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65:キヤナ・アウトバーン

 陽が落ちて、辺りが闇に包まれたころを見計らって、俺達三人は予約していた宿屋から抜け出した。


 ウィンと合流して夕方に出会ったキヤナ・アウトバーンの話をすると、あの女は魔術教会の師範であることが判明した。

 ハクザ・ウォーカーを撃退したことにより、他の師範が俺を破壊しにきたとみる。


 ハクザのような人間を超えようとする奴と連戦する気はない。

 別に約束を守る必要もないので、広場を通らない道程で馬車置き場へと向かう。


「あら、約束の時間には早うない?」


 馬車置き場の前までくると、キヤナが既に待っていた。


「や、約束ってなんですか?」


 一応確実にバレる発言が出るまで誤魔化すようにイリヤに仕込んでおいた。


「酷いわぁ。

 夜十一時に馬車置き場でって約束したのに忘れるなんて」


「広場じゃなかったんです?」


「あら、ワンちゃんにはそう言うたけど、イリヤはんには何も言うてはらへんよ」


 しまったとの表情をして申し訳なさそうに俺を見る。

 今のが決定打であるので、悪あがきはよそう。


 俺はサモエドの姿から元の姿へと変化させる。


「偉い凛々しいお姿なんやね」


「そりゃどうも。俺達に何の用かな?」


 俺が変化したのを意にも介さずにそのまま会話を続けるあたり、キヤナの中では犬から人間になることは物珍しくもないようだ。


「用・・・用どすか・・・なんやろね」


「用がないなら、そこを退いてもらえるかな?

 俺達には用事があるんだ」


「せっかちやなぁ。

 ちびっとお話しましょ。

 安心し、ハクザさんみたいに取って食ったりせんから」


 キヤナの言葉を信じる事はできない。

 だが戦う意思がないのであれば、話だけで済むのであれば、ここは応じておいた方がいいだろう。


「わかった。

 今、九時だから十五分だけ話をしよう。それ以上は無理だ」


「じゃあ自己紹介やね。

 ウチはキヤナ・アウトバーン。魔術教会の師範をしとります。よろしう。

 そちらのワンちゃんやったお人がリヴェン・ゾディアックはんでよろしい?」


「そう俺がリヴェン・ゾディアック。

 こっちがイリヤで、こっちがウィン」


 もしも俺が正体を明かしても戦闘にならなかったときは俺が対応すると言ってあるので、二人は会釈だけをした。


「ハクザさんと戦ったのはリヴェンはんやね」


「そうだよ。

 俺がハクザ・ウォーカーを撃退した。

 目的は意趣返しかな?」


「意趣返し?

 ふふふ、そんなんじゃあらへんよ。

 あそこまでボコボコにされたハクザさん見られてウチは嬉しいんどす。

 それでハクザはんをあんな風にした人がどんな人なのか気になってなぁ。お話したかったんよ。

 因みにウチはハクザはんより弱いんよ。だから安心しぃ」


 ケラケラと口を押さえながら楽しそうに笑うキヤナ。

 ハクザ・ウォーカーって仲間内でも嫌われものなのか、可哀そうに。


 キヤナがハクザよりも強かろうが、弱かろうが、魔術教会の師範である事には変わりはない。

 そんな相手と今は構えたくないのだ。


「ウチなぁ、戦いとかは本当は好きやないんよ。

 元々は事務作業とかしとったんよ?

 お話に花咲かせながら、お仕事をするのが日課で、魔術に関してはてんで興味ありまへん」


「それなのに君は師範なんだろう?

 師範はそんな腑抜けではなれないよね?」


「お勉強熱心なんやね。

 なんのせいかハクザさんに会ってから、ウチの魔術師としての才能は開花しはったみたいで、師範になったんどす。

 せやけど、考え方は当初から何も変わってまへんのよ」


「信じると思うかな?」


「ウィンはんがお友達やったら、知っとるんとちゃいます?

