44:爆発魔
勇者没後、魔術教会には相対する流派があった。
一つ。兼ねてから魔術教会の理念であった魔法へと至る為に己を鍛え上げ、自然と調和するスピリテンス。
一つ。魔法を収得する為に外法の限りを尽くすイントロディスタント。
その二つの流派が主流になりつつあった時、一人の男がイントロディスタントの門を叩いた。
男は魔法使いへと至った勇者の仲間の孫であったため、生粋のスピリテンスであった。
ではなぜ門を叩いたか、男は知る必要があった。
イントロディスタントが如何にして魔法へと至ろうとしているのか、それを内側で知る必要があったのだった。
だが男は門を開いて教会の中の惨状を目にして開口一番こう言った。
「お前達は魔術を学ぶのに値しない。魔術を愚弄し、魔法を愚弄している。故に廃門だ」
一人の男の手によってイントロディスタントは崩壊した。
この事実はスピリテンスにより隠蔽された。
砦内部にはドズを残して数人の人間しか残っていないようであった。
バンキッシュは目を瞑りながら砦内の音と伝わってくるニオイを元に情報を把握していた。
バンキッシュを監視するのはユジャと天井にいる人物だけ。
彼等は静かに外の喧騒とはかけ離れたような砦内部で己の任務を遂行しているのであった。
そこへ異様なニオイが一つ追加された。
不自然にポッと現れたニオイは元からそこにいたかのようにあまりにも自然であったために、バンキッシュは不意を突かれた。
「なっなんだお前!どうやっ」
ボン!
小さな爆発音と共に人が倒れる音がした。
客室の扉が蹴破られて一人の男が現れる。
白いフードを被った糸目の男。
手から煙が噴き出している男は客室内を見回しつつ、既に銃を抜き、いつでも引鉄に力を込められる状態のバンキッシュを一瞥した。
そして部屋のベッドの隣に置かれている玉座に視線を射止めた。
バンキッシュは男の視線を追っていた。だからこそ男の目的が玉座であることを即座に判断し、敵だと認識した。
魔族になったこともあり、バンキッシュは男との力量の差を既に感じ取っていた。
だが退くという行為は選択肢になかった。
銃の引き金を引いて発砲する。
距離にしてニ、三メートルであったが、男は無駄のない動作で銃弾を避けてみせた。
玉座を守り通すのが自分の使命。
男との力量差。閉所での銃型魔遺物の不利。相手が魔術師だと言う点。
バンキッシュの頭の中で思考を張り巡らし、導き出した答えは男をこの部屋から出す。であった。
底の厚いヒールで男の鳩尾を狙うも、伸ばし切る前に男の手から重度の威圧感を感じ取り、ヒールに仕込まれた銃を起動する。
虚を突かれたはずだが、バンキッシュの足首を掴もうとしていた手で弾丸を受け止めた。
バンキッシュの武器は銃剣と銃靴である。
銃剣の奥の手である弾薬に獣人の魔力を込めることによって、銃弾を細長い針へと変化させることができる。
その魔力は傷が癒えるのを抑制し、相手に陣痛を与え続ける。
その技は元来バンキッシュが持つモノではなく、獣人が持っていたものであった。
獣人になっていた時は指を鳴らすことにより奥の手は起動していたが、現在は相手に気付かれにくい、歯を鳴らす事によって起動するようにしていた。
握られた銃弾を捨てられる前に歯を鳴らし奥の手を発動させる。
針が男の手を貫通する。
男は痛みの感情を表情に出してはおらずに、憎悪の感情を顔に出していた。
それを隙と呼ぶには刹那的であり、殺人的であった。踏み込めば殺される想像が身体を硬直させて行動力を鈍らせる。
怯んではいられない。
勘が行くなと告げているが、今この瞬間に男を玉座から離さなければ次の機会は無いと判断した。
バンキッシュは男に接着する。
柔らかい身体を活かして、男の首へと細長い脚を巻き付ける。首を絞めると同時に身体を前方へと曲げ、体重を乗せて窓の方へと男を投げた。
男は空中で体勢を立て直して窓から投げ出されずに壁に足をつけて、バンキッシュを睨んだ。
男が空中で体勢を立て直していると同時にバンキッシュも追撃の準備を完了させていた。
両手の銃剣、銃靴を点ではなく、面で男へと放つ。
