80:リヴェン包囲網Ⅱ
買い物に出かけたイリヤの元へと行くのではなく、先ずは俺達が宿を取っている宿屋へと向かう為に歩速を速める。
昼過ぎという事もあって大通りは人が多くひしめき合い、急いでいる身としては通行の邪魔をしていた。
道を走っていたら埒が明かないので、俺は街灯の上に飛び乗って、順に飛び移っていく。
眼下では稀有な目で見られていたり、建物の窓の奥にいる人物と目が合ったりもしたが気にすることもせずに移動していると、プシュっと空気が洩れる音が後方からした。
その音の後に建物の壁面に鉄製の何かが突き刺さる。
鉄製の何かは糸で繋がっており、背後を向いて糸を辿ると、銀髪の女性が糸を縮めながら、こちらへと向かって来ていた。
肩にはギルド商会の紋章が付いた服を着ているのでギルド商会の者だと解った。
この女性も俺が目当てだろうか?
「そこのひょっと仮面の方、ちゃんと歩道を歩いてください」
上空で滑空しながら女性はそう俺に注意した。
「いやぁ急いでいるんだよね、見逃してくれない?」
「ギルド員としては見逃せませんね」
銀髪女性は高度が落ちてくると手首に着けた魔遺物からプシュッと糸の付いた鉄製の針を飛ばして、また壁面に刺して空中へと滑空して俺を追いかけてくる。
「そこをなんとかさ、誰にも迷惑掛かっていないでしょ?」
「残念ながら、規律に違反していますので、私に迷惑がかかっているんですよ」
「そうなんだ。じゃあ君を振り切ったらいいんだね」
「・・・どうしてそうなるのかは分かりませんが、実力行使をしなければいけないと理解しました」
「じゃあ本気で撒いちゃうよ」
街灯がひん曲がるくらいに脚に力を入れて飛ぶ、その力を使って建物の壁を走る。
これで銀髪の女性とはかなり距離が離れただろうと、後ろを確認すると、両手首から糸を射出して自分をパンチコの球のように弾き飛ばして、俺の頭上を取っていた。
手首の魔遺物がキリキリと音を立てて回転する。
毒爪の魔遺物と同じ仕様ならば、射出パターンが変わるのだろう。
その通りでネットが射出された。
こういうのは避ければいいのだけど、力量を試したくなるのが性なのだ。
紅蓮刃でネットを切り裂いて壁を大きく蹴って、反対の通りの壁に刃を突き立てる。
「危険物所持と――今のうちにお名前を伺っておきましょうか」
「ひょっとこ仮面」
街灯の上に立っている銀髪女性にすかさず答えると眉間に皺を寄せてため息をつかれた。
流石は色んな女性にため息をつかせるのに定評がある俺である。
リヴェン・ゾディアックなんて名乗ったら、もっと面倒な事になる。
「君の名前は?」
「エノン・フィージャです。
ひょっとこ仮面さんの調書を担当する事になるでしょうね」
「そっか。用事が終わったらいくらでもお付き合いするよ。
君みたいな仕事に追われている子とは話すのが好きなんだ」
エノンの目元にあるクマが精神的なものではなく、仕事に追われてしっかりと睡眠がとれていないクマだと見抜くと、今度は目頭を押さえて項垂れた。
「では降りてください。それからギルド商会でお話を致しましょう」
「俺は一度言ったことは曲げない主義でね」
早く宿屋へ向かわねばいけないので、エノンと楽しくお喋りをしている暇はないのだ。
バルディリス連邦のギルド員の奴等に先手を取られない為にもすぐに向かわねば。
エノンを無視して壁を蹴ろうとした瞬間、俺の背後に飛び上がってくる人物が一人。
古き良き日本人のような和装姿なのに対して首には黒色のヘッドフォンをかけている黒髪の男。
男は腰に携えている柄に魔力を注いで刀身を作り出して、俺目掛けて横一線に斬りかかってきた。
正直この攻撃は不意打ちだとしても簡単に避けられた。
しかし俺が避けると直線状にいるエノンにまで当たる範囲で男は攻撃を仕掛けてきたのだ――だから俺はエノンの方へと飛び出してお姫様抱っこをして背中の皮一枚に攻撃を貰いながら避けた。
「ねぇ、いきなり斬りかかられたんだけど、あれもギルド員?」
