71:じゃんけん
エルゴンの大通りから離れて、ひっそりとした裏道に入ったところに仮面屋ストレガはあった。
二日酔いで潰れたアマネを宿屋において、俺達はストレガの扉を開く。
店内は午前中にも関わらず、日が差さずに魔窟内のように陰鬱としていた。
壁には様々な種類の仮面が飾ってあり、全てがこちらを見つめているかのような錯覚に陥る配置であり。
怖がりなイリヤはバンキッシュに寄り添うように引っ付いた。
俺は何故か仮面達に目を奪われて、暫しの鑑賞を楽しんでいた。
「おやおや?これはこれは珍しいお客様だ」
店の奥に通じている部屋から黒く洒落た仮面をつけた長身の男が現れる。
仮面の奥の目を覗こうとすると、視界がブレ始める。何か魔術か魔遺物の力を使っているのだろう。
「お久しぶりでございますわ。ガスト=ガイスト=ストレイガ。
随分御変わりになったようですわね」
「あれから三百年ですからね。依り代も変わりますとも。
ミストルティアナ様はお変わりなく健在でご安心いたしたしました。
そちらの方々は新たな従者様ですか?あぁ、そちらの男性はお婿様でしたね」
「分かりまして!そう!この方が私の旦那である、かの有名なリヴェン・ゾディアック様でしてよ! こっちは愛おしいネロちゃまで、更に愛おしいイリヤちゃま。
他は魔族ですわ」
「投げやりやな!わいはウィンや!こっちは弟のウォン。
ほんでバンキッシュちゃんや」
「俺は君とどこかで会ったことがあるかな?」
「いえ、お会いしたのは今日が初めてでございますよ。リヴェン様」
嘘は言っていない、ようには見える。
一方的にガストが俺を知っているのはある話だ。
しかしミストルティアナと結婚する情報を知っているのはほんの一握り。噂にさえならなかった話。
ガストはそれを知っている。
ガストと出会ったことは確実にあるはずだろう。
だが、数多の接触した魔族の中にガストの存在を記憶から見つけ出すことはできなかった。
「リヴェン様が蘇られているとは驚きましたよ」
「そんな風には見えないけど」
「仮面の下ではこれでもかと驚いていますよ。
私表情が硬くて、気分を悪くされましたらお許しください」
「許すよ」
「これはこれは、誠にありがとうございます」
会釈程度に頭を下げられるも、心から言葉通り思っていないとは誰もが理解できた。
何を考えているかを理解できない人物よりも、何を考えていないかを理解させない人物の方が厄介である。
このガストは俺と同じ手法で考えを読ませないようとしながら、相手の情報も引き出そうとしている。
「何か御用事がおありでいらっしゃったのですよね?
私に出来る事と言えば、仮面を創るくらいですが」
「そうですわよ。私達、ギルドを設立しましたの。
リヴェン様の華麗なる復活とご活躍を他の魔族達へと布教する為には、現状は顔を隠して活動するのがよろしいとの見解になりまして、それで貴方に仕事を頼みにやってきましたのよ」
ガストの事を信じきっていて、舞い上がっているミストルティアナはペラペラと話す。
「ほう。それは興味深いお話ですね。
差し支えなければ布教の内容を教えていただけますでしょうか?」
「えぇ勿論ですわ。たんとお聞きなさいな」
ミストルティアナは俺が復活してからの起こした事件と、リーチファルトの理念を受け継いでいる事を語った。
ガストは真剣な表情を作って口を挟まず黙って聞いていた。
「わかりまして?」
「えぇ、経緯は理解致しましたよ。
リヴェン様がリーチファルト様のご遺言を遂行なさろうとしているのは非常に感極まります」
「ですわよね。ではお仕事を」
「それはお断りします」
まるで最初から腹に決めていたような物言いでガストはバッサリと断った。
断られると思ってもいなかったミストルティアナは髪の毛の下の目を見開いて抗議する。
「なっ、どうしてですの!?」
「私がリヴェン様の活動にお手伝いをしたとしましょう。
もしも仮面が私の手作りである事がバレた時、私の安全は保障されるのでしょうか?
