81:リヴェン包囲網Ⅲ
首が落ちたのも一瞬の事で直ぐにくっついた。
下にいる民衆は自分の目を疑っていた。絶対に首が斬られたと錯覚している者もいるし、武器を抜いて戦いが始まったので異常を感じ取り、軽くパニックになる寸前であった。
エノンも同様に驚いていたが切り替えて民衆の避難誘導に当たり、ワワも同じく俺と関わらとはせずにエノンとは逆に溜まっている民衆の避難誘導をしていた。
どうやらワワ達は敵ではないようだ。
目の前にいる首を切り落とした張本人であるジツガイムはいつでも抜刀できるように刀を構えている。
「君の目的は・・・そうだね、リヴェン・ゾディアックって人の捕縛だね」
「はぐらかしても無駄だ。
俺はしかとこの両のまなこでお前の首が落ちるのを見たし、心声を聴いた。
お前はリヴェン・ゾディアックである。証拠、証明なぞ、捕まえてからすればいい。
それが俺の仕事の流儀」
「エルフ族にしては信念がしょうもないね。
あ、そっかぁ、エルフ族ってお人好しだから、他種族に騙されやすいんだったよね。
確かそうだ――そうだ。
お人好し過ぎて他種族の奴隷になっていたもんね」
エルフ族が他族と交流しないのは一時期奴隷落ちしていたから。
その根底にある他種族からの差別意識を覆すことはできない。
エルフ族自身が差別意識に囚われて露呈しないためにも、自衛のためにも姿を隠しているのが現状である。
だからこれは煽りでもあるが、ジツガイムに対してのヘイトスピーチでもあるのだ。
「取り消さなくていい。俺は心声だけを聴く。言葉では逆立てられない」
「の割には手に力が入っているね。
強がりは子供っぽいよ――そうだね、君は子供っぽい。
君は小さいころに両親から愛されなかった。
だから今になって子供っぽい我儘を突き通している。
下の彼の静止の声を聞かない自分に酔っている。自分で行動していると思っている。
正に背伸びをしようとする子供だ」
「不殺で持ち帰えらずともよいとの許可は出ているぞ」
「だったら斬りなよ。感情に任せてさ。
それともあれかい?自分では決断できない半人前なのかい?」
鍔に当てていた親指の筋が浮いた。
ジツガイムの右手から魔術に似た魔力反応と共に刀が抜刀される。
さっきの血管の中に電気を走らせる芸当と予測して紅蓮刃で受け止める。
しかし今度は受け止められずに紅蓮刃ごと片腕を斬られてしまう。
切り口からビリビリと鋭い痛みを感じる。
さっきまでとは刀の硬度が違う。
紅蓮刃よりも魔力の総量が膨れ上がっている。
つまり今、本気をだしたというわけだ。
上々。それでいい。
そうあるからこそ、反撃し甲斐があるのだ。
「腕」
切り落とされた腕から俺が一瞬にして再生する。
元々いた俺の胴体には既に右腕につけてある紅蓮刃を振りかざして攻撃行動済み。
ジツガイムは目の前の攻撃を避けるか防ぐかを考えている狭間。
俺が再生するという情報を与えられていても、部分的に再生をするという情報はない。
その虚を突かれて、真面に応対できる人間は少ない。
腕から完全に再生する前に紅蓮蛇腹刃で時間差と高低差を作って攻撃する。
ジツガイムの右目が抜け殻を、左目は意志を持った俺を捉えていた。
見た目が爬虫類みたいで気持ち悪い芸当だが、視覚を持って確実に俺を確認していた。
紅蓮蛇腹刃の攻撃は左肘で弾いた鞘を腹部にあてがって受け止められ、抜け殻の攻撃はあっさりと切り返しで難なくいなされる。
しかし紅蓮蛇腹刃の対処は苦し紛れの対処方であった為に、力負けし、煉瓦作りの高層アパートの三階の窓を割って吹き飛ばされた。
今なら逃げられるが・・・。
下で避難誘導を終えたエノンが俺を凝視していた。
彼女が敵かどうかは知らないが、ワワ達やジツガイム達とは違う意思で動いているように見える。 出会ったのは偶然だと思うが、彼女もまた俺を探している一人だと予想する。
目つきがそうだもの。
どうやら逃がしてもらえなさそうなので、まずジツガイムを片付けるとしよう。
割れた窓の奥を外から確認すると、そこは空き家になっていて住民の被害はないようだ。
部屋の中にはジツガイムの影さえない。
直線状にある廊下にある扉が開かれているのを視認した瞬間に高層アパートの四階の窓が割れて黒い影が飛び出してくる。
黒い影がジツガイムではないことは大きさを見て理解したが、投擲速度のせいで何が迫っているかを認識できない。
とりあえず魔力反応は無いことから危険性はそれ程な。
眼前で何かと判別しようとした時、黒い影が発光を始め、目を瞑っても眩いほどの光と耳を劈く破裂音を放った。
これは閃光発音筒か。
起動する直前まで魔力反応が無い代物もあるのか、勉強になるな。
奪われた視界と、未だに耳の中で響き渡る高い耳鳴りを感じながら、ジツガイムの攻撃を待つ。
聴覚と視覚を奪われたくらいでは狼狽えない。
奪うなら痛覚にした方がいい。
左肩に痛みが走った。
そう感じた時に身体を動かせるようにしてある。
左手がまるで魔術師のスイッチが入った時みたいに自動で動き、刀を掴んだ。
視覚と聴覚がないことで神経が研ぎ澄まされた上に、身体に蓄積されたジツガイムの電気の魔術を使って出来る芸当である――まぐれに近いけど。
「動かないでしょ」
目を瞑ったまま言葉を発する。耳鳴りがしているのでちゃんと発音できているかは知らない。
刀の振動からしてジツガイムが抵抗して引いたり押したりしているのが手に取るようにわかる。
なんなら魔術を刀に注ぎ込んでいるのも分かってしまった。
それらをすべて封で防いでいる。
ジツガイムはこの刀の魔遺物と、生半可な魔術を組み合わせてくる。
この三百年後では初めて戦う相手であった。
バンキッシュが魔遺物だけ、魔術師が魔術だけ、そしてこのジツガイムは魔遺物と魔術のハイブリット型。
魔力の総量が上がれば上がる程、封の効果は上がっていく。
上がるにつれて維持が難しくなるのが使いづらいところである。
刀の技は光るものがある。だが魔術においては師範と戦ってきた俺にすれば生半可である。
こんな魔術では俺を超えることはできない。捕縛なんて夢のまた夢だ。
課題を与えるよ、今度俺を捕縛する時はもっと力をつけてくることだね。
ジツガイムに足蹴りをくらわせようと右脚を振りかざしたが、どうしてか蹴りは届かなかった。
朦朧とした視界が戻ってくると俺の右脚は太ももからバッサリと斬られていた。
「痛くなかったでしょ!凄いでしょ!」
高層アパートの壁にハジメと一緒にいた黒タイツ男ベップ・ドールが青龍刀を持って張り付いていた。
「あー、援軍がくるのが早い事で」
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