斉射撃が行われる。
反射板。
それを起動させた瞬間に向かって来ていた矢、弾全てが音を立てて弾かれる。
俺の周りには四角形の透明な板が複数浮いていた。
これは小指サイズの小さな四角形の魔遺物のスキル。
本来は腕に同じような四角形の盾を装備するのだけども、魔遺物が混ざり合ったことにより物体と魔力を持ったものを、反射する板を複数、魔力で操作しながら出現させるスキルになった。
欠点はこれを使っている最中動けなくなることと、秘蔵の魔遺物なこともあって魔力使用量も中々大きい。
他のスキルと併用して使えないので完全に防御姿勢を取る時だけにしか使えない。
自分の保持魔力容量を超えない限り反射するので超便利ではある。
まさか自分達の撃った矢や弾が返されるなんて思ってもいないギルド員達は肩や脚に受けてしまう。
大事な血管や臓器を貫いてなければいいけど、まぁ殺す気で撃ってきたんだし仕方ないよね。
「上はがら空きのようだな」
今度は上からジツガイムが太陽を背にして現れる。
「君みたいなのを誘い入れる為に空いているんだよ」
拘束鎖錠。
右手の五指から鎖が出現してジツガイムの刀と身体に巻き付ける。
刀で抵抗しようとするも、この鎖の特性で弾くまたは斬ることは許されない。
五本の鎖で狙いを定めたものは確実に絡めとる。
「なっ!そんな馬鹿な代物が!」
ジツガイムを空中で捉えた後に鎖を伝わせて魔力吸収をする。
二度目の魔力吸収により力が抜けていくジツガイム。
説明しよう。
この拘束鎖錠は俺が目で認識したものを捕らえる優れた代物である。
効果範囲は二メートル程度で、それ以上は認識していても反応さえしない。
元々の魔族が偏屈物だったせいで、この鎖の魔遺物は限定的な使用条件を設定されており、限定条件を満たせば内包する力を特別なもの変わる。
限定的な使用条件は二メートル以内に使うのもそうだが、使用した部分から腐り堕ちていくのが限定的な条件だ。
人を辞めている俺には関係ないね。
腐り堕ちる指を治しながらジツガイムの魔力を吸い取っていく。
「何だその力・・・古代魔遺物級の力ではないか・・・」
虚ろになっていく目でジツガイムが言った。
「そうだよ。
ついさっきの俺とは大違いだよ。
そこら辺の人間程度では止められないよ。そう伝えておくよ。
追ってくれば今度は死人を出すよ。心声を聞いているなら脅しじゃないって理解して貰えているよね?」
「ま・・・て」
震えながらも俺へと手を伸ばすジツガイムの手を払いのける。
「残念ながら俺は君のような飼い犬じゃないんでね。
ねぇ聞いているんでしょ?飼い主さん」
ジツガイムの耳から通信魔遺物を奪って耳に付けると、男の声が返ってきた。
「・・・いいだろう、人間に止められないと言うならば人間ではない物に止めさせればいい事。
お前のところにわたしの最新作を放ちましょう」
これがワイジャック・ヨグ・クリハンの声か、若そうに聞こえるな。
「そっか、それは楽しみだ。
それを片付けたら君の元へ行くよ」
そう言ってから通信魔遺物を飲み込んで、ギルド員を撒きつつ、ガストから口頭で聞いていた道を頼りに八番倉庫へと向かう。
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