エノンが立っていた街灯より二つ離れた街灯の上で抱えているエノンに問う。
「支部が違いますがね。降ろしていただけます?」
「駄目だよ、彼は君も巻き込んで斬ろうとしたんだから危ないよ」
「ひょっとこ仮面さん、言っておきますが私は自分の身は自分で守れますよ。
・・・まぁこのままでもいいでしょう」
いいのか・・・。
暴れる様子もなく、すっぽりと治まってくれているので、俺は攻撃を仕掛けてきた男の方へと視線を向ける。
「で?君はどういった理由で俺に攻撃を仕掛けてきたのかな?」
「其方がリヴェン・ゾディアックで間違いないな?」
「俺はひょっとこ仮面だけど?」
「・・・心根に乱れ無し、しかし先程の心声聞き逃しはせぬ」
何か確信めいて俺をリヴェン・ゾディアックだと決めつけているようだ。
心声・・・確かエルフ族が使う単語だったか。
エルフ族は心の声で会話をし、他種族の心の声を読み取ることが出来る。その読み取った時の声を心声と呼んでいる。
だったら目の前にいる男はエルフ族なのだろうが、特徴的な尖がった耳が髪の毛に隠れていて見えない。
「お、おい!何やってんだ!」
野太い声が眼下から聞こえて、黒髪の男と俺とエノンがその声の方向を見る。
そこにはざわついている大衆を散らせながらワワがやってきていた。
「エノン!?お前さっき支部長のとこにいなかったか!?」
「お気になさらず、お仕事に励んでください」
「いや――まぁいいか、で、ジツガイムは何をやってんだ!
魔遺物を街中で使う奴があるか!」
「そこの自称ひょっとこ仮面は我らの依頼物であるものと八割方断定した。
だから斬りかかったのだ」
「八割方なのに断定するな!
ここに依頼物がいる訳ないだろ!さっき話しただろう!」
チラリとワワは俺を見やる。
その視線は俺がリヴェン・ゾディアックかどうかと半信半疑と言ったところか。
仮面で声がくぐもっているおかげで判断し辛いだろう。
俺はひょっとこ仮面なんだけどね。
「だが、この男は何かを隠している。
きっと依頼物と関係している。俺の第六感がそう告げているのだ」
ジツガイムと呼ばれた男は再び魔力を注いで刀身を作り上げる。
「それにこの男、俺が斬ったのに血を一滴も流しはせぬ。
報告された再生する事柄とも酷似する。試しにもう一度斬ってみよう」
こちらの答えはお構え無しに前傾姿勢になるジツガイム。
「やめ」
ワワの静止する言葉を言い終える前にジツガイムは刀身を抜いて、また横一文字に俺の下半身へと斬りかかった。
攻撃をしっかりと紅蓮刃で防いだ。
片手でエノンを持つのは容易いし、ジツガイムの剣戟を片手で受け止めるのも容易かった。
「俺の剣はそう容易くないぞ」
ピリッと肌に刺激が伝わってくる。
肌の中。血管の中に電気が走った感覚が俺を襲う。
しかし様々な痛みを受けてきたので、今更この程度の痛みではエノンを抱え落とす事もなかった。
「まぁちょっとは痛かったかな。エノンさんは大丈夫?」
「私は何ともありませんよ。前、大丈夫ですか?」
ジツガイムが次の攻撃に移っていた。
下からエノンを避けて俺の顎先を狙う一撃。それを紙一重で避ける。
今の攻撃でエノンは対象外だと理解して、空中から落とす様に離すと、いつの間にか首に糸を巻きつけられていて、重力と自重で首が大きく下げられる。
普通ならば抵抗せずに地にまで落とされるのだろうが、俺は首だけの力でエノンを空中に宙づりにさせた――が、それが悪手であった。
ジツガイムが俺の介錯のしやすい首目掛けて刀身を振り下ろしたのだ。
視線も下に向いていることと、ジツガイムの気配と殺気を遮断する技術の巧さのせいで俺は首を切り落とされた。
それは実害としてはなんてこのないことなのだけど、損害としては大きかった。
切り落とされたならば治してつけるしかない。
「こちらジツガイム・ユキヒトノシン。リヴェン・ゾディアックを発見した」
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