表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/202

52:肉人は啼く

 巨人では巨人族と混同してしまうために全員でサマティッシの呼称を肉人と決めた。


 肉人は肥大化を終えて、既に砦に向かって歩き始めていた。


 作戦の一つとしてまずは肉人の動きを止める。

 俺の魔剛糸に耐魔を施して、肉人の脚に引っ掛けて力任せで進行を阻止する。

 腐敗土と化してぬかるんだ地面に脚を持っていかれるので背後ではなく側面から片足を引っ掛ける。


 耐魔を施せば表面の腐敗化は収まるようであった。

 初撃を避けた時に服に付着していた肉片があり、服は腐敗していたものの、腐敗度が遅かった。

 そのことから耐魔が有効であると決定付けていた。


 それでも俺一人では脚に杭を打ったとしても身体を引っ張られて進行を阻止することはできない。


 目的は片足を宙に浮かばせることだ。


 肉人の片足に引っ掛けている脚が上がる際に、身体がミシミシと悲鳴をあげるが、痛みに耐えて上げる脚を維持させる。

 手や全身の血管や筋肉が切れる音がするが、そんな音をかき消す轟音が鳴り響く。


 轟音と共に魔力波動弾が重心となって地に足付いている方の脚へと直撃した。

 重心であった脚は消え去って肉人は体勢を崩して前面を地面へと大きく叩きつけた。

 地が揺れて、遠く離れた木々から鳥が飛び立つのが見えた。


 魔力波動弾を撃ったのはドズが開発していた籠手までしかできていない、装甲型魔遺物である。

 籠手部分で両手の掌から魔力波動弾を射出することが出来る。

 背中に魔結晶を積むことで威力を増大させることが出来る代物らしい。

 ゆくゆくは全身へと装甲装着できるように改良しているとのこと。


 本来は俺を討伐する際に使う代物だったと優しく教えてくれた。


 脚が再生する前に胴体を固定する。

 ここまで肥大化したせいで再生速度は衰えており、悠々と胴体に魔剛糸を巻けた。


 右腕で身体を支えながら肉人が左腕で小蝿のように移動していた俺を薙ぎ払う。


「剛水脚・二連」


 その左腕にワワの魔術で威力が削がれた後にジュリが片手剣で跳ね上げる。


「早く固定しなさいよ!」


 軽口を返している余裕もなく、起き上がろうとする肉人を押さえつける。


「貴女本当に不敬ですわよ!リヴェン様を誰と心得ていますの!?」


「無謀な策を言ってくる狂人だって思ってるっつーの!」


 ミストルティアナが跳ね上がった手を石化させ、その手をワワとジュリが打ち砕いた。


 ミストルティアナの石化は視界に捉えている部分の魔力凝結させて、身体全体を石に変えてしまうスキルである。なのでミストルティアナが見えている部分しか石にしかできず、更には効力がミストルティアナの総魔力に値するので、肉人全体を石に変えることは不可能である。


「余計なお喋りはよせ、体力を消耗するぞ」


 戦闘に参加しているのはワワとジュリとミストルティアナとマルコとジャガロニとドズだけ。

 他のヨーグジャ兵は前線で待機している。

 砦の中に残っていた兵士は全員ハクザに気絶か、ほぼ再起不能にされたらしい。

 ユジャもハクザにやられた口である。

 また治してやろうと思ったが、この六人がいれば動きは止められる。


 ハジメは戦闘では役に立たないのでバンキッシュとイリヤと共にヴァルファーレの見張り番。


「オオオオオオオオオオオオオオオ」


 肉人の嘆きが耳を劈いた。

 肉人は鳴くだけだと思っていたが、今回はどうやら大きく息を吸い込んだようだった。


 大きく吸い込んだ息を地面へと吐き出した。


「くっさ!」


「うっ・・・お父様の枕の臭いより強烈ですわ」


「何か悲しくなるからそれ以上は言うな」


 吹き飛ばされそうになりながらも全員が風圧に耐えるも、俺だけが耐えられなかった。


 風圧で胸と地面に空間を作られたせいで固定寸前だった糸が緩んだ。

 肉人は右腕と再生した膝だけで立ち上がろうとする。


「させませんわっ!ゴミが!目にゴミが!」


 目を真面に開けられない風圧と、そこに交じって飛んできた木の葉に視界を奪われてミストルティアナの魔眼は発動しなかった。


 あの肉人、ただ砦へ向かっていくだけではなくて、妨害する者を思考して抵抗している?

