62:静養
目を開けて覚醒すると、見知らぬ天井があった。
知らない、こんな茶色い染みがついた木目等見た事もない。
私は、あれからどうした?
意識を持っていかれる手前に、自動迎撃魔術を発動させた、ところまでは覚えている。
そこからの記憶は一切ない。
それまでの記憶はただただ苦い記憶だけ。
人としての生を受けてから、普通の人間の半分の生涯を費やした中で、最も辛酸を舐めたような結果が、頭の中から離れない。
あの男。
魔遺物を身体に宿した男。
あの男を甘く見ていたのか?俗物だからか?祖母を愚弄されたからか?
いや、違う。私が単純に劣っていたのだ。
魔術師として、人として。
奴を人として認めない。だが、私は奴よりも劣っているのが現状。
歯がギシギシと鳴った。
悔しい。
こんな思いをするのはいつぶりだろうか。
奴は私をもっと成長させてくれるだろう。破壊対象であるが、成長する糧でもあるのか。
神は私に魔法使いへと至る為に試練を与えになったのか。
ならば乗り越えて見せよう。
奴を破壊することで、私は魔法使いへと成長できるであろう。
しかし奴は私の祖母を知っているような風貌ではなかったが、あの時の発言はハッタリとは思えない。
奴は何者だ?ただの破壊対象者ではない。
知る必要がある。奴を破壊するにはまず情報が必要だ。
「あら、起きはりましたん?太陽さんよりおそようさんやね」
視線を落とすと長い黒髪に簪を指して纏め上げた幸の薄い顔をした、私が苦手とする女。
キヤナ・アウトバーンが、洗濯籠を持ちながら隣の部屋に繋がる扉から現れた。
身体を起こそうとするも、全身が言う事を聞かずに、動いたのは指先程度であった。
何か圧迫感があると思ったら、私の身体は包帯に巻かれており、まるで童話の木乃伊のようであった。
「なぜ君がいる」
「なぜって、ウチがボロボロのウォーカーさんを助けたんですよ?
少しは感謝してもらいたいわぁ。
あ、もしかして頭打って、お礼の言葉忘れはったんかな?
それやったら、またお勉強せーへんとな」
ニコニコと厭味ったらしく言うキヤナを面倒臭く思う。
この女はいつも私に対して嫌味を言う。それが趣味なのだ。
一々付き合うのも馬鹿らしいが、共に魔術を極める仲だ。それなりに対応している。
「ここまで運んで貰い、手当までしてもらって感謝している。
私が言いたいのは、どうしてここに君がいるのかを訊いているんだ」
「それはウォーカーさんがいけずにも独り占めしようとしはったから、ウチらも後を追ってメラディシアンまでやってきたんです」
他の師範よりも早くメラディシアン王国にやってきたのは、こいつらに魔遺物を先に破壊されたくなかったからである。
私の事をよく思わない師範は十二人中九人いる。
この女もその中の一人であり、私の破壊対象を先に破壊しようと修行の妨害をしてくるのだ。
まぁ子供の悪戯程度に受け止めている。
が、今回の件に関しては譲れない。
「他にも来ているのか?誰だ?」
「教える義務、あります?」
「ならいい、自分で調べるまで」
ブチブチと鳴るのは筋肉繊維か、それとも包帯か。
痛みさえも感じられない程に回復していないようだ。
「嘘、嘘。
もうすぐ無茶しようとしはりますんやから。
ウチと、ダイガインさんとラリリンちゃん。お二人は情報を集める為に騎士団と中央協会に取りあってます」
「それで君は、私から情報を集めようとしているわけか」
そう言うと一瞬の間が出来上がった。
ゾウン・ダイガイン。
優れた体格に優れた魔術性能。
奴の魔術と体格は相乗し合い、更に鍛錬を積み、試練を乗り越えれば、魔法使いになれる見込みがある。
残念なのは無骨な男であることだろうか。
ペコリソ・ラリリン。
元々は私の弟子であったが、師範として昇格したことにより、自分の派閥を持つ。
師範の中でも一番年齢は低いが、一番期待性が持てる人材である。
人々の模範になるかと言われれば、二つ返事はできない。
キヤナ・アウトバーン。
私の爆発魔術よりも瞬間火力を出すことが火炎魔術を使う女である。
師範の中でも技の威力だけは魔法使いに届く。
そこがいけ好かないのを見透かされていて、鼻にかけてくる。
面倒な奴らが集まったものだ。
「そうやったら、どうされはます?」
「どうもしない。
私も奴の情報が欲しいからな。
君の持っている情報と交換してやってもいいぞ」
「そんな大層な情報なんて持ってません。
ウチが知ってるのは、お名前くらいです」
「それでもいい」
「あら?またお名前聞かずに戦闘しはったん?偉い元気やったんですね。
・・・怖い顔やわぁ。
ウォーカーさんを惨めな姿にした人の名前はリヴェン・ゾディアックって言うんやって」
その姓名を聞いて合点がいった。
三百年前、魔王リーチファルトが存在していた時、影の魔王と呼ばれていた男がいる。
そいつの名がリヴェン。
そいつだけが祖母達に殺されていない魔王の近衛だと聞かされていた。
だが奴は魔族ではなかった。
魔族以上、もはや魔遺物。
それがどうして今出現した?
この三百年の間何をしていた?
何を企んでいる?
いや、いい。何にせよ、私のすることは一つ、リヴェン・ゾディアックを破壊し、魔法使いへと至る。それだけだ。
「リヴェン・ゾディアック・・・そうか・・・奴には手を出すな・・・私が・・・」
私は膨れ上がる闘志を静養の糧にして、再び眠りについた。
「あら?また寝はったん?
ご飯用意してましたのに・・・」
静かに寝息を立てているハクザの隣に洗濯した魔術師教会の制服を置き、キヤナは太陽が傾き始めている窓から外を見る。
窓の外では大きなサモエドに乗った少女が通り過ぎるところであった。
「可愛らしいなぁ。食べちゃいたいわぁ」
そう妬ましい目で見た瞬間に、自分の背中が伸びたのが分かった。
何故急に背中が伸びたのかは明確だった。
サモエドと目が合ったからである。
ただの犬と目があっただけで、何故緊張しないといけないのかは、理解し難かった。
この場にはハクザの魔力が満ち溢れているから、身体が反応してしまった。
そうでないと唯の犬に気圧されてしまった事になる。
だがキヤナの自尊心はそんな言い訳を許さなかった。
「・・・手ぇだしたら駄目やって、言わはったら余計出したくなります。ウチ、天邪鬼やから」
ハクザのために作った料理をテーブルの上に置いて、キヤナは外套を被って、宿屋から出て行くのであった。
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