46:対ハクザ・ウォーカー(2)
へらりと笑ってやると、身体を前に倒して一歩踏み込んだ。
が、功を奏したか、ハクザは躊躇した。
自分はこの生き物に感情を支配され、行動権をも支配されている。
そう思わせた。思った時点でドツボに嵌っているようなものだ。
手の中に忍ばせておいた小石を崩れない程度に力を調整して剛速球の如く投げた。
小石はハクザへ辿り着く前に巨大な岩へと変わる。
元々削岩機で掘った時に服のポケットに入っていた小石。
それをある程度修復して岩へと戻してある。
突然の岩の出現には驚きもせずに、魔術を使わずに拳で割って対処するハクザ。
爆発魔術を使う相手には点で攻撃するより面で攻撃するのが有効である。
爆発魔術は己の身体を媒体としていて、基本的に相手に大ダメージを与える為には接近し、近接攻撃と共に放つ必要がある。
距離を取り、遠隔投擲物に対しては壊す、弾く、避ける等の対処を取る。それが弱点一。
爆発の影響を受けるのは相手だけではなく、自身さえも受ける。
しかし達観した爆発魔術の使い手は自分の魔力で爆発を防ぐことが出来る。
ハクザは呼吸をするようにできるので弱点にはならない。が、最大級の爆発は使ってこないので弱点二。
爆発魔術は魔力の消費量が激しい。
これもハクザは瞬間瞬間に大きな魔力を練っているので弱点にはならない。
言ってしまえばハクザは爆発魔術を極めているのである。
最後から二番目の岩の陰に隠れて突貫して、ハクザの胴体がある場所目掛けて岩が壊されると同時に脚を横に薙ぐ。
ボン!ボン!ボン!と空気を破裂させる音をさせてからハクザは地上から飛びあがって攻撃を避けた。
その次の爆発で俺の真上をとり、最後の爆発で間髪入れずに踵落としを俺の左肩へと落とした。
大抵踵落としってくらえば地面を膝についてしまうダメージを負うのだが、ハクザの踵落としは一味も二味も違い、俺の左肩から下の半身を切り裂いてしまった。
余裕の表情をしているけど、滅茶苦茶痛い。
神経が修復する瞬間に左腕攻撃を仕掛ける。
まさかの壊れた左腕からの攻撃にも着地体勢を更に低くして攻撃を躱した。
その行動と共に足払いをされる。攻撃へと意識を裂いていた俺は難なく足払いされて宙に浮く。
足払いの最中に型を終わらせていたハクザが両の手の手根部を合わせて広げ、右手の指は薬指を曲げ、左手の指は中指と薬指を曲げる筋違いになりそうな手の形をした。
そこから出るのは術式。橙色の術式が両の掌から発動される。
爆七対子発。
術式から波動砲のようなものが出る。
術者の練度が高いほどに威力は増し、最低でも焼け野原を作り上げることが出来る、馬鹿な術である。
目の前が光に包まれる。
爆発音が聞こえる前に身体を丸めて腕と脚で頭部を守り、頭は身体の中へと潜り込ませる。
被弾面を極力防ぎ爆発音とともに俺はまた吹き飛ばされる。
「臓腑はあるが張りぼて。
お前は何故生きている?何の為に存在している?そのような生は生とは認めない。
人間ではない。人間は、私のようであるべきで、私であるべきで、魔術に遣えるべきである」
爆発を受けながら皮膚が爛れていく前に修復していくことで元通りになり、立っている俺に向かってハクザは言う。
「元は人、今は人外。
何?五体不満足や臓器を魔力で補っていたら人じゃないって言うの?
それとも魔術を使えない人間は人間認定しないの?
