67:ゾウン・ダイガイン
人へ迷惑がかからない村と道路から離れた平原へと移動中、俺はペコリソ・ラリリンと、ゾウン・ダイガインの情報をウィンから聞いた。
思っていた通り、この二人は師範であり、今から戦うゾウン・ダイガインに関してはハクザと肩を並べて物言える程の古株であるらしい。
古株ということは、人生を魔術に捧げてきた訳で、師範になっている結果が伴なっているあたり、気を抜いて戦えない相手である。
「ハクザとは仲いいの?」とか「ハクザより強いのかな?」とか率直な質問を三人にしても、道中は無視された。
それでも質問をし続けると「うるさいっすよ」とペコリソに一蹴されてしまった。
イリヤも雰囲気に呑まれて、黙って俺の側に居続けた。
ただ目だけで大丈夫なんですよね?と訴えているので、お姫様扱いで両手の親指を立てて笑ってやるも、不安げな表情が増すだけであった。
平原に辿り着くと、俺とゾウンが観戦者達よりも遠く離れた場所に距離を置いて対面して立った。
月明かりだけが唯一の光源であり、神秘的な光を受けながら、俺がゾウンに告げた。
「じゃあやろうか。勝負の決着はお互いが負けを認めたでいいかな?」
「何を言っている?
敗北を認めるときは死以外ない。これは手合わせではないぞ」
「そう。じゃあ君はそうすればいいよ。
俺は君の意識を吹っ飛ばしてみせるから」
「過ぎたる力を持ったものは傲慢になるものだ。
だから足元をすくわれる」
大地がぬかるみ、足首までずっぽりと嵌ってしまい、言葉通り足元をすくわれた。
ゾウンが地を蹴って距離を詰めてくる。
ぬかるんでいる泥をゾウンへと蹴り上げるも、泥はゾウンの視界を奪うことは無く弾かれた。
空を切る音が出る速度でゾウンの拳が迫りくる。
態勢がままならないまま、拳をぶつけ合う。
ゴキン!
骨と骨が合わさったとは思えない鈍い音が響いて、俺は踏ん張りがきかないので、後方へと吹き飛ばされる。
足元がぬかるんでいるからと言えども、ゾウンの力は俺を上回っているのを確信する。
真下から土で出来た柱が空中にいる俺の背中を狙う。
魔力感知で察知していたので、身体を捻って脚で壊すも、膨れ上がる様に柱が反り立ち、空中へと身体を持っていかれる。
空中ではゾウンが既に同じように柱を立てて俺の頭上へと降下してきていた。
今度は拳に土で出来たスパイクグローブを嵌めて、頭部に叩きこもうとしている。
力の分析からして、くらえば記憶に障害が起こるだろう。
現在の状態で、力で劣るならば狼人化すればいい。
狼人化したので身体全体の長さが変わり、ゾウンへの攻撃の間合いを狂わせた。
俺の爪がスパイクグローブすり抜けてゾウンの肩へと突き刺さった。
しかし肩の肉を突き破るように刺したはずが、鋼鉄のような筋肉に止められて、それ以上は進まなかった。
この男予想以上に堅い。
頭部への攻撃は狼人化のおかげでズレて胸へと直撃する。
息が出来なくなる程の衝撃が半身に響き渡る。
柱と胸への攻撃で俺の身体は半分に千切れてしまう。
しかし、それがどうした?この身は痛みはあれど、死ねない身体。
破壊されようが、動く。
空いている右腕でゾウンの心臓を狙い穿つ。
パキンと爪が割れる音が鳴った。
ゾウンの服の下には高濃度の魔力が練られた防具が付けられていた。
これはスパイクグローブとは違い、戦闘前から着けていたな。
常日頃戦闘の機会があるにしても重い防具を着けていられないが、ゾウンに関しては普段着として着込んでいるはずだ。そんな顔をしている。
この高濃度の魔力の防具、攻撃しないと高濃度の魔力を放たないあたり、高性能。気づけないのも仕方ないな。
自分を慰めていると、上半身ごと地面へと叩きつけられる。
身体が千切れた痛みと、背中の痛みと胸の痛みに意識を割いている暇はなく、大地が弾力ある地面へと変わって、またゾウンの攻撃圏内へと躍動して近づいてしまう。
両の拳を合わせて俺の首筋へと振り下ろされ、流石に意識が吹っ飛んだ。
明滅する意識の狭間でイリヤが俺の名前を呼ぶ声が聞えた。
まぁまぁ安心してよ。
これ、全部小手調べだから。
ハクザ・ウォーカーは教会の理念と自分の信念で動く魔術師であった。
キヤナ・アウトバーンは教会の理念から外れたとしても、自分の信念を貫く魔術師であった。
ペコリソ・ラリリンは教会の理念に従順である魔術師であった。
ではゾウン・ダイガインはどんな魔術師であろうか。
今までの発言、そして行動から考えるに、教会の理念に従順であり、確固たる力を誇示したがる魔術師。その上死生観が現在の一般人より狂ってしまっている。
そんな奴には言葉は要らない。
必要なのは相手よりも強い力だけだ。
俺は未だに試していなかったことがある。