 なぁウィンはん」


 話はウィンに振られた。

 キヤナ・アウトバーンの事は事前にウィンから聞いている。

 このキヤナが言っていることは真実である。

 だが、俺は自分の目で見た事と、自分で感じた事しか信じない。


 まぁ、今、このキヤナからは嘘は検知できない。


 ウィンは話さないと言う言いつけを守って、話を振られても頷くだけであった。


 ウィンとウォンは里を出た当初にキヤナ・アウトバーンと会っている。

 それは敵としてではなく、仲間としてだ。

 魔物に襲われている人達をキヤナと共に救ったのが出会いらしい。


 それから二人は暫くキヤナの世話になっていた。

 しかし二人が魔遺物を使って商売をすることを知り、魔術教会の手前、決別し、ハクザのように魔遺物破壊絶対主義ではないキヤナは二人を見逃した。


 それだけを切り取れば、ハクザよりかは理解のある魔術師だ。

 だが魔術師はそんなに単純な奴等ではない。


「お二人共魔族やから、リヴェンはんの元にいはるんやね。

 よかったねぇ、帰る場所が出来て」


「なんで、それを!?」


「えぇ!?おうた時から気づいてたんやけど、もしかしてウチだけやったん?

 いややわぁ、恥ずかし」


 スキンで隠していたら魔族であることは滅多に気づかれない。

 見抜けるのは、それ相応の技術か、スキルが必要だ。

 キヤナはどっちかを持っているか、どっちも持っているのか。


「魔術教会員であるのに、魔族と判りながら、日常生活を送っていたの?

 それって違反じゃないの?」


「言わへん、バレへんかったら違反やありまへん。

 それに魔族と日常生活を送るのがあかんなんて誰が決めはったん?

 人やろうが、なかろうが、魔術を使える素養があるんやったら、共に暮らせるよ。

 ウチが証明ました」


 これがキヤナ・アウトバーンの魔術師としての理念であろう。

 人族も魔族も魔術を使える。

 そこに種族間の壁は無く、受け入れられる。


 しかしその理念は先々代の魔王が一時期に試みようとしたが、結局は分け隔てられたのがオチである。


 人族と魔族はそもそも住まう環境が違う。

 それが共存することは難しいだろう。


「じゃあ君は魔術の素養は無い者は共存できないと言うんだね」


 人族と魔族でもない、例えばエルフ族。彼等は魔術を使えない。


「せやね」


 キヤナは即答する。


「まず魔術の素養が無い時点で人やありまへんよ。

 ウチはカテゴライズしまへん」


「そ、そんなのってあんまりです!

 魔術の素養が無いからって排他的になるのは駄目です!」


 堪え性のないイリヤが会話に参加した。

 キヤナは視線をイリヤに合わして回答する。


「言葉の通じない人でも魔術を学べば、念術で話せます。

 魔術の素養が無ければ意思疎通すら難しいやろ?そないなのは獣と同じどす」


「そんなこと!」


「あんなぁ、イリヤはん。

 全部全部ってぎょうさん持てへんのよ。

 ウチらの手ぇはとてもちんまりとしているんや。

 どこかで線引きせーへんと、共に生きていかれへんのよ。

 お手手繋いで笑って生きたいんやったら、覚えとき」


 それはまるで自分が体験したかのような言い様であり、イリヤは物怖じけて何も言い返せなかった。


 キヤナと俺の考えは似ている。


 物事を全て救えない。

 出来事を全て解決できない。

 自分が直面した事柄だけが、手を出せる範囲だけ行動に移す。

 それ以外は自然と受け入れる姿勢。


 だが決定的に違う点がある。


 それは人種を選定しないことだ。


 人族であろうが、魔族であろうが、魔物であろうが、それらは生物である。

 俺にとって生物とは共に生き死にする為に必須な物である。

 それを自分の秤で選定するなんて、あり得ない事なのだ。


 腹が立つが勇者もそんな生死の輪の中の一因である。


 結局、キヤナ・アウトバーンは根っこは魔術師だった。

 それがこの話の結論であろう。


「どうやら俺達は分かり合えないようだね」


「せやろか?もっと時間があれば分かり合えるよ。絶対に」


「時間切れさ。さぁ、そこを退いてもらおうか」


 十五分と言う時間はあっという間であり、キヤナ雲の切れ目から顔を覗かす月の位置を見て時間を確認した。


「延長はないんよなぁ」


「ないね。用事があるって言ったでしょ?」


「いけず。まぁ、久しぶりにたーんとお話できて楽しかったどす」


 キヤナは着物の襟を正してから、馬車までの道程を差し出した。


 俺達はキヤナの横を通って馬車へと乗る。

 事情を説明して、お金は既に払ってあるので、勝手に取り出しが可能である。


「ほな、さいなら」


 俺達が馬車に乗ったのを確認したキヤナは優しく手を振った。


「でもでも、私達は見逃さないんですけどね」


 そんな予期せぬ声の主が俺達の前に月明かりを受けながら現れたのであった。


 その人物を見て初めてキヤナが表情を曇らせたのを俺だけが見逃さなかった。

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