66:ペコリソ・ラリリン
「あら、ラリリンちゃん。帰ってきはってたん?」
ラリリンと呼ばれた少女のような体躯をしたおさげ髪が妙に似合う女子はキヤナへと返答する。
「ちょっと前に帰ってきたんですよ。
でぇ、アウトバーン先輩が赤髪の少女を庇ったって面白い話を小耳にはさんだんで、探していたところなんすよ。
ねぇダイガイン先輩」
「そうだな」
俺達が出てきた馬車置き場からマルコやジャガロニとは比にならないくらいの体長二メートルは超える体格の良い男が現れる。
魔術教会の人間は人の背後を取るのが得意なようだ。
「そこの人達がウォーカー先輩やリューベルト君をやっつけちゃった人達なんすよね?
アウトバーン先輩、どうして見逃そうとしてるんすか~?
大師範に言いつけちゃいますよ?」
「ラリリンちゃんえらい元気やねぇ、何か良い事でもありましたん?」
キヤナとラリリンは仲が良い訳でないようだ。
二人の会話を聞いていれば、お互いの言葉に棘がある。
「良いことだらけっすよ。
だってアウトバーン先輩と戦えるんすから」
ラリリンが脚を交差させて、右手の親指と人差し指を摘まむようにし、それを受け皿のようにした左手の掌の上に置く型をした。
するとラリリンの身体から紫色の煙が炊き出され始める。
煙は意志を持つかのように俺達を逃がさない様に周りを囲み始めた。
これは紫煙魔術だろう。
この煙に触れれば身体機能を阻害され、呼吸困難に陥る魔術。毒の煙と思っていい。
イリヤにハンカチを渡して煙を吸わない様に指示する。
ウィンはキヤナと過ごしていた事もあり魔術に造詣が深いので、既に布を当てて煙を吸わない様にしていた。
それにしても紫煙魔術とは珍しい。
魔術は人生で自身に最も影響を与え、過ごした時間が長い性質の魔術が顕著に現れる。
俺はあいつから、ハクザ・ウォーカーは祖母である魔法使いから。
例の二つが突飛しているな。普通は身近なものに影響を受ける。火とか水とかだ。
子供のころから紫煙に包まれて生活することは一般家庭では、まず、ない。
三百年前では煙草は小金持ちの趣向品だったからな。今はどうか知らないが。
この二人の醸し出す雰囲気からして、どちらも師範と考えていい。
ラリリンは補助系の魔術を使う、対してこの後ろのダイガインと呼ばれた男は、まだ型も取らずに腕を組んで、俺の事を穴が開くくらい見つめていた。
「そない、ぽっぽぽっぽ魔術を使ったらあきまへん」
右膝を曲げ、脚を上げて、右手を引き、左手の甲を相手に突き出した型を、ハクザが構える型と同じくらい速く構え、手から炎を出して煙を消し去って見せた。
火炎魔術の使い手で、いくら師範と言えども、一払いで紫煙魔術の包囲網を解けるのは相当な使い手じゃないと無理だ。
何がハクザ・ウォーカーよりも弱いだ。
確実に同じくらいの魔術精度はある。
「何故邪魔をする?そいつらは指名手配犯だぞ?と、お前に訊くのは野暮か?」
「わかっとるんやったら、口に出さへん方がええよ」
「あー、成程、アウトバーン先輩の悪い癖っすね。じゃあ問答無用っすね」
ラリリンの身体が煙へと変わる。
俺は魔力反応を目で追い、攻撃を仕掛けられたキヤナも同じように目で追っていた。
煙から実態を持ったラリリンがキヤナに手刀を振り下ろす。
その攻撃を右手の甲だけで弾き、受け流す。
着物の裾から伸びる右脚がラリリンの顎にクリーンヒットする。
しかしラリリンの顔面はおろか、全身が煙になり消えた。
煙がキヤナの身体に纏わりつき、またラリリンの実態が現れた。
キヤナの右腕を固め、前屈姿勢へと持っていこうとするも、キヤナの右手から鞭のような炎柱が発生し、ラリリンは慌てて腕から離れて距離を取った。
