75:幽霊と首無し騎士
私の種族は不眠である。
誰かの生が終わり、私の意思を持った時から睡眠をしたことはない。
そのせいか他種族からは嫌われ、追いやられ、別に好んでもいない墓場の近くに住まわせられた。
私が生まれた時、私の種族は私一人だけであった。
ガイストである私の実態は煙であり、物体に宿り、身体を形成することで肉体を持つ。
当時の私はそこら辺に落ちてあったモノクルに宿り、人間の子供のような身体で、一人墓場で過ごしていた。
墓場から街に出ると、勇者の一行の仲間を殺したことで祝賀ムードが街を包んでいた。
私はそんなムードに馴染めずに、肉体を維持する為の食料を購入する為の日雇いでの仕事で食いつなぎ、その日暮らしをしていた。
勇者に魔王城が蹂躙されようが、魔族が淘汰されようが、存在が忌み嫌われている私からしたら、どうでも良かった。
ある日。仕事から帰ってくると、墓場に私以外の意思を持った生命体が生まれていた。
その生命体銀の甲冑を着て、墓石の一つ一つをボロ布で磨いていた。
「何をしているのです?」
私が話しかけると銀甲冑は立ち上がり、私の前までやってきてお辞儀をした。
私との身長差があり、デュラハンを見上げながら私は問う。
「話す口を持っていないのですか?」
ぶんぶんと銀甲冑は首を大きく振る。
すると、頭が取れて私の前へと頭が転がってくる。
どうやらこの銀甲冑はデュラハンであり、しかも生まれたばかりであるため、思考が纏まっていない。
聞く分には理解していたので、私は頭を拾い上げて続ける。
「なら話せるまで、私は待っていますから」
そう言って頭をデュラハンに返して今日の肉体維持のための食糧を口にする。
ぎゅるるるるるる。
と、私ではない腹の音が鳴った。
横を向くと、デュラハンが恨めしそうに私の食糧を見つめていた。
私の視線に気づいたデュラハンは露骨に顔を逸らした。
「食べますか?」
無下にしてもいいが、同族とは争いたくない私は保身の為に半分差し出すと、デュラハンは身振り手振りで貰ってもいいのか?と伝えてくる。
「いいですよ。私の身体は小さいので、これだけで事足りますから」
腰の低いデュラハンは何度もお辞儀して、首の元に食料を持っていき、デュラハンとなってからの食糧補給をして、生を享受していた。
私もガイストとなってから、誰かと心を落ち着かせて食事をしたのは初めてだった。
それからデュラハンは墓場に住み着いた。
毎日毎日何をするかと思えば、墓石を磨く作業。
この墓場にはざっと万を超える石があるのに、無意味な事をし続けるものだと思っていた。
私と言えば、日雇いの仕事で集めた金を賭け事で倍にしていた。
どうやら私には賭け事に対して才能が有るようだった。
二人分の食料費は馬鹿にならなかったが、私は買い続けた。
デュラハンが大食漢であり、少しでも食べる量が少ないと、すぐに腹が鳴るのだ。
その音は煩わしい雑音であり私が我慢ならなかった。決して、デュラハンの為にやっている訳ではないのだ。
「ガストスゴイ!オカネイッパイ」
「貴方の言語上達力も中々凄いですよ」
生まれたてで思考がままならないから喋れないのじゃなくて言葉を知らないから喋れなかったようなので、私が日々言葉を教えていった。
片言だが出会った時よりも意思疎通する過程の時間が短くなった。
「それで?どうしたんです?その馬」
デュラハンの背後で首のない八脚馬が賢く佇んでいた。
「ウマレタ?」
デュラハンと馬は付き物だから、遅れて生まれるのも必然的な事であろう。
「そうですか。では、小屋が必要ですね」
「イイノ?」
「この墓場は私の所有地ではありませんのでね。
馬一頭増えたところで迷惑になりませんよ。
ただ馬小屋を作るのと、世話をするのは貴方の仕事ですよ」
「ウン!」
子供のように無邪気であった。
生まれたてはこんなものかと思っていたが、本当は障害があり、子供のようになってしまっていたと気付いたのは、あの女と対峙した時であった。
