42:魔窟脱出
俺達がやって来た方向から、よろよろとした足取りで男がやってくる。
男の手にはウシ?の縫ぐるみが握られていた。
「お前生きてたか」
「お陰様でね。それ腹話術?凄いね」
ミストルティアナが言っていた通りに右目と口が縫われており、そこから発声させられている声がハキハキと聞こえるのが面白かった。
「お前と語っている時間ないね」
「おいおい、そんな連れない事を言わないでよ。
誰が目的とか、何が目的とか語ってくれてもいいじゃん。後がない悪役のお約束でしょ?」
「後が無いのはお前もいしょね」
「それはどうだろうね。まぁ話す気が無いなら別にいいさ。自分で結論を出すから」
戦闘開始の鐘はその言葉であった。
ぐったりとしたウシの縫ぐるみを投げ捨てて、俺へと駆けだしてくる。
手から魔力反応が感じられ、鉤爪型の魔遺物が現れた。あれが毒を持った武器か。
鉤爪が鼻先を掠る、遅れて掠った部分から血が滲むも直ぐに魔分子修復で治る。
傷をつけられた部分から毒が入って来ているも、それさえも魔分子修復で治す事が出来た。
実験終了。
「ねぇ、魔術ってどう使うか知っている?」
問いかけには答えずに的確な急所を狙った攻撃を続けられる。
「先ずは血で体内の魔力を練るのね。
それで清で特定の部分に練った魔力を移動させる。
移動させた魔力に術式を組み込んで展開させるのが禍。
展開している魔術と魔力を留めておく技術が封。これが基本の血清禍封」
暗殺者の攻撃は俺に掠る程度。
本来はその程度で毒が身体を蝕んで死に至るはずなのだけど、俺は全て治すことが出来る。
鉤爪型魔遺物の手首辺りに付いている機能で、毒の種類を変えているようだけど、無駄。
「俺もある程度は勉強したんだけど体質なのか、術式展開が出来なかったんだよね。
だから使えるのも少なかった。
で、今、思い付いたんだよ。
この魔窟の中ならば暴発しても誰にも迷惑は掛からないし、丁度目の前に殺されてもいい覚悟をした奴がいる」
ドスッ。
胸部に鉤爪が深く差し込まれた。
心臓を抉り取ろうと探すも、そこには心臓の形をした肉があるだけ、引き抜いても、引き抜いても、復活する肉と共に緑色の血が噴き出す。
まぁかなり痛いんだけどやせ我慢して、俺は不敵に笑う。
「応用編の魔力を断ち切る為の距に、魔術を具現化させる喫。
今回は術式を展開させて、具現化させようと思います」
俺の魔力が右手に集まっていくのを感じ取った暗殺者は鉤爪を引き抜いて距離を取ろうとするも、俺の胸筋で鉤爪引き抜けなくする。
ただただ、右腕を後ろに引く型を作る。魔力の精度があがった気はしないが、気持ちは揚がった。
体内から発動しているのが基本の魔術。
体外へと発動するのが応用された魔術。
どちらも同時に発動させるにはかなりの修練が必要である。段階を間違えれば魔力過多で体が爆発しちゃうとか。
「逃がさないよ」
「お、お前も死ぬよ」
鉤爪を起動するのを止めて逃げようとする暗殺者の右足を踏んで止める。
右手に集まる魔力が前回集めた時よりも遥かに超えている。
流石の死を覚悟している暗殺者でも冷や汗を掻くレベルのようだ。
「知らないの?俺は無敵らしいよ」
術式を展開してみる。
白い魔紋が拳の前に現れる。この術式は魔王であるあいつが好んで使っていた術式。
筋力強化。
俺と暗殺者の間に巨大な紫色の魔紋が現れる。
これもあいつが好きだった術式。
巨大化。
今から俺が使う魔術は具体的に言うと巨大な魔力と筋力で強化された拳をぶつける。それだけ。
使ったこともない術式のせいで頭が焼けるように熱い、なんならば頭の中でバチバチと火花が散っている気がする。