今や世界では魔術を使える人間の方が人間離れしているでしょ」
「何を言うかと思えば詭弁か。
私は人間である。私が人間である。
人間の模範であり、模倣されるべき人間である。
人は私の域まで成長できる。私になれる。私がそれを証明している。
魔遺物等に現を抜かし、度し難い程に堕落していく。
あのような度し難い物を使い続ければ、やがて人間ではなくなるのだ」
教会の理念と言うか、ハクザの理念は変わっている。
確かに魔遺物のようなものを使っていれば、極論だが人間は最終的に自分で行動しなくなるだろう。人任せよりも物任せになる。
ハクザはそれを危惧していて、自分なりに現状を変えようとしているのだろう。
大衆に迎合せずに教会の力と己の力を使って、自分の理念を押し付ける。
熱心な魔術信者や魔法信奉者でもない。
こいつはそれよりも上の唯我独尊を貫いている。
俺も人だったら悪い奴ではないと判を押しただろう。嫌われものだろうがな。
だけど今は敵である。
俺はハクザの言う人間ではない物であり、ハクザは俺を破壊対象して認識している。
そこを変える必要は無い。それでいい。
既に言葉で語り明かしても埒は明かない。
これはただの情報戦であり、心を揺さぶる戦いなのだ。
「君は才能もあるし、努力もした。
じゃあ無い者は?できない者は?
君の言う世界を作り上げたとしても、一定数は絶対にいるはずだ。どうするつもりかな?」
「才は人の個性である。
個性を比べるのが間違いである。
人間にはその人間自身の秀でた個性がある。
努力し、努力し、ひたすら努力し、その秀でた個性を見つけるのもまた人生。見つけられないのも、それまた人生。
人には魔術の素養があり、魔術を後世へと伝える術がある。
努力できる素体がある。
それが理解できぬのならば語り合おう、躾けよう、互いに努力し合おう。
そして互いを認め合う。我々はそうして魔術を学んできた」
「君こそ机上の詭弁だよ。
人間はそんな君や俺みたいに精神が頑丈に出来上がってないよ。
なんなら俺も君も、ちょっとやそっとの事でボロボロと崩れていくよ。
物事がちゃんと視認できないくらいにね」
精神的強者であっても、心の支えであるモノを壊されれば誰だって狂ってしまう。
ただの経験則で言っているだけだが。
「君の祖先はそんなことを言わないよ。
彼女は手と手を取り合って、互いに助け合い、そして請け合うと言っていた。
魔法使いでもない君が、世界の在り方を変えようなんて烏滸がましいよ。
墓の前で謝ってこい」
言ったことを実践してみると予想以上に効果覿面だったようだ。
波打っていた魔力は湖畔の水面のような静かな揺らぎへと変わり、身体から余計な力が抜け、ダラリと脱力した。
しかし目には怒りが宿り、沸々と怒気が伝わってくる。
「愚弄したな。我が祖母を。
私が敬愛し、尊敬してやまない祖母を!」
「祖母って君、何歳?」
ボボボボボボボボボボボボ!とホバリグンするかのように地上擦れ擦れでハクザは突っ込んでくる。
そのスピードは今までとは非にならずに、脳が処理できず、接近を許してしまった。
まず処理できたのは繰り出される左手、その左手を前回の如く掴もうとするが、ピタリと止まった。
フェイントをかけられて掴むタイミングを後らされ、更にハクザは左肘から爆発を発生させ、ストレートを顔面に入れられた。
首の骨が折れる音が頭の中に響き渡る中、視線を外さずに左腕で魔力を込めて攻撃を繰り出す。
受け流されると思ったがハクザの顔面に直撃した。
顔面が吹き飛ぶはずなのに、ハクザは口から流血する程度で耐えていた。
俺の拳が自分の顔面にぶつかる瞬間に爆発を起こして威力を押さえていた。化け物かよ。
ハクザの右手が俺の首を掴み、左手が顔面の前で広げられる。
「頭部は嫌らしいな」
その声と共に両手とも違う術式が発動される。
「君も俺を理解したつもりでいるね」
ハクザの身体全体に術式が発動する。
ヴェルファーレ・ハングドマンにやった術式とまるっきり一緒の術式である。
今回はそれに補助装置として体内に保存を大量に作り、必要のない魔力を流さないようにしてある。そうすれば魔力が分散せずに術式を維持できるだろう。
あいつの魔術を必殺技みたいに使うのはなんだかもどかしいが、口にしておこう。
「魔王の一撃」
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