86:屑
「お前は神を信じますか?」
七三分けを徹底的に寸分も狂いなく手鏡を持って調整した後に白衣を但し、消臭剤を吹きかけながらワイジャック・ヨグ・クリハンはアマネに対して問いかけた。
こちとらシスター服着てんだよ、目ぇついてんのかよ、馬鹿かよ。
あと馴れ馴れしくお前とか言うな――と言ってやりたかったが、中央遺物協会で共に働いていた時に苦手意識がついてしまい、ヘラヘラと愛想笑いしながら答えてしまう。
「勿論ですよ。信心深い私が神を信じない訳がありませんよ」
当時と同じ対応で嫌な顔をされてしまうのが見受けられたので言葉の選択を間違ってしまったことを理解する。そもそも正解などない気がする。
「この世界には三柱神と言われている神々がいますね。
お前はその一柱、普遍の神オーレに仕えている身――にも関わらず、魔族が讃えていた一柱魔神ボォクの賜物でもある魔遺物に手を染めている。
お前の言葉は信用に足らないですね」
分かっているならきくなや!何が神であるか。
オーレだろうとボォクだろうとワタ=シィだろうと神になんて仕えない。
神がいるならこんな貧困な生活はしていないし、魔王と名乗る遺物人間とは関わってもいない。
存在するのはトイレの神様ぐらい。
魔遺物は勇者が作った。
真相は協会員だけが覗ける歴史書に乗っているのが真実とされているが、魔族から魔遺物を生み出している真実が隠されている時点で、歴史書なんて勝者が作った偽りの真実だというのは明確だ。
しかし過去に戻れる力がない限り証明は難しいので、目の前にある証拠品が真実なのである。
どうであれアマネ・ラーゼフォンは神を信じない。
「ですかねぇ?魔遺物をボォクが作ったなんて証明しようがないじゃないですか。
それともなんですか?クリハンさんはボォクと出会ったことがあるんです?
だとしたら凄いじゃないですか!私でもまだオーレ様にはお会いするなんて恐れ多い事なんてできませんよ」
「相変わらずお前は人を苛つかせる天才ですね」
「いやいやそれ程でもないですよ。
それに魔遺物に関しても天才ですからね。そこ重要ですよ」
親指を立てて答えるとワイジャックは大きく鼻でため息をついた。
本当にそれ程でもないんですよね。
リヴェンさんの方がよっぽど人を苛つかせる天才だと思っています。
「クリハンさんは信じているのですか?」
「いるいない問答を返すのはお前が信じていない証拠ですよ・・・信じていますとも。
神が人をつくり、人が神を作った。
創世神話通りであれば、神々はこの世を俯瞰している。
作物も、木々も、大地も、魔遺物も、全ては神々の託宣を聞き、だから進化したのです。
万物万象神々の手引きなのですよ」
「あーじゃあコレもそうだと言いたいのですね?」
本題は目の前のある培養液に浸かった何処かの王女様かと思えるほどの美貌を持った金髪女性の頭。
その被験体であろう頭が入ったカプセルの横に黒い甲冑が何本もの配線を施されながら置かれていた。
甲冑には詳しくないけど、これはクロクロム鉱石を使った甲冑。
クロクロム鉱石は魔力をよく浸透させる。
魔力を浸透させた時の硬度は現在見つかっているどの鉱石よりも硬くなる。
クロクロム鉱石の粉末を配線の中に仕込んだり、基石となる石の中に詰めていたりすると起動する魔遺物の強さが変わってくる。魔遺物においては万能鉱石と言うわけですね。
更に甲冑の後ろには布がかけられて魔封じの鎖を雁字搦めにされている物体が一つある。
まぁ大方これも魔遺物と所見する。
「教会内の情報に疎いお前も聞いたことがあるでしょう。
これはライト・エヴァ・グリスティンが持ち帰った魔遺物ですよ。
それを今回の魔力反応の持ち主の男を捕獲討伐任務にわたしが任命されましてね。
最終調整の為に遺憾ながら、本当に遺憾ながらお前を必要としていたのですよ」
ライト・エヴァ・グリスティンと言えば教科書にもでてくる偉人。
勇者一行の神官ですね。
ライト・エヴァ・グリスティンは魔王討伐時に持ち帰った魔族が三つ・・・三人?
その一つであるデュラハンが目の前にあると言うわけです。
このデュラハン頭だけが魔遺物になろうとしない強い意志があるのです。
おかげで胴体と眷属である馬の制御がうまくいかずに協会は四苦八苦していましたね。
持ち帰ったデュラハン以外の一つは私の手で制御しましたが、このデュラハンは触らしてもらえず仕舞いで退職でしたね。
はぁん。つまりこの七三分け、自分の調整では不安があると見受けられますね。ぷぷウケます。
心の中で罵倒していると睨まれてしまい、身体を委縮させる。
「私、協会は(お前に)辞めさせられたんですけど?それに神に仕える身ですし、御手当ても出無さそうなお仕事を引き受けるのはちょっと・・・」
「わたしを守銭奴か何かだと思っているようですが、報酬はお前が在籍時の給料をそのまま渡します。
まぁそもそもこれを見せた時点で断る権利があるような阿保とは思っていませんがね」
えぇっとなると、この前リヴェンさんに握らされた金十枚の三倍の金三十枚。
・・・成程な。リヴェンさん達のお手伝いをしながら、クリハンからお金を貰う。
もしもこの魔遺物のせいでリヴェンさんが捕まったり亡くなったりしたら所得物は私のところに舞い降りる可能性。いやそう契約すればいい。
これで私はお金持ち。
魔遺物作りながら気ままに暮らせる。
最高じゃないですか!!!!!!
「あのぉ捕まえた時に、その人の所持品が欲しいのですが、駄目ですかね?」
「・・・魔遺物に関係していなければ差し上げてもいいでしょう。
どうせお前の事ですし、財布の事を指しているのでしょうが」
また呆れたため息をつかれてしまう。
「いやいや財布とか言ってませんし、お金になれば何でもいいですし。
とにかく、引き受けますよ。前払いですかね?」
「バカな事を言うのも休み休みにしてもらいたいですね。
わたし達が前払いで仕事をしたことがありますか?
これが調整図面です。胸部分と右腕部分がまだ若干不安があります・・・お前・・・やっぱり・・・」
「ん?なんです?じっと私の顔なんかみて、図面見てくださいよ。
ここが悪い場所なんですよね?
さっさと調整しないといけないんですよね?
リヴェン・ゾディアックを逃せばクリハンさんの首飛んじゃうんですよね?」
「ミスをすればせいぜいお前と同じ運命を辿るだけですよ」
クリハンは先程まで金の問答の話をして一喜一憂していたアマネの表情が図面を見せたとたんに無邪気な子供のような表情になったのを恐れながら、あぁこいつは真正の魔遺物好きであり、魔神に取り付かれてしまっているのだと思うのであった。
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