炎柱が煙を追い、実態になったところのラリリンを縛り上げる。
すぅっと息を大きく吸って、身体の中に空気を取り入れたラリリンは力を込める。
肺の中に入った空気と、膨張させた筋肉が鞭を切った。
切って構えようとした時にはキヤナが目の前まで迫り、白く細い長い指でラリリンの顔面を掴んで、息を突かせる間もなく、そのまま後頭部を地面に叩きつけた。
首から下が大きく跳ね上り、ラリリンはその反動を利用して攻撃に生かすのかと思ったが、そのまま体は地面に落ちてしまった。
「まだまだやね。ラリリンちゃん。おきばりやす」
掴んでいた手を離しながら、会話している時と同じ表情で見下しながらキヤナは言う。
見ての通り早くも決着は着いた。
今のでラリリンがキヤナよりも実力が劣り、キヤナが紫煙魔術の使い手を掴める程の実力であることであるのが分かった。
魔術を掴むのは師範なら出来て当たり前だろうが、相手も同じ師範だ。
普通、魔術を使う場合、身体の魔力と繋ぎながら術式を展開して魔術を発動させる。
紫煙魔術も同じであるが、ラリリンが煙になって姿を消す様に魔術と身体が融合しているので、触ろうにも触れないのである。
封と距を使えば、触ることも出来るだろうが、生半可に使用すれば、触れた瞬間に手が無くなってしまう。
魔力を数値化し、ラリリンの顔面の紫煙魔術の魔力値が四十だとすれば、同じ四十の魔力値で触れなければ、魔術を無効化状態にし、肉弾戦に持ち込むことは難しい。
相手を壊す場合であれば倍の数値で魔術に触れればいい。
単に数値化すれば見やすいが、一手一手が悪手になりかねない精神がすり減る様な戦闘中、魔力を感知し、揺らぎを目で確認し、相手と同じ数値にするのは至難の技。
キヤナはそれを見せつけてくれた。
一般人からすれば常人の域を超える戦いなのだが、これは師範同士のじゃれ合いであり、キヤナ流の俺への宣戦布告。
「くぅぅ、次やる時は負けないっす。また御相手願いたいっすね」
地面が凹むほどの威力で叩きつけられたラリリンは普通に喋っていた。
よくみると、叩きつけられた地面が粘土のように柔らかくなって、後頭部に張り付いている。
これがダイガインの魔術であろうか。
「つーか、ダイガイン先輩水差すってありえないっすよ」
「そうしなきゃ、お前の後頭部が無くなっていたからな」
「はぁ~?そんな軟じゃないっすよ。せいぜい血が出るくらいっす」
着崩れした服を治しながら人間離れした会話をしているのを、イリヤとウィンはただただ見ている事しかできなかった。
俺は馬車の荷台から降りて、三人の会話に割って入った。
「ねぇ、君達の誰かが俺と一対一で勝負して、俺が勝ったら、この場では見逃してくる?」
「はぁ!?サシで勝負する訳な――」
「ええよ」
ラリリンのやっかみがかった声よりも、キヤナの小さめの透き通るような声が勝った。
じゃれ合いと言いつつも、勝敗に白黒つけられたラリリンは押し黙り、決定権はキヤナにあった。
「ラリリンちゃんでは役不足やし、ウチもやる気はあらへん」
キヤナの視線はダイガインへと向けられる。
そこで初めてダイガインは腕を解いた。
・・・俺は全員の行動に注目していたはずだけど、このダイガインと言う男、型を作らずに魔術を発動していたのか?それとも腕を組むのが型なのか?
「これだからお前達とは行動したくないのだ。
結局は俺が処理するのだからな」
「ここでは村の人に迷惑だし、この先の平原でやろう」
俺が敗北した時の相手への報酬は言わない。だってお互い分かり切っているから。
「そうだな。そこを貴様の墓場としてやろう」
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