大抵の攻撃では壊れない砦の壁も魔族となったバンキッシュのフルバーストの前では破壊された。
長い左脚で床を蹴り、今度こそ男の鳩尾を捉え、砦外へと男を弾き出した。
男を砦外へと弾き出した代償は右脚の負傷で済んだ。
バンキッシュの右脚は焼け爛れ、自分の脚とは思えないくらい嫌に焦げた臭いを発生させていた。
男の正体を大凡理解していたバンキッシュは、これだけで済んだことに安堵していた。
男は魔術教会の師範、爆発魔術の使い手ハクザ・ウォーカー。
彼が信仰を働いた場所は塵しか残らない。
魔術教会最強の魔術師。スピリテンスの信覚者。破壊の申し子。数多の逸話と異名を持つ男で有名である。
ハクザ・ウォーカーがリヴェンの元へと向かっているのは情報にあった。が、信憑性が無かった。更にはこの短期間でハクザがここへと来られる等とは露ほども想像していなかった。
ハクザは空中で爆発魔術を発動して一回転し、右手に残っていた針の元である銃弾を爆発と同時に握りつぶした。
そのまま爆発を駆使して空中に浮くハクザはバンキッシュを指差した。
「人間ではないな。人間ではないようだな。人間でなければ、死ぬがいい」
バンキッシュは戦闘開始からやっと初めてハクザの型を視認した。
胸の前で右拳を左手に合わせるだけの型。その所作が綺麗であり見惚れてしまいそうになった。
ハクザの右手が熱で揺らぐ、脚から爆発が発生し、バンキッシュへ向かって加速してくる。
ハクザの右手の熱量が尋常ではないことから、狙いはバンキッシュだけではなく、この客室全体であると認知した。
近付かせてはならない。
銃に魔力を装填し終え、弾丸を放つ瞬間に、砦に備え付けられた魔遺物が起動し、ハクザを狙う。
口径の大きい波動型魔遺物から魔力弾が発射される。
ハクザは左手に清で魔力を移動させ、距を使い手刀で魔力弾を切り捨てる。
客室内ではバンキッシュが人間であると仮定していた為に手加減をしていた、が、本能と経験でバンキッシュが魔族であると理解し得たハクザは、力を制限することなく、己の信ずる理念信念を害するモノであるバンキッシュを排除目的物とした。
バンキッシュはハクザの行動の合間に発砲する。
魔力弾を払いきったはずの左手は、足から発生する爆発で身体を回転させて前へと戻ってくる。戻ってきた左手で銃弾さえも払い除けてしまう身体操作と手足のような魔術精度。
ここまで洗礼された動き徹底されると、自信を削がれてしまいそうになる。
最初からバンキッシュ自身では役不足とは甚だ理解していたが、これ程までとは思いもよらなかった。
リヴェンのように一撃必殺の技もなければ、ハクザの攻撃を受け止められる強靭な身体もない。
奥の手など弾を針に変える程度。
これが魔遺物に頼ってきたツケであろうか。
人間は、人であれば、魔術に生き、魔術と逝き、魔法へ至らならければならなかった。
ハクザの左手がまさに砦の客室を塵へと変える瞬間に地が躍動する。
ゴゴゴゴゴゴと地が鳴り、振動が激しさを増している。ハクザとバンキッシュは地鳴りよりも地の底からせり上がってくる魔力の大きさに対して行動を止めていた。
それが何なのかを判断できたのはニオイを知っているバンキッシュだけであった。
砦から離れた場所で紫色の水柱が噴き出した。
両人とも噴き出した水柱の先にいた黒い集団へと視線を合わせた。
バンキッシュは表情を綻ばせて、背中を向けているハクザに聴こえるように言った。
「あれが、貴方の求めている人です」
細い目の奥では汚物を見るような目でバンキッシュが写っていた。
ハクザは嘘を言っていないと決め、最優先に破壊すべきであるリヴェンの元へと空中を闊歩して向かった。
「負けました。けど、一応は勝ちですね」
へたりと気が抜けると同時に腰が抜けて全身から汗が噴き出した。
勝負では確実に負けであったが、玉座を一時的に守れたので勝ちと言えるであろう。
ただ、リヴェンの元へと向かわせたのは、しくじったのではないではあろうかと思ってしまうのであった。
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