59:ティータイム
ガストとの勝負の決着から時は戻って一週間前。
ヨーグジャの集落はなんとかユララ隊の襲撃から逃れられることが出来た。
しかし他の集落は全て制圧されてしまい、多くの隠者が殺されたときく。
難民となった隠者がヨーグジャへと流れ着き、ドズはある程度厳選して受け入れた。
中央遺物協会の庇護下である、ヨーグジャを襲ったことにより、王国と協会の関係に亀裂が出来たが、それはまだ水面下の出来事であった。
ギルド員達は疑いも晴れ、俺の調査を終えて、エルゴンへと帰って行った。
エルゴンに来たら手厚く持成すと言って、ワワが名刺をくれた。
カイ・マンダイン・フェルナンデス・ゴフェルアーキマンとは結局合わず仕舞いだったが、あんなのとは会う必要はないとジュリが小言を言っていた。
ハジメが実は転移者だと知って、色々と話したいことがあったけど、時間もなく、また今度となってしまった。
ジャガロニは兵士として王国に残るようで、サマティッシが目覚めるまでヨーグジャに世話になる予定である。
マルコは家族を連れて王国の辺境地へと身を隠すらしい。
迷惑料として三人共に金貨三十枚をあげたら、マルコには泣いて感謝された。
今回の賃金が出る前に夜逃げするから、色々とお金には困るのであろう。
難民の受け入れ態勢が万全ではないので、俺達はヨーグジャの集落を出て、安静の地である魔窟の中にあるツィグバーツカ家へと身を置いていた。
ツィグバーツカ家は人間でも住めるので色々と安心である。
食糧問題は俺が魔分子修復で砦から持ってきた食料を治して、解決しているとして。
問題は自然に触れあえないことだろうか。
「リヴェン様、お茶菓子でございますわ!
本日は家庭菜園で採れたワライジョウゴを使ったロールケーキですの」
「ワライジョウゴって幻覚剤に使う奴じゃないの?」
「確かに幻覚剤としての使用が主となっていますが、分量を間違えなければ食用として使用することも出来ますの。
是非是非、召し上がってほしいですわ。
なんなら私、あーん、してあげてもいいですわよ!
きゃー、言っちゃいました、言っちゃいましたわ!
念願の会話をしてしまいましたわ!」
一人で盛り上がるミストルティアナをよそに、不安ながらも俺はワライジョウゴのオレンジ色が入ったロールケーキを食べてみる。
甘さの中にコリコリとした程好い堅さのワライジョウゴの果肉があり、それを噛むとジュワリとまた更に甘い果汁が口の中で溶けた。
飲み込んで暫くしても幻覚作用は現れない。
「イリヤも食べていいよ」
幻覚剤との単語を聞いて食べるのを躊躇していたが、美味しそうな見た目のせいで対面で食べたそうにしていたイリヤに言うと笑顔に花咲かせて、どこから食べようかとロールケーキが乗った皿をくるくると回していた。
「どうですか?美味しいですか?」
「うん。美味しいよ。流石はミストルティアナだ」
「もっと褒めてくださいまし、褒めて殺してくださいまし!」
「お菓子作りが巧い。絵が巧い。植物を慈しめる。チョロい。辛抱弱い。可愛い。爬虫類」
「後半褒めていますの!?いや、でも可愛いなんて、うぇへへへへ」
適当に述べた特徴に頬を押さえて嬉しそう身体をくねらせて喜ぶミストルティアナ。
喜んでくれたなら何よりだ。
ミストルティアナは長年の引きこもり生活中、することの無さから、色々な事を趣味としてやってきていた。
菓子作りもその一つであり、お手前はかなりのもので、伊達に三百年暇を持て余していた訳でもないようだ。
「おっ、ええもん食ってるやん!ミスティ、わいらの分は?」
「そこにありますわよ」
「ちっさ!もはやタモリ焼きやん」
毒々しい液体塗れになった庭の掃除を自分達がやると申し出てくれたヴィーゼル兄弟が本日の仕事を終え、自分達の分の皿の上にあるロールケーキとは思えない丸い茶菓子に目を丸くする。
タモリ焼きとはタコの脚が這えたヤモリを使った料理である。
見た目はたこ焼き、味もたこ焼き。
「これはこれで可愛いですよ。私のと半分こしますか?」
「うぅ、イリヤちゃんはええ娘や。わいのこれ一個あげる」
「天使がおったらイリヤちゃんみたいなんやろうな。わてのもあげる」
「いいんです!?ありがとうございます!」
ヴィーゼル兄弟に紅茶を入れてやろうと前屈みになると、背中に引っかかりを感じて、慌てて姿勢を戻した。
俺の背後には背中合わせで人間体となったネロがいるのである。
今は充電中のスリープモードでうんともすんとも言わないが、人間体になって話し出した時には、全員が声も出せないくらい驚いていた。
ネロ曰く、情報のアップデートをしていく上で、自分の中に俺の魂を守るのが最重要事項と位置付けたようで、数日前のハクザ・ウォーカーの襲撃により、命の危機を感じたらしい。
それは俺のなのか、ネロのなのかは分からない。
命の危機を感じたから身体を得るっていう理論が甚だ訳が分からないのだが、ネロの全体の質感は生き物と同じで、肉や骨が玉座と同じ成分だそうだ。
見た目は人間だが、思考や行動は機械そのものである。
とにかく、ネロは敵から逃げる為に身体を得たのであった。
「あれ?バンキッシュは?一緒に作ってたんじゃないの?」
ネロに気を付けながら紅茶を淹れ終えて、ミストルティアナと一緒に茶菓子を作っていたバンキッシュが一向にこの部屋にやって来ないことを気づく。
「後片付けをしていますわよ。
あ、私が命令したわけじゃありませんのよ!
言われた通り仲良くしていますわよ!?
だからあの女を好きにならないでくださいまし!
私だけを見てくださいまし!」
ミストルティアナがバンキッシュの事を目の敵にしていたので、強く注意したところ涙目になって一日引きこもった後に、目を赤く腫らしながら、仲良くすると誓ってくれた。
本当に仲良くしているかどうかは知らない。
「私見てきます、きゃっ」
ネロとの接続を解除してから、立ち上がろうとしたイリヤの肩を押さえる。
「俺が行ってくるからイリヤはティータイムを楽しんで」
部屋から出て調理場がある食堂へと向かうと、中からバンキッシュの声が聞こえてきた。
「ですよね。人の服は作れるのですが、自分の服は専ら作れないんですよ。
・・・はい、そうです」
誰かと喋っているようだが、姿が見えない。
見たところ洗い物は終わっているようだ。
「ミストルティアナさんの味方では?
・・・そうなのですか。いえ、私は・・・。好きですが・・・」
「何が好きなの?」
声の元を突き止めるとバンキッシュが膝を折って、三匹のぬいぐるみとお喋りをしていた。
俺が話しかけると三匹の縫ぐるみが両手をあげてわたわた焦りを顕わにしていた。
そんな縫ぐるみ達を微笑ましそうに見てから。
「蛇のから揚げのお話ですよ」
あぁ、だからミストルティアナの味方がどうかって話なのね。
「何か足りないものがありましたか?」
エプロンを叩きながら立ち上がるバンキッシュを指差すと、きょとんとされた。
そしてすぐに意味を理解して頬を緩めた。
「楽しいお茶会は皆でしないとね」
ここ三日は初めての安寧を楽しんでいるのであった。
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