ギャンブル業を生業として生計を立てていたが、勇者が魔王城へと歩を進めてくるせいか、城下、更には近辺の村や街からは魔王と影の魔王の政策により魔族は避難していくせいで、娯楽を楽しむ奴らはいなかった。
「ガスト、ごめんね。私が何も役にたたないばかりに」
共に暮らし始めて一年は経ち、ようやく流暢に話せるようになっていた。
しかし自分の名前さえも思い出せなく、デュラハンであることと、性別が女性であることしか分かっていなかった。
「貴女のその姿では戦場へと駆り出されるのがオチです。戦闘経験あるんですか?」
「ないよ。で、でもガストよりは戦えるよ!いざとなったらガストを守るもの!」
「剣さえ携えない騎士が何を言うんですか」
私達は魔王の庇護を受けなかった。
私達の存在を魔王達が認知している訳が無い。
こんな暮らしをしているとは思ってさえもいない。
どんな差別意識を向けられてきたかを知る由もない。
なのに今更全魔族を少しでも救う為に立ち上がるなんて、馬鹿馬鹿しかった。
私は何としても生き抜いてやる。そうして勇者に敗れた魔王を見返してやるのだ。例え人間の世界であろうとも、私は生き抜いたぞと墓の前で言ってやるのだ。
だから最後まで墓場で過ごした。
普通の日常であった。そんな日常の中に垣間見る非日常が俺達の前に現れた。
その女は人間でありルドウィン教会のシスター服を着て、胸に三角十字のアクセサリーをぶら下げ、魔族を払う為の神の力が施された杖を持ち、藍色の瞳で俺達を見ていた。
身体でも頭でも一瞬にして天敵だと理解した。
「可哀そうに。こうまでしても生かされるのですね」
私は初めて出会う強大な力を持った女に畏怖した。
藍色の瞳に射抜かれて身体は硬直し、女が何を言っているのかが頭に入って来なかった。
逃げろ。
逃げろ逃げろ逃げろ。
そう言いたかったのに、言葉が出てこない。
物事の順序と発言の順序が滅茶苦茶になる。
今、口にしても、あれ、それ、これ。と浮ついた言葉しか出てこないだろう。
「私が楽にしてあげますね」
女の杖が眩い光を放ち始める。その光が私を包み込む瞬間に、あぁ、私は再び死ぬのだと確信した。
「だめぇ!」
その声と共にデュラハンが前に立って、魔力で作り出した剣で光を受け止めて、相殺した。
「悪神の力を感じますね。やはりここは居心地が悪い。あぁ早くグランベル様と合流しなければ」
「ガスト、逃げて!ここは私が何とかするから」
力では相殺したが何となる相手ではない。
この女は勇者の仲間なのだ、歴戦錬磨の強者なのだ。
生まれて一年のデュラハンが何とかなる相手じゃない。
そう、言うべきだった。
私は生きたかった。
藁にもすがる思いで、見苦しくても生き残りたかった。
心の奥底にある私の意思ではないものが、そうさせるのだ。
「で、も、貴女、が」
いつの間にか話し方が逆転していた。
「大丈夫だよ。今は逃げて。また会えるから」
根拠のない発言をするデュラハンを疎ましく思ってしまった。
それはまるでデジャヴのようで、一番後悔した行いである事を自分が知っているようだった。
「騎士道精神はあるようね。でも誰一人逃がしません」
「行って!早く!」
私は迷った。
迷う判断が出来るようになった。
ようやく、身体が動くようになったのだ。
私の意思と、根底にある意思がうぞうぞと心の中で回り、巡り、混ざり合う。
私は逃げた。
一体それは誰の意思かは未だに分からない。
それでも私はパミュラから背を向けて逃げたのだ。
「我が名はパミュラ・ゼ・フォービドゥン・ロックティハナ・マリエル・サスタシア・キュレイサム・レナセリス・ジャンヌ!
貴殿の名を聞いて、勝負を申し込む!」
それが彼女の最後の言葉であった。
そして三百年間会うことは無かった。
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