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63:神を謳うセールスウーマン

 買い物を終える頃には太陽は傾いていて、山影へと隠れようとしていた。


 エルゴンへと向かう為に必要な物は全て揃った。

 買った荷物はウィンが、王都へと向かう途中借りていたレンタル馬車に積んでくれている。

 今は俺とイリヤが時間を持て余しながら、村の広場でダラダラと座ってウィンが馬車置き場から帰ってくるのを待っていた。


 小さな村なだけあって、名産品とかはなく、小さな宿屋や、日常生活で必要なだけの食材屋や衣服屋しかなく、娯楽なんてものは酒場で飲むとかそんな程度。


 子供たちは広場で走り回って追いかけっこをしていたりする。


 そして偶に俺のところへと寄ってきて土や埃で汚れた手で俺の頭や顎を撫でてくるのである。


「その姿でいる方がいいんじゃないです?」


 子供たちが離れて行ってからイリヤは俺に語りかける。


「子供に頭を撫でられるのは癪だ」


 見下されているのは嫌いだからな。


 現在、俺は狼化・・・サモエド化しており、この村に溶け込んでいる。

 そろそろ王国から手配書が回っていてもおかしくはないだろうから、街中では当分この姿である。 この姿でいるとサモエドが物珍しいのか、村人に声をかけられたり、触られたりするので、溶け込んでいるかと言われれば、首を捻って肯定しよう。


 よく見られるし、物珍しいから、珍獣ハンターに捕まえられるんじゃないかと危惧して、目が合ったヤバイ気配を出す人物だけに殺気を向けている。

 無害な動物を演じてもいいが、犬と少女だけの浮いた組み合わせは危険な出来事に直面しやすいだろう。


 この広場にいるのは大衆の目につくと同時に、大衆の目に守られているから選んだ場所である。


 なのに。


「お嬢さん、お嬢さん」


 シスターの装いをした丸眼鏡の女にイリヤは声をかけられた。


「そう。そこの可愛いおべべを着たお嬢さん」


 イリヤが辺りを見回してから、自分に声をかけられていることを理解したところで、女は頷く。

 この女、笑顔で敵意なくイリヤに声をかけているが、語り口が俺と似ている。

 つまり悪い予感がするのだ。


「お嬢さんの保護者は近くにいる?」


 いやこれ不審者の語り口だ。


「え、えぇっと、この子です」


 近くにいないやら、どこにもいないと言うと付け入れられると思ったのか、俺を指名するイリヤ。 その発言に女の表情が硬直した。

 まぁまぁな切り口だが、女はめげずにイリヤに話を続ける。


「そ、そうなんだ。

 私ね、ルドウィン教会の、アマネ・ラーゼフォンって言うの。よろしくね。

 お嬢さんはお名前何て言うのかな?」


「イリヤです。アマネさんはシスターさんなのですね。

 私には神様は間に合っていますよ」


 イリヤは手を前に出してノーセンキューのジェスチャーを繰り出した。


「いえいえ主神、オーレ様はお嬢さんを見定めました。

 お嬢さん、魔術か遺物、興味ありませんか?」


「な、なぜそれを?」


 あーあ引っかかっちゃった。

 このご時世で魔術と遺物との大きなカテゴリーに興味がない人間の方が少ないだろう。

 まずは大きなカテゴリーで相手の興味を引き出して、話を続けさせるのが常套な手口。


「興味がおありで!

 私、何とですね、主神オーレ様の加護を頂いた、聖遺物を所持しておりまして。

 それがこれです」


 アマネが取り出したのは現代世界の千九百九十年代から二千十年代くらいまで使われていた折り畳み式の携帯電話であった。

 受信アンテナの変わりなのか、魔結晶のようなものが頂点部についていた。


 イリヤは目を輝かせながら携帯電話を眺めていた。


「この遺物、このボタンに対応した魔術が使えるんですよ。

 例えばですね、この一のボタンを押して、決定ボタンを押しますね」


 折りたたんでいた携帯電話を開いてボタンを押すと、ピ、ピ、と音が鳴り。

 決定ボタンを押すと「ラージラジ!ファイア!」と女性の声で音声が鳴って、魔結晶の先から小火のような火が出た。


「点火型魔遺物ですよね?」


「違うんですなぁ、それが。

 今度は二のボタンを押してみますね」


 また「ラージラジウォーター!」と言って、今度は少量の水が魔結晶の先から湧きだした。


「おぉ、複数の魔遺物が内蔵されているんですね。見た感じ一から九まであるようですが」


「ふっふっふ、何と組み合わせ次第で、百通りは超えるのです。

 イリヤさんだから特別にお見せしましょう。特別ですよ?」


 特別って単語には注意しよう。

 自分だけに心を許してくれているのだと勘違いさせてくるのだ。

 そうして相手との距離を縮めようとしてくる。いけ好かない行為だから、やめようね。


 五のボタンを三回押して、アマネは携帯電話を天高く掲げる。

 すると「ラージラジ!コンプリート!」と言って、携帯電話が形態を変化させて蛍光棒のような武器へと変わった。

 魔力反応があるので、武器だと認識する。


「す、凄いです!

