84:リヴェン包囲網Ⅴ
宿屋へと戻ってくると受付でイリヤがモンドと共に会計を済ませているところであった。
「二人共、状況は?」
「ひん!び、びっくりさせないでください・・・って誰です!?」
「お姫様の従者だよ」
特別に気配を消して近づいた訳でもないのにイリヤには随分と驚かれた。
ひょっとこの仮面を少し外してイリヤに見えるように答えてやる。
「リヴェンさんですか・・・
そう!そうですよ!リヴェンさん大変なんですよ!」
「俺がバルディリス連邦の人間に狙われているから?」
「や、違いますけど、え?狙われているんです?
バンキッシュさんの悪い予想は当たってしまったのですか・・・
それも大事ですが!アマネさんが!アマネさんが誘拐されたんです!」
確かにアマネの姿が見えない。
その代わりに状況を把握しているモンドが帰還の挨拶を弁えてくれている。
「誘拐されたって誰にさ、あの飲んだくれ詐欺師修道女を誘拐する人間なんて早々いなさそうだけどね」
「七三分けで白衣を着た目が怖い男の人です。
その人に連れられて行かれたんです。ですよねモンドさん!」
「僕達とアマネさんが偶然出会って食事をしている最中にその男は現れました。
名はワイジャック・ヨグ・クリハンと名乗っていましたね」
「あー・・・それは中央遺物協会の人間だろうね。
アマネが元上司だと口を滑らせて言っていたよ」
名前は聞き覚えがないが、身体的特徴をアマネが言っていた。
中央遺物協会となると俺を狙ってきたバルディリス連邦の奴等とも関りがありそうだが
・・・そこは予想の範囲か。
何にせよ俺達と契約したアマネを勝手に持ち出されては困る。
アマネの所有権は俺達にあるのだから。
「助けに行きますよね!」
「もちろんだよ。
ところでモンド、さっき僕達って言った?
イリヤの言い方だと、そこにイリヤは含まれていないよね?」
「はい。僕は一人ではここにいませんでした。
その・・・もう一人男性がいるのですが、今は席を外しておりまして。
先にこれらを渡しておきますね」
モンドが手渡したのは六つの魔遺物であった。
どれも片手で治まる程度の大きさであり、飲み込むには十分な大きさであった。
このロビーではそんな真似は出来ないので、受け取ってから男性用トイレへと向かう。
「ありがとうモンド、内容の説明は大丈夫だよ。じゃあちょっと待ってて」
モンドが何か言いたげだったけど、ネロと接続すればどんな魔遺物かは分るから説明不要である。
男性用トイレに入って誰もいないことを確認してから六つの魔遺物を一つずつ飲み込んでいく。
三角形で真ん中にコアが埋め込まれた魔遺物。
ブレスレット型の魔遺物。
ペンのような大きさの棒状の魔遺物。
楕円形バックル型の魔遺物。
小指サイズの小さな四角形の魔遺物。
神秘的な絵が描かれた板状魔遺物。
ブレスレットが喉に詰まりそうだったので腕を喉まで突っ込んでおいた。
どれもこれもが腹の中で溶けていく。
絵が描かれた魔遺物を飲んだ時だけ寒気が体中を走ったが腐っていたりしたのだろうか?
何にせよこれでモンドが見繕った戦闘用の魔遺物を使えるようになった。
ようやく戦闘の幅が広がってくれる。
紅蓮刃だけでは決め手に欠けていた。さっきの戦いだって俺が普通の人間であったら死んでいる。
「い、今の何でありまするか?」
涎がついた手を洗っていると背後で声がした。
振り向くと、ボサボサな黒髪の少年が俺の捕食行為を目の当たりにしたのか口を半分開けたままで指差していた。
魔力反応も無かったし、個室は全部空いていたし人がいる気配も無かった。
この少年、どこから湧いて出てきた?
「手品だよ」
「な・・・なーんだ、手品でありまするか。
まさか魔遺物を飲み込むなんて常軌を逸脱しているでありますよね!