「終わりか」
動かなくなった俺の前に立って、生死を確認する為に拳を振り上げたゾウンの後頭部に蹴りをくらわせる。
魔力反応も気配も絶っていたので完全に予想外の攻撃に、硬さが自慢であろうゾウンも身体をよろめかせた。
いや、意識外からの全力キックを受けてよろめく程度かよ。
心の中でツッコミを入れつつ、更に追い打ちをかける。
術式を発動してハクザに撃った時と同じくらいの魔王の一撃をゾウンの防具がある部分に当てた。
防御姿勢を取れていないゾウンは軽く二百メートルは吹っ飛んで、落下した場所から更に五十メートルは転がり、ようやく止まった。
俺の腕が取れて、そこから身体を生やすと、もう一人の俺が出来上がるのか。
そしてもう一人の俺は意志を持って修復されるのか。
魔分子修復を会得した時から、頭の片隅においていたマッドサイエンティストのような疑問。
指を切り落として実験してみたが、魔力が足りないのか、それとも大きな肉体の方に引っ張られるのか、頭からじゃないと再生しないのかは分からないが、指を肉体にくっつけることは出来るが、そこから肉体は再生しなかった。
現在魔力は十二分にあり、上半身だけの肉体と、実験環境は最高であった為決行した。
実験は成功であり、成果は上々。
再生する肉体は自分の意思でどちらかに再生ができ、再生が完全に終わると再生しなかった肉体は数秒後に塵となって消えるようだ。
俺が二人にならなくてよかった。
まぁこれの欠点は一瞬だけ意識が無くなることか。
「過ぎたる力を持ったから傲慢なんじゃないよ。元から傲慢なだけ」
と決め台詞を言い放つと、ウィンとイリヤが寄ってきた。
「やってもうたんか?」
「いやいやあの程度でやられない。と思う」
「犯罪の中でも最も重い行為ですよ」
「最も重い犯罪は人を一人殺したくらいじゃならないよ」
「ダイガインさん、生きてはります?」
ピクリとも動かなくなったゾウンの側に近寄ってキヤナが声をかけるも、反応は無かった。
死んでいないにしても、宣言通り意識は吹っ飛ばしたようだ。
「分身って卑怯なイメージがありますけども」
「何を言っているんだ。
ゾウンも言っていた通り、これは手合わせじゃないんだよ。
卑怯な手だろうが、どんな手を使っても勝たなければいけない。
それともイリヤは負けて欲しかったの?」
「いえ、決してそうではなくて、ですね・・・」
後方からの襲撃、そしてオーバーパワー気味の攻撃を見た、純粋過ぎるイリヤはもやもやしているようだった。
「ダイガインさん、スイッチ押して意識無くなってはるみたいやわ。
えろうなことになるよ」
キヤナがゾウンから飛び退いて、こちらへと着地してから、そう言った。
言葉の意味を理解しした時にはゾウンが立ち上がり、身体が土に包まれ始めた。
「ウィーカーさんを倒したならご存じかもしらへんけど、あの人が編み出した自動迎撃魔術いうものがあります。
肉体のどこかに常日頃から魔術を溜め込んで自動迎撃が出来る場所を作って、いざと言う時にそこを押す。
師範だけの最終手段やね。
ダイガインさんの自動迎撃魔術は・・・まぁ見なはれ」
キヤナが丁寧に教えてくれるってことは、バレてもいい情報であり。
教えなければ、俺がマズい状況に陥ってしまったから。
土に包まれたゾウンは装甲が分厚い甲冑を作り出す。
その甲冑の表面にはスパイクが出来上がっていた。あれも当たれば痛そうだ。
土で出来ているにしろ、そこに魔力が帯びているなら、硬さは術者の力量で変わる。ゾウンの装甲は生半可な攻撃では壊れはしないだろうな。
俺はゾウンと目が合った。
ゾウンの瞳は虚ろではなく、意識があるのではないかと、しっかりと赤き瞳がこちらを据えている。
「ウォーカーさんは自分に近づくモノを迎撃しはるんやけど、ダイガインさんは目が合ったのを迎撃しはるんよ。
せやから目、合わせたらあかんえ」
「絶対ワザと目を合わさせたでしょ」
「いややわぁ、ウチがそないえげつないことする訳あらへんよ。
ウチはあくまで味方どす。信じておくれやす」
「いやいやいや!何呑気な事言ってんすか、ダイガイン先輩のあのモード止められるの大師範かウォーカー先輩だけっすよ!?」
「ラリリンちゃん、何言うてんはるの。
ウチがいるし、ラリリンちゃんもいる。
ほんで、ゾディアックはんもいはる。止めれるよ」
キヤナは笑いつつ俺へと視線を向ける。
この女、まだ俺の手の内を読もうという魂胆か。
俺が敢えて魔術と魔分子修復しか使わなかったのを見抜かれている。
悔しいがこの女のペースに乗せられてしまっている。
本当に魔術師というのは厄介である
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