 魔遺物は従来一つの機能しか特化しないはずですのに、こんなにも複数の機能が備わっているのは初めて見ました!」


「これも神の思し召しなのですよ。

 因みにこれは魔遺物ではなく、聖遺物です。

 ここだけのお話ですけど、この聖遺物、興味がおありでしたらお譲りしますよ」


 ここだけのお話にも注意しよう。そんな話はない。

 ここだけで終わるなら自分で完結させるのが当たり前だ。

 どうしても人に知らせたい欲求があるなら、それはよっぽどお人好しであろう。


「いいんです!?」


「えぇ。この聖遺物を手に取り、そして主神オーレ様に毎日祈りを捧げて頂けるならば、差し上げますとも。

 ・・・ですが、私、これを無くしてしまっては、明日を生きる気力を失ってしまうかもしれません。 どうか、その気力を無くさない為にお布施をお願いしたいのです」


 はい。最終的に自分に都合の良い身の話で、相手にお金を出させる手法ね。


 物は最もな出来であるが、何か裏があるとしか思えない。

 こんなの三流の芝居に引っかかるカモは俺の身近にはいないだろう。


「どれくらい必要なのです?」


 サモエドの顔では俺はどんな表情をしているのかな?

 くしゃくしゃの落ち込んだ顔をしているんだけども。


「イリヤさんのようなお嬢さんに言うのもなんですが、金貨十枚程・・・」


 めっちゃ足元見られてる!

 金貨十枚って三ヵ月は悠々自適な宿屋生活できる金額だ。そんな大金をイリヤが支払えると思っているのか?


 ・・・もしかしてこのアマネとかいう女、俺達が買い物している時からずっと見ていたのか?

 基本的に支払いはイリヤに任せていたから、イリヤが財布の管理をしているとみて、ウィンがいなくなった今を狙って、集ってきたのか。


「どうぞ、金貨十枚です」


 イリヤは渡した財布から金貨十枚を取り出して、アマネの手の上に置いた。

 金貨十枚はほぼ今の全財産なのだけども・・・。


 しかし俺は何も言うまい。別に命の危機ではない。

 ただカモにされて、高級な得体の知らない何かを買わされただけだ。

 金など元があればいつでも作れる。

 後でイリヤを叱るくらいだ。


「これで明日も頑張って生きましょうね」


 イリヤはそうニッコリと笑って言う。

 そんな斜陽に照らされた純粋な笑顔にアマネは罪悪感が表情に一瞬現れた。

 やはり三流である。


「は、はい。これ、簡易取扱説明書です。

 それでは失礼します。

 イリヤさんにオーレ様の加護あれ」


 適当にルドウィン教会の三角十字をきって、アマネが踵を返そうとした時、透き通るような声が耳に入ってきた。


「あら、アマネはん。奇遇やねぇ」


 それは俺達の背後からであった。

 一切足音も聞こえなかった、外套の下は和服なのに着物が擦れる音も聞こえなかった。

 なんなら気配も声がするまで無かった。

 無害なサモエドを装いながら振り向くと、幸の薄そうな高身長の女が淑やかに佇んでいた。


「げっキヤナ・アウトバーン」


 その女を見てアマネは顔を青ざめさせる。

 確かに、顔を青ざめさせたくなる程の人間だとはわかる。


「アマネはん、今度はこんな幼気な娘に何をしてはるんです?

 また悪いことしてるんとちゃうの?

 その膨らんだ右手、見せてもろてもよろしいやろか?」


 全てを見透かしているキヤナ・アウトバーンと呼ばれた女性は金貨を握った手を咄嗟に後ろに隠したアマネに詰め寄ろうとする。


「あの」


 だがイリヤがその行動を止めた。


「どないしはったん?」


「アマネさんは何も悪いことはしていませんよ。

 私はアマネさんから商品を譲り受けたんです。

 ちゃんとアマネさんには対価を支払いました。

 ですから、何も悪い事なんて起きていませんよ」


 この言い方、どうやらイリヤも分かっていながらもアマネの三文芝居に付き合っていたようだ。

 ただただ、聖遺物?なのかは知らないが、遺物に興味があっただけか。

 だとしても金貨十枚を支払うのは正当な対価とは俺は思えないな。


 キヤナはイリヤとアマネを交互に見てから、柔和に目を細めた。


「さよですか。ウチの勘違いやったみたいやね。

 アマネはん。次はあらへんよ」


 キヤナの方が、芝居がかった喋り方なのに、圧が凄すぎる。


「は、はいぃ!失礼しましたぁ!」


 キヤナに気圧されたアマネは一目散にその場を退散した。

 キヤナは細めた目のままで、俺を見た。


「可愛らしいワンちゃんやね」


「可愛さ余って、憎たらしさ百倍です」


「あらあら。嫌われものなんやねぇ、撫でてもよろしい?」


「いいですよ。わしわししてやってください。鼻の下が伸びるかもしれません」


 白く細い腕が伸びてきた。

 だがその伸びた腕からは魔力反応が増大する。

 魔術師だと理解して、飛び退いて警戒してしまった。


 そしてそれが駆け引きだと分かったのは事後であった。


 キヤナの俺を見る目が変わっていた。

 とりあえず犬っぽく唸って誤魔化しておこう。


「あらぁ、嫌われももうたんかなぁ。悲しいわぁ。

 手え出さへんよ。ほら、おいで」


 着物の袖に手を入れて警戒している俺を寄せようとするキヤナ。

 敵意は一切ないので、動物的に近づかないと駄目だろう。


「ええ子やねぇ。可愛がりたいわぁ。

 ・・・今夜、十一時、またここで会いましょ・・・」


 こそばゆい声で耳打ちされた。

 完全に俺がサモエドでないことがバレてしまっているようだった。


「ほな、何事も無かったことやし、ウチはいにます。

 お二人も早う御家帰りや?怖い人達がきはるで?」


 そんな脅し文句を言ってキヤナ・アウトバーンは現れた時と同じように淑やかに下駄を鳴らして広場から去っていくのであった。


 一難去ってまた一難か・・・


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