57:織田信千代の冒険譚
「信千代、主は兄弟の中で一番大きな代物を持っておる。
研鑽を積み、兄弟の中で秀でるんじゃぞ。
あぁ、禿のようにはなるんじゃないぞ。
あいつはな無能じゃからな、どう無能かは今から語ってやる。あいつは丹波を――」
くどくどと父上が忌み嫌う禿様の昔話を聞きつつ、幼子ながら執念深い人だと思いました。
そこが父上の良さでもあり、悪さでもありました。
私は父上より執念深くはありません。
すぐ諦めてしまいます。
剣術も、算術も、魔術も、私は投げ出しました。自分が一番楽しい事をしていました。
それは自然と接する事です。
土を弄り、草木を慮り、動物を愛し、空気を育む。
信久兄様には農家の真似事等するなと叱られていた時期もありましたが、私は武士になるよりも、こうして自然と調和している方が心地よかったのです。
自然は人間よりも正直でございます。
正直だからこそ、自然と言えます。
風に乗って湿気を感じれば雨の兆候と知り、美しい花弁を宿した花が向く方向で時間を知り、私達は自然から学びを得るのです。
だからこそ私は今、ヒトダマシコケラウツボカヅラの中で走馬灯を感じているのでしょう。
溶解液の中で胎児かのように身体を丸めつつ、昔の事を思い出すのは、最も安らぐ時間でありましょう。
父上や兄上様や母上との思い出、領民と共に農耕作をした思い出、動物たちと野原を駆け回った思い出。
嗚呼、是、幸福哉。
強力な魔力反応をメラディシアン王国で察知し、興味本位で早馬に乗り出発しましたが、路銀が付き、更には道に迷い、行き倒れかけていたところで、ヒトダマシコケラウツボカヅラに実っている果実に手を出したのが始まりでありました。
そのまま丸呑みされて、今に至るのであります。
こうなるのであれば、丁稚を付ければ良かったと思うのであります。
私、自然の次に好きなのが、生まれた時から側にある魔遺物であります。
魔遺物はいわば生命の塊、魔力で補って使えば、彼ら彼女らの生きた証を現実に引き出すことができる。創造的な代物。
メラディシアン王国で突然現れた魔力反応。
その大きさからして、過去にいた魔王四天王の魔遺物と同じくらい反応の大きさ。
我が国には四天王シークォの魔遺物しか保有しておりませんので、是非とも他の四天王の魔遺物をお目にかかりたく、我が領地を飛び出したのでありますが、いやはや、自然とは実に恐ろしく、愛おしいものでありますな。
「・・・って、あの中から声がする」
エルフ族の案内人であり、友人でもあるゼ・バルダバが、ヒトダマシコケラウツボカヅラの群生地の中を指差した。
エルフ族の里に保管してあった魔遺物を我主、リヴェン・ゾディアック様の元へと持ち帰る為の帰り道、僕、モンド・A・ヤクモは奇妙な声と遭遇してしまっていた。
「どうする?助ける?」
耳をピコピコと動かしながら小首を傾げるバルダバ。
「う、うーん。どうしよう。
あの中にいるのはスヴェンダ大陸を統べた信長の息子の織田信千代なんでしょ?
リヴェン様と引き合わせるのは拙いんだよね」
「でもモンド、助けたいって思ってる」
エルフ族は心音で心を読むのである。
それは生まれ持ったスキルであり、言語で説明するのはエルフ族にも難しい。
「助けたい。人を見殺しにする程、僕は冷たくないよ」
「じゃあ助ける。その後考える。バルダバも一緒に考える」
「ありがとうバルダバ。あれでいいんだよね?」
「そう」
ヒトダマシコケラウツボカヅラが釣り下がっている木の接続部に狙いを定めて弓型魔遺物を起動して、矢を放つ。
見事矢は命中して、ヒトダマシコケラウツボカヅラが地面へと落下する。
落下の衝撃で中から溶解液塗れの織田信千代が吐き出された。
「ぷっは!
太陽光でございます。
私は生還できたのでありましょうか!
む、その手に持つは魔遺物でありますね。
状況から察するに私は助らたのでしょうか?
でしたらお礼ば申し上げなければいけませんね。ありがとうございまする」
正座をしてから人差し指と人差し指を合わせて頭を大きく下げる溶解液塗れの信千代。
「モンドとバルダバ、お前を好きで助けた。感謝要らない」
「おぉなんと謙虚なお方。
・・・エルフ族?え?エルフ族でありますか?
我が国にもいないエルフ族が、この場所に?
私初めてお目にかかりました、何でしょう、目から涙が・・・あ、これは溶解液でした。
目に沁みまする」
バルダバが適当に言っているものだと思っていたけど、生真面目なエルフ族がそんな適当な心訳をすることはなかった。
接してみると、何とも征服者の息子とは思えない落ち着きがなく、騒がしい人だ。
「モンド殿とバルダバ殿でありますな?
お見受けしたところ、モンド殿は人間でありますが、どうしてエルフ族と?」
直球的な質問に何と答えて良いか言い澱んでしまった。
「モンドとバルダバ、友達だ。
モンドは今から帰るところだから、森の安全なルートを案内していた」
エルフ族は生真面目であり、他人への不信感を強く持っている。
バルダバは前者だけを極力強めただけの性格だが、これは稀である。
何故、エルフ族が他族と関わりあわないのか、何故、人気のないところで暮らすのか、それはリーチファルト政権よりも前にあった出来事が関係している。
僕は偶々バルダバを守ったことから受け入れられただけだ。
織田信千代がこのままエルフ族の里に行きたいなどと言えば、他のエルフ族に殺されるであろう。
「そうなのですか、実は私メラディシアン王国へと向かっていたのですが、馬とも逸れ、道に迷い、そしてこの様なのです。
もしよければ近くの街までご一緒させていただいてもよろしいでありましょうか?」
エルフ族に興味を示したかと思えば、あっさりと自分の目的に切り替えたのが意外であった。
近くの街に送り届けるぐらいであれば、リヴェン様とも出会うことは無いだろう。
「断れる理由もないしね。バルダバは?」
「いいぞ」
「ありがとうございまする!あ、自己紹介が遅れました。私、織田信千代と申しまする」
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