これは身体が爆発する兆候なのだろうか?とりあえず、さっさとぶっ飛ばしておくか。
右腕を振りかぶって暗殺者へと拳を突き出した。
「やめっ!」
小さな悲鳴が聞こえたけど、俺は拳を振りぬいた。
振りぬけたのはいいのだけれど、肝心の魔術での攻撃は暗殺者には当たらなかった。
術式は発動しているけど、しっかりと具現化できずに、俺の拳が暗殺者の顔面にクリーンヒットして、魔窟の壁へと叩きつけただけだった。
しかも魔術を失敗した反動なのか、拳からは魔力は抜けて、筋力だけのパンチになっていた。
それでも人にとっては即死級の威力なのだけども。
残念ながら俺の初魔術は失敗に終わった。
「うお、またこいつ伸びてやがる」
カエルかワニか分からない縫ぐるみを縛り上げたワワが、壁に叩きつけられて落ちてこない暗殺者を見て驚いていた。
「どうやって上へ戻るかだが、いやはやその前に本当にお前は魔遺物なのか?人間にしか見えないが」
顎髭を擦りながらワワは俺を観察する。
俺達を助ける為にやってきたワワと石化から目覚めたジュリとハジメには今後敵対しない上に有用な情報を交換する。そうすればここから脱出する方法を教えるとの取引をしてから俺の正体を明かしておいた。
「こーんな事も出来れば、こーんな事も出来ちゃう。極めつけはこう」
小火や小刃を指先から出してみせる。
最後は暗殺者ヴェルファーレ・ハングドマンが持っていた鉤爪型魔遺物を食べる。
「だ、大丈夫なんですか!?」
毒爪顕現とか?毒爪?お、毒爪。
心配するハジメの声を聞きながら、スキル名を当ててみると、右手の爪が伸びて、爪の先から毒が滴っていた。
「こんな風に捕食すれば使えたりもするのである。
因みにこれを知っているのは俺の仲間だけ。仲間じゃないので知っているのは君達だけだよ」
これは脅しである。
報告する義務があろうが、この秘密が洩れた場合取引は終わり、ギルド商会とは敵対関係になる。 俺の実力を近場で見て、敵になる事が得策じゃないと理解してくれていれば、情報を洩らそうとは思わないだろう。
「ジュリちゃんの落下傘魔遺物頂戴」
「キモイキモイ、何その呼び方キモ過ぎ」
「リヴェン様をキモイだなんて不敬ですわ!石にしますわよ!」
ジュリには手を払われ、俺を罵ったジュリに館の客室の扉の外から顔だけを覗かせて怒るミストルティアナ。
ジュリは一度石にされた経験があるので警戒する。そんなジュリを見かねて、ミストルティアナにウィンクすると、鼻血を出して倒れた。
縫ぐるみ二匹を見張りにしてヴェルファーレ・ハングドマンを門に縛っておきながら、俺達は館内の客室で脱出方法を相談していた。
「人間信じられないものを見た時は事実否認したくなるよね。
なんならこれで引掻いちゃうよ。そうしたら信じられるかも、ね、ハジメさん」
「え、何で私に!?」
「一番信じて無さそうだから」
「信じます!信じてます!リヴェンさんは魔遺物ですよ。ね、ね、皆さん」
「まぁね。逆にそれで人間だって言われても困るわ」
「違う疑いをかけることになるな。
よし、約束通り俺達はお前が害意の無い頭のネジが一本外れて身体に魔遺物を宿した遺物人間と上に報告しよう。それでいいんだな?」
「できれば上の人が好感触な報告がいいな。
でも概ねそれでいいよ。
さて、一致団結できたところで、ここからどう脱出するかだよね」
「どんなご発想を!私気になりますわ!」
「あれを使う」
指を指したのは客室の窓から見える、庭園にある穢れた噴水であった。
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