私はこの三百年間、人間の世界で生きていきました。
人間の愚かさと残酷さ、更には魔族に対しての排他主義は酷いものです。
私はそれらから逃れる為に、ひっそりと生きているのです。
その私の安寧を覆す依頼を、ただのお金と三百年前の恩恵だけで受けろと仰るのですか?」
ミストルティアナは言い返さなかった。
言い返してもそれはエゴを押し付けてしまうからだろう。
貴族階級で嫌と言うほどに見てきて、自分が押し付けられて嫌な事はしない主義らしい。
だがガストの言っていることは建前だ。本音を隠している建前。
「じゃあどうしたら手伝ってくれるのかな?」
俺がそう言うと、敢えて考えるように頬に人差し指を立て叩く。
「少し、私の趣味に付き合って頂けたら、善処します」
決してガストだけに頼る必要は無い。
他の店に行って、他の変装道具を買えばいい。
だけど、俺はガストの仮面に惹かれた。この男の作る仮面に俄然興味が湧いている。
だから答えは頷くしかない。
「いいよ。君の趣味に付き合おう」
「ご承諾ありがとうございます。では店内では何なので、奥でお付き合いくださいませ」
ガストが指を振ると、俺達の間を風が通り過ぎて店の扉に掛けてあった看板が裏と表が逆になった。魔族にしては精度の良い魔術だな。
店の奥にある一室へと案内されると、そこには紫色の証明と蛍光色の証明が散らばった、目に優しくない空間が作り出されていて、壁に丸椅子が八個置いてあるだけの変な室内であった。
「え?あれ?これ、どうなっているんです!?」
部屋に入ると全員の服装が舞踏会の正装のような服装へと変わっていた。
その変化に声を上げているイリヤは赤いドレスを着ていた。
俺も窮屈なタキシードを着させられている。
「私、ギャンブルが趣味でして。
その趣味にお付き合いしてくる方をこのお部屋に案内して、ほんのちょっとした物を賭けた勝負がしているんですよ。
服装はこの部屋にかけてある魔術の仕様ですので、お気になさらずに」
この部屋自体に害は無さそうなので服装の事は置いて質問する。
「へぇどんな勝負で、どんなものを賭けるのかな?」
「最初は・・・そうですね。
じゃんけん。なんてどうでしょうか?
小さいお子さんもいらっしゃることですしね」
「じゃんけんか!面白そうやな!」
ガストの言葉の触りしか聞いていなかったのかウィンが一番乗りに前に出た。
「ウィン様がおやりになりますか?」
「せやで、わいがやる。
じゃんけん負け知らずのウィンちゃん言うたらわいの事や。
ちゃちゃっと終わらせるから任しとき」
「承りました。では、こちらをどうぞ」
ガストは着込んだ燕尾服の後ろから一つの棒をウィンへと渡す。
棒の先は丸く平らな物体がついており、そこには拳の絵が描かれていた。
「不正を少なくするために私が作った代物です。
思い描く手をここに映し出すことができます。
例えば、グー、チョキ、パー。と、こんな風にできます。どうですか?」
「おぉ、凄いな。
これなら動作を見てからの後出しとか無さそうやな。
ええんちゃう。ほな、やろか」
「ルールは三回勝負で先に二勝した方の勝ち。あいこの場合は再戦でございます。
では私が掛け声をしますので、ほい、と同時にお出しください。
いきますよ。じゃーんけーん、ほい」
ウィンとガストが同時に棒に力と意志を込めると、結果が表示される。
ウィンはグーで、ガストはチョキ。
一戦目はウィンの勝利だった。
「うぃぃん!どうやどうや、相手の手を見んでも勝てるんや」
「素晴らしいですね。二戦目に参りましょうか。
じゃーんけーん。ほい」
ウィンの表示はチョキで、ガストの表示はグーであった。
「かーほんまかいな!ここぞのチョキで負けるの初めてや!」
「ふふ、まぐれですよ。じゃんけんとは時の運です。
では最後です。じゃーんけーん。ほい」
ウィンの表示はチョキで、ガストの表示はグーだ。結果、ウィンの敗北である。
「うっそやろ!わいが負けるなんて!そんな!
・・・まぁしゃーないか、んで、何を払えばええんや?金か?」
じゃんけんに負けたことに落ち込んでいたのを直ぐに切り替えて、賭けの負債を確認するウィン。 正直ミストルティアナとイリヤは何を賭けるかを聞きたがっていただろう。
そこを俺は抑えさせて、ウィンを捨て駒にして、ガストの動向を見る事にしたのだ。
結果。
「魂です」
「は?なんや――」
ガストが指を鳴らすとウィンの身体が収縮していき、愛くるしい人形へと変化する。
人形となったウィンがポトリと音を立てて部屋の床に落ちたのをガストが拾い上げたところで、バンキッシュが銃を抜いて、ガストの眉間目掛けて撃っていた。
弾丸は眉間に当たる寸前で反転して、バンキッシュの眉間へと戻ってきた。
俺はその弾丸を貫通しない様に腕だけ狼人化して受け止める。
「あぁ、駄目ですよ。
ここでは魔力に関するものは全て自分に返ってきます。
使っていいのはスキルだけです」
「た、魂なんて聞いていないですよ!」
「尋ねなかったそちらの落ち度です」
「そうだね。こちらの確認不足だ。
で、ウィンは生きているんだよね?」
「生きていますよ。これは私のスキルで肉体と魂交換しただけに過ぎないですから。
さて、どうしますか?まだ付き合って頂けますか?勝てばウィン・ヴィーゼル様の魂はお返ししますし、お仕事もお引き受けいたしましょう」
ウィンを人質に取ったことで、仕事を引き受けるに昇華させる。
ただギャンブルがしたい。これがガストの本音だ。
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