 サマティッシの意思ではなく他の意思を感じられる。


「行かせるか!」


 マルコが自前の波動型魔遺物を肉人の顔面へと打ち込んだ。

 王国兵士が持つ波動型魔遺物ではダメージを与える事は出来ないが、吐いている息を止めること程度ならできる。


「剛岩脚」


 すかさずワワが背中に踵落としを決めて再び地に落ちる肉人。

 ようやく地面に固定できるはずだったのだが、片腕だけでも這いずって前へと進もうとする。


「ジャガロニ!」


「言われなくても」


 ジャガロニはマルコと共に片腕の下へと波動型魔遺物を連射する。

 支給されている魔遺物と言っても魔力を帯びていない物体に対しては相当な威力を持つので、地面は抉れ、片腕はぬかるんだ地面へと埋まってしまう。


 胴回りを固定した後に埋まって片腕も固定する。

 再生が終わった両脚も固定し、最後に藻掻こうとした左腕を固定して肉人を抑え込んだ。


 次は肉人となっているサマティッシの中にある魔遺物を取り除く。

 サマティッシの身体は肉人の頭部分にあり、魔遺物はサマティッシの心臓部の横に取り付けられている。

 胸を開いてみない限りどう取り付けられているかは分からないから、無暗に手を出せば命に関わるので、一か八かの賭けをしなければならない。


 魔力反応を正確に捉えてサマティッシを見つけ出す。

 肉人の首の中にサマティッシがいる。


 首裏に飛び乗ると、靴がズブズブと肉に埋まっていき、溶け始めた。

 靴と靴下が完全に溶けて肌が肉に触れた瞬間に燃え上る痛みが全身に走る。


 魔力吸収を使いながら肉の中へと入っていこうとすると、肉人が再び鳴いた。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 肉の表面が音で揺れ、どうしてか俺は肉から弾き出され、後方へと飛ばされた。


「リヴェン様!どうしてですの!?

 リヴェン様を受け入れない者などこの世にいますでしょうか!

 否!いませんわ!そんなものがあるとすれば私が粛清してくれますわ!」


「あぁ、うん。ありがとう」


 パチン!


 固定していた剛魔糸が切れる音がした。

 耐魔を施して、手から切り離すと一分程度しか持たないか。


 肉人の中に入って俺が魔遺物を取り除けない状況は考えていたが、それが一番起こって欲しくなかった状況だ。


 やはりあの肉人事態に拒まれている。

 俺が邪魔者だと認識されたのか、肉から吐き出された。

 その場合はマルコかジャガロニの命かサマティッシの命を天秤にかけることになる。


 ユララはここまでを想像していたか?

 していない。

 この肉人の拒絶反応はユララさえも知らないはずだろう。

 それがどうしたと言わんばかりに、秤の部分と、その秤の錘を移動させている俺を後ろから観ているだけだ。

 この拒絶反応はユララにとっては唯の副産物。

 あの女に思考を乱されるな。


 俺にとっては幸運の産物であるだろう?


「次の作戦か?」


「うん?作戦は全部破棄する」


「はぁ?」


 俺が次の作戦へと移行しないのを不思議に思って近くに来ていた。

 ドズを抜いて一番近くにいたワワが声をあげた。

 続けてマルコも声を荒げる。


「何言ってんだ!?サマティッシを諦めるって言うのか!」


「俺が肉人の中に入ってサマティッシの魔遺物を取るのは出来なくなった。

 だから違う手段を直ぐに考える」


 と言うか考え付いているのだが。


「そんなの待っていられるかよ!あいつは今この時も苦しんでいるかもしれないんだぞ!」


「そう。だったら君だけでも行ってきなよ、耐魔は十二分に施しているからね」


「勝手にさせてもらう!」


 マルコは立ち上がりきった肉人を追いかけて行った。


「ワワとジュリとミストルティアナはマルコをフォローしてあげて、ジャガロニ、話があるんだけどいいかな?」


「飛んだ大嘘つき野郎だな。

 任せとけ、お前が返ってくるまで、今の作戦を続行させておく」


「何指揮官面していますの?

 貴方はリヴェン様の配下ですのよ!大層な口を利くんじゃありませんわよ!」


「はいはい、行くよ。

 あんたが活躍したらリヴェンサマが褒めてくれるよ」


「誰よりも役にたって見せますわ!愚民を守りますわよ!雑兵共!」


 ジュリにまで旨くあしらわれるミストルティアナ。

 本当に地上に出してよかったのだろうか。そのうち詐欺にあいそうだ。


「話ってなんだ?」


 残ったジャガロニがぶっきらぼうに訊ねてきた。


「君は一人の人間の為に命を賭けられるかな?」


「あんたには俺はそう映っているのか?

 確かに俺はサマティッシやマルコの為に命は賭けない。

 俺は自分の正義に命を賭けているんだ」


 知っている。

 彼は正義に殉ずる人間である。

 子供の頃の夢は王国兵士だったが、なってみて腐敗した王国の現実と夢が乖離し、自分の正義しか信じられなくなった。

 マルコとサマティッシも友達ではなく、腐敗した王国の一部であり、唯の同僚である。

 だけど彼の中にある正義感は二人を見捨てるという判断はしない。


「君の信じる正義はなんて言っているのかな?」


「あんたを信じろって言っているよ。

 人の焚き付け方が巧いんだな。俺は何をすればいいんだ?」


感想、評価等々お待ちしております。生きる糧になります。

ブックマークして頂けると励みになります。

何卒宜しくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