それにしてもどの魔遺物も博物館保管級の魔遺物でありましたけど・・・見間違いでありますね!」
「俺は売れない手品師でね。
こうやって奇抜な仮面をつけて更には誰もしない事をしないと生きていけないんだよ。
ここで見た手品はあんまり言いふらさないで欲しいな」
「そうでありますね。私、口は固い方でございまするよ」
「そっかよかったよ。じゃあね」
お互い空笑いをしながら世間話程度で終わらせる。
言い訳が通用している間にさっさとモンドたちと合流しなければ。
俺がトイレから出てロビーへと戻り、モンドとイリヤの前へとやってくると、モンドが何とも言えない苦い顔をしていた。
説明を省いたのが気に障ったのだろうかと思ったが、モンドの視線は俺の後ろにあり、振り向くと先程の少年が俺の後ろにいた。
いやいや待て、何故魔力反応にも反応しないんだ。
それに俺はある程度気配を読む技術があるのだが、それさえにも引っ掛からない。
この少年只者ではないぞ。
「リヴェン様、そちらの男性とは話されました?」
「この子がモンドの言っていた男性?」
「え、えぇ。道中で出会って、ここまで共にやってきた仲です・・・」
とても申し訳なさそうな表情をしながら言うモンド。
「モンド殿、もしかしてこの方がお仕えしているリヴェン殿でありますか?
初めまして!私はモンド殿に命を救って頂いた信千代と申しまする。
道中モンド殿には大変お世話になりまして、その主であるリヴェン殿にお礼がどうしても申したくて無理を言ってここまで共に行動させて頂きました。
いやはやモンド殿の主殿が手品師とは、確かにモンド殿は派手な衣装を持っていましたね!納得でございまするよ!」
信千代と言う名前を聞いて、俺はこの世界にいる織田信長の子孫を想像する。
俺の事を把握しているのはモンドが言っていたので来るとは思っていたが、小間使いではなく一領主が一人でやってくることがあるのだろうか?
慎ましく礼をしている信千代から目を離してチラリとモンドを伺うと、申し訳なさそうにしていた。
その表情はこの少年が織田信千代だという事を決定付けていた。
俺がリヴェン・ゾディアックとバレていないのが幸いか。
「 」
信千代が何かを言ったが耳に届くことは無く、音が突然消えた。
これはモンドが持っている杖の魔遺物の効果か。
ロビーの受付にいる従業員が俺達を見ながら冒険者風の男に何かを言っているところを、モンドが一早く気づいて音を消したみたいだ。
流石は高級な宿屋、情報が早い。
ギルド商会も仕事が出来る人物が沢山いるようだ。
しかしこちらにも優秀な従者がいるのが心強い。
ロビー内の音が消えた事により、ロビー内にいた何も知らない人物達が慌て始める。
その静寂の中の騒ぎに乗じて俺はイリヤをお姫様抱っこして宿屋を出た。
宿屋から出ると効果範囲外なのか喧騒が戻ってくる。
「イリヤ、アマネがどこへ連れて行かれたかは分からないんだよね?」
「はい・・・アマネさんも脅迫紛いな言い分で自主的と言えども半場強制的に連れて行かれたので。
仕事をしてくるって笑ってましたけど、私でもあれが作り笑いって分かります」
イリヤに見抜かれるなんて本当に詐欺師としては底辺だな。
「リヴェン様も追われているようですし、アマネさんは僕が追います。
連絡用の魔遺物としてこれを、あ、取り込まないでくださいね。二つしか持っていませんので。
イリヤちゃん、使い方は分るかな?」
モンドがイリヤに手渡したのは惑星儀を模したような魔遺物であった。
その魔遺物をキラキラとした瞳でイリヤが食いつくように見ているところ、我に返って答えた。
「は、はい!通信射影型の魔遺物ですよね!
軸になっている部分がスイッチになっていて通信が来た際に右にずらせば通話ができて、左にずらせば通話終了ができるんですよね」
めちゃくちゃ早口に語るイリヤ。
時間がないから早口で語ってくれるなんて偉いなぁ。
「では、見つけたら連絡いたします」
モンドが合図灯のような魔遺物を取り出して大衆の中へと消えて行く。
俺も背後から追ってきている冒険者風の奴等から逃げるように人気のない裏路地へと逃げ込んでからサモエドへと変化し、イリヤを背中に乗せて、目的地をネロとミストルティアナがいるストレガへと向